第16話 カラス
道角さんに脱出ルート作りを依頼された俺は「柊木さんが目を覚ましたら相談してみます」と答えた。
それと、俺達が脱出ルートを作る際には、巡力回復ポーションをもう何本か支給してもらう必要があることも合わせて伝えておいた。
道角さんは、今回一緒にダンジョンに潜っている6人の操作系コンカー達がそれぞれ何ができるのかをざっくり説明した。
6人は多いな……。普通は3人ほどのはずだ。
通常の倍の人数を連れて来て、それでもまるで届かないほどの高さか……。
探索型コンカーの調べでは、あのゲートまではざっと350メートルほどもあるらしい。
スカイツリーほどではないが、東京タワーよりは高いのか……。
***
あちこちが大破した図書館の1階は、崩れる事がないよう操作系コンカーの皆さんが補修をしていたが、それも終わるとすっかり静かになった。
避難所になっている2階3階からは大勢の人の気配を感じるが、上も今は落ち着いているようだ。
今頃叔父さんはどうしているだろうか……。
叔父さんに俺たちの無事を伝えておきたかったが、作業中のコンカーさん達は忙しそうで伝言は頼みきれなかった。
柊木さんは今も静かに寝息を立てている。
俺は一人で黙々と脱出ルートをどうしようか考えていた。
そこへ、昼間に迷子の放送をかけてくれた司書さんが通りかかった。
俺がいるロボの周辺は立入禁止区域にされて、周りにはポールとロープが立てられている。
ロボにもブルーシートがかかっていたが、司書さんはこちらが気になるのか隙間からチラチラ覗こうとしていた。
どうやら、俺たちが助けた避難者の話から、あれがロボットらしいというウワサは広がっているようだ。
「すみません。司書さん、今大丈夫ですか?」
「わっ!? えっ!?」
声をかけられた司書さんがとび上がる。
ここには誰もいないと思っていたんだろうか、うっかり驚かせてしまったようだ。
「あれ……? 君は車椅子の少年かい?」
よかった、司書さんも俺のことを覚えてくれていたようだ。
「そうか、あの時の君たちが助けてくれたんだね」
優しく微笑む彼に、俺は紙と鉛筆と高層階建築についての本を持ってきてもらえるようにお願いする。
4~5階程度の高さなら階段なり坂なりで道さえ作れば済むだろうが、流石に300メートル以上もの高さを、これだけの人数が安全にのぼるためには、俺の今の知識だけではどうしようもない。
ダンジョンには電波も届かないしネットで調べることもできなかったが、幸運なことに、ここは知識の宝庫である図書館だ。
司書さんは俺の頼みを快く引き受けてくれた。
「建築関係の本棚が2階でよかったよ。1階の本達はほとんどが吹き飛んでしまったからね」
司書さんはそう言って、悲しげに微笑んだ。
彼にとってここは大切な場所だったんだろうな。
「他に、僕にできる事はないかい?」
司書さんの申し出に、俺は有り難く甘えた。
3階にいるはずの叔父さんに、俺達の無事を伝えてほしい、と。
司書さんは叔父さんの名前をメモすると「必ず伝えるよ」と足早に立ち去った。
スマホの時計はそろそろ19時になろうとしているが、ずっと明るいこのダンジョンでは夜を感じとれないな。
それでも確かな疲労感が、俺の体力的な活動限界が近い事を伝えている。
まあ今日は、朝から本当に色々あったからな……。
叔父さんは、きっとあれからずっと、俺の無事を祈っててくれたんだろう。
長いこと待たせてしまって、悪かったな……。
そう思うと同時に、さっきの苛立ちが蘇る。
いやでも俺の方がずっとずっと長いこと待たされてた……っつーか騙されてたからな?
前に叔父さん言ってたよな。
俺が「トイレで巡力流すのって変じゃないか? 他のみんなもそうなのかな……?」って聞いたら「僕もそうだよ」って。そんで俺はコロっと騙されたんだよな。
ああそうなのか。って。そういう体質なのかな、なんてさ。
まあ叔父さんも爺ちゃんからのコンカー家系だし、あれは嘘じゃなかったとしても、知ってたなら「普通はそうじゃないよ」って話くらいしてくれてもよかっただろ!?
「くそっ……」
それでも、俺を騙していた皆の顔を思い浮かべると、両親も、叔父さんも、皆俺に微笑みかけてくれてるんだよな……。
父さん母さん叔父さんが、俺をどんなに大切にしてたかなんて、わかってる。
俺には幼い頃、自分の巡力を受け止めるだけの体力なかったってことも、理解してる。
両親がいなくならなければ、徐々に指定量は上がっていただろうし、俺にずっと隠すつもりじゃなかったことも分かってはいるよ。
でもさ……。
「……啓くん」
いつの間にか俯いていた顔を上げると、そこには真っ赤に目を腫らした叔父さんが立っていた。
「聡史さん……」
その目……、一体いつから泣き続けてたんだよ。
俺は、文句の言葉も忘れて苦笑する。
「目、腫れすぎだろ。冷やしたほうがいいんじゃないか?」
「ううぅ、啓くんんんん、無事でよかったよぉぉぉぉ」
まだ泣くのかよ。
「いやちょっと、泣いてる場合じゃないんだって。聡史さん、俺今車椅子なくてさ、もうずっと前からトイレ行きたいんだけど」
「えっ」
叔父さんが俺の言葉に顔色を変える。
「僕、車椅子借りてこようか?」
「この辺には無事なの無いと思う。入り口のもんはほとんど吹っ飛んだし、ここって車椅子はあの入り口に置いてあるので全部だろ?」
「ええっ、じゃあ……」
うろたえる叔父さんに、俺は両手を伸ばした。
「聡史さん、連れてってもらえるかな」
叔父さんは一瞬驚いた顔をして、それから「久しぶりだね」と涙の滲む笑顔で答えた。
***
トイレを済ませた俺が、叔父さんに背負われてロボまで戻ってくると、ロボの前に誰かが立っていた。
あれは……、治療の時に順番をゆずってくれたコンカーの男か?
両手に大量の本を抱えていて、顔が見えない。
「ああ、やっと帰ってきた。って、どうした。具合悪いのか?」
どうやら、山盛りの本で俺の足までは見えていないようだ。
男は積まれた本の上に、紙やら鉛筆やらをどっさり載せられている。
そばには、図書館の車椅子も置いてあった。無事だったのがあったんだな。
「道門さんに、君が動いたから様子見てくるように、って言われて来たんだけどさ、寝てる女の子一人こんな人気のないとこに置いてっちゃダメだろ」
言われて、確かにその通りだと気づく。
「だから、君が戻るまで見張ってるほうがいいかなーってここに立ってたらさ、図書館の人が来て、君に頼まれたものだって、こんなどっさり本持たせて、本の上にもさらに細々置いてくもんで、一人じゃ下ろすにも下ろせないし君はなかなか帰ってこないしで、どうしたもんかと思ってたとこだよ……」
「すみません、ありがとうございます、助かりました」
礼を伝えるものの、俺はおぶられてる状態だし、このままでは受け取れそうにない。
叔父さんが「少々お待ちくださいね」と、慌てた様子で操縦席に俺を下ろして本を受け取りに行く。
叔父さんが三往復して本を全部受け取り終わると、つり目三白眼で前髪の短いコンカーの男は「はー、やっと解放されたぁ」と肩を回した。
「本当にありがとうございます」と、俺はもう一度礼を言う。
コンカーの男は、人懐こい笑顔でニッと笑った。
「いやあまあ、今日は君達に助けられたし、こんくらいのことはなんでもないんだけどさ、本当にもう女の子一人置いてくんじゃないぞー」
そう言って立ち去ろうとした男が、ふと振り返って俺の顔を見る。
「俺、なーんか君の顔、見たことあるような気がすんだよなぁ……」
首を傾げて俺の顔をガン見する男に、ぼんやりと、こういうタイプのナンパってありそうだよな。と思う。
「君の名前って聞いてもいいか? えーと、仕事としてじゃなくて、個人的なやつな。あ、おれは玄雨(くろう)。玄米の玄と雨でクロウな。苦労人のほうじゃないからな!?」
この人よく喋るなぁ……。
「はあ……。薙乃ですけど……」
答えた俺に、玄雨と名乗った男は目を丸くした。
「薙乃!? ってことはまさか、お前があの薙乃さんのとこの『可愛すぎるうちの子』ってやつか!?」
「それって俺がいくつの頃の話ですか……」
「えーっと、少なくとも今から十年近くは前だな」
俺のツッコミに、玄雨さんが真面目に答える。
「いやー、そっかそっかー。薙乃さんとこの息子さんだったのかー。俺あの頃毎日薙乃さんの『うちの子可愛すぎる自慢』を聞かされてたからなー。なんか、こんなに大きくなってるなんて感慨深いなぁ」
……今日初めて会った人に、成長を喜ばれている……。
俺をしみじみと眺めていた玄雨さんがハッと何かに気付いたような顔をする。
「その足……、やられたのってここでか?」
「いえ、ずいぶん昔です」
「そっかぁ……、それじゃポーションもきかねぇか……」
残念そうに呟いた玄雨さんが、俺を見上げてニカッと笑った。
笑ってもつり目の目尻は下がらないようだが、歯を見せて笑う顔はなんだかとても人懐こい。
「ま、なんか困ったことがあれば、門川支局の俺、玄雨を遠慮なく頼ってくれていいからな。つっても戦闘は俺より君のほうが強そうだよなー。俺の専門は探索だ。役に立てそうなことがあれば気軽に声かけてくれよー」
最後までペラペラ喋りながら、ひらひらと手を振って玄雨さんは帰って行った。
……そういや俺が小さい頃、親父と公園でカラスを見ていた時に、急に鳴いたカラスの声が思いがけず大きくて俺が『カラス、うるちゃい』と半べそになっていたら親父が『俺んとこのカラスもうるせーんだよなぁ』とげんなり呟いていたのをふと思い出す。
もしかしたらこの人の事だったのかも知れないな……。
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