第15話 感謝
「柊木さんっ!」
そうだ、俺は彼女に一瞬とはいえ図書館全体に巡力を巡らせるなんて無茶をさせて、……あの時、柊木さんは目が回ったと言っていたじゃないか!
自分に苛立ってる場合じゃないだろ!?
すぐに医療班の人に診てもらわないと……!
俺はロボをなるべく揺らさないように医療班のところまで移動させて、大急ぎでコックピットを開ける。
「すみません! 彼女を診ていただけませんか!?」
医療班の腕章を付けている人達の手は全て埋まっていたけれど、治療を受けていた一人が自分よりも先に彼女を、とゆずってくれた。
ああ、この人はさっきモンスターに矢を射られていた人だ。
「ありがとうございます!」
「意識がないのね? こっちに下ろす? 私がそっちに行ってもいいのかしら」
医療班の腕章をした、髪の長い女性が尋ねる。
「こちらに来ていただけますか」
俺が防御用のアームを階段がわりに差し出すと、女性は身軽な動きでヒョイとコックピットに上がってきた。
そうだ、防御用のセンサーシステムを切っておかないと……。
この辺りに本が落ちていなくてよかった。
俺は、ようやく落ち着いてきた頭で、やるべき操作を一通りこなす。
こんなことも忘れたままで、俺は何をしてるんだ!
無関係な人をうっかり吹き飛ばした日には、全部柊木さんの責任問題になるところだ!
「この子は大丈夫よ」
後ろから肩に手を置かれて、俺は慌てて振り返った。
「操作系の子なのね、頭を使いすぎて疲れちゃったみたいだわ。少し熱は出るかもしれないけど、知恵熱だから心配しないで、安静にしていればすぐ下がるわよ」
そう言って女性は柊木さんの頭を優しく撫でた。
俺は、ほうっと息を吐く。
「巡力がずいぶん減ってるようだったから、少し注いでおいたわ」
この人には意識のない相手に巡力を注ぐ能力があるって事か。すごいな……。
「ありがとうございます」
俺は精一杯の感謝を込めて頭を下げる。
「こちらこそありがとう。あなた達がボスを倒してくれたおかげで、こんな短時間で戦闘が終わったんだもの。死者が出なくて本当に感謝してるのよ。まさか、中にいたのがこんな若い子達だなんて思わなかったけどね」
医療班の女性はそう言って笑うと、軽やかな足取りで救護スペースに戻って行った。
俺は順番を譲ってくれたお兄さんにもう一度お礼を言って、お礼を返されて、それから1階の荷物用エレベーター前に戻ってきた。
俺一人でロボが動かせるのは助かるが、彼女が回復しないことには車椅子には戻せないし、このロボで3階に行こうものならそれこそ大混乱だろう。
「柊木さん……」
柊木さんが座る座席には、クッションもなにもない。
こんなところで寝ていて寒くはないだろうか、何かかけるものがあるといいんだが……。
「おや、お姫様は眠っているのかな?」
不意に側から聞こえた声に振り返れば、責任者らしき男が立っていた。
俺は思わず男に頼む。
「すみませんが、布団か何かがあれば貸していただけませんか?」
「ふむ、すぐに用意しよう」
男が一瞬で姿を消して、しばらく後にまた現れる。
男の手には毛布が二枚に、飲み物のボトルとパンが一緒に握られていた。
なんというか……この、素早い系責任者がパシリに使われがちなのって、コンカーあるあるなのか……?
「俺は動けないので、彼女にかけてもらってもいいですか?」
「おや、私がコックピットに上がってもいいのかい?」
男の声が心なしか弾んで聞こえる。
嬉々として上がってきた彼が、俺の足を見て目を逸らす。
確かに、今日はちょっとわかりやすいんだよな。
義足をつける間もなく連れ出されたせいで、俺の長ズボンはほとんどがペラペラだ。
責任者は手早く彼女を毛布で包むと、後部座席にそっと寝かせ直した。
その座席リクライニングがないからなぁ。
寝るにはちょっと角度が急なんだよな……。
そんなことを思っていると、男はサッと姿勢を正して俺に向き直った。
「自己紹介が遅れてすまないね。私は門川支局の支局長を務める、道角 敢(みちかど いさみ)だ。この度はモンスター討伐への協力本当にありがとう。攻略隊を代表して礼を言わせてほしい」
やっぱり、支局長だったんだな。
副支局長のさらに上となれば、そうだろうなとは思っていた。
森江支局のボスも前線に出ていたし、万年人手不足のコンカーに現場に出ないで済む人なんていないんだろう。
門川は森江の斜め隣の地区ではあるが、図書館までは結構距離があっただろうに、皆駆けつけてくれたんだな。
「こちらこそ、森江まで来てくださって、ありがとうございます」
「ふむ、君たちは森江支局の子達だったのかな?」
俺は、柊木さんの寝顔を見て考える。
ボスモンスターは倒した。もうモンスターの襲撃はない。
コンカーも避難者も、怪我人はいるが、死者は一人も出ていない。
これなら、彼女の所属を答えたところで森江支局に迷惑がかかることもないだろう。
「彼女はそうですね」
答えた俺に、道角さんの視線が刺さる。
「君は?」
「俺は……」
どこにも所属してない、なんて言ったところで信じないだろうな。
だって、俺がずっと保っていた巡力のラインが100なんだとしたら、今の俺にはまだ150以上の巡力が宿ってるし、この男……道角さんは、200を超えていた時の俺も目にしていたはずだ。
巡力が130を超える人間は、その殆どがどこかの支局に所属しているし、140を超えれば中央の監視下に置かれる事が多い。
「いや、聞くのは止そう」
道角さんが、前言を撤回する。そして、ニヤッと悪い顔で笑った。
「私はまだ、所属不明の君に頼みたいことがあるからね」
なるほど?
例えば俺が支局ではなく中央所属のコンカーだった場合、支局長が直接俺に依頼するのが難しくなるというわけか。
「そうですね、その方向でお願いします。俺も、できる事なら協力したいと思っていますから」
俺は彼の勘違いをそのまま利用する。まあ、協力したいというのは本心だしな。
ハッハッハ、と道角さんが大きな声で明るく笑う。
1階で書架を寄せたりとせわしなく作業をしていたコンカー達が一斉に振り返る。
そして、道角さんの楽しそうな顔を見て、それぞれがホッとしたような顔で作業に戻った。
門川支局でもきっと、支局長っていうのは頼りにされてるんだろうな。
その笑顔一つで皆を安心させられるくらい。
「それでは、有り難く少年の厚意に甘えるとしよう」
道角さんの頼みというのは、俺達に脱出ルートを作ってくれというものだった。
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