第14話 センサー
「い、今……モンスターが、喋った……んですか?」
俺だけではなく、柊木さんにも聞こえたようだ。
しかも、相手は棍棒ではなく立派な大剣を構えている。
どう見ても、これまでのやつとは格が違う。
俺の背を、緊張とも恐怖とも言えない悪寒が駆けのぼる。
「柊木さん、巡力を……いや、俺がやってみる」
柊木さんの巡力はロボを再構築する時にどうしても必要だ。
動かすだけの動力には俺に溜まった巡力を使おう。
俺は慎重に右手から巡力を流しながらロボットを起動する。
ロボットは難なく立ち上がった。
よし、これならいけそうだ。
「柊木さんも念の為ハンドル離さないで」
「はいっ」
モンスターは立ち上がったロボを見て数歩下がったが、怯える様子はない。
『お前が、頭だな?』
なんでそう思うんだ?
俺達がロボに乗ってるからか?
俺は倒れる人々の中から強い光を放つ人を探す。
ああいた、さっきの人だ。
責任者らしき男も含め、コンカー達は怪我はあれど死んでいないようだ。
巡力を奪うには生きてないとダメだしな。
しかし、あれだけの人数を相手に殺さず制するなんて、このモンスターはどれほど強いんだ。
『答えないか、まあいい。お前を倒して、あれらをいただくとしよう』
ヒュッ、と風を切る音がした瞬間、ガゴン! とロボに衝撃が走る。
「ひぇぇぇ」
一か八かで構えたアームでの防御は間に合ったらしい。
くそっ、見えない速さの攻撃なんて、どうすりゃいいんだよ!
せめてセンサーでもあれば……。
いや……、あるよな、センサー。図書館にはある!!
「柊木さんごめん、ロボ改造する、無茶なやつ!」
「わかりましたっ」
答えると同時に柊木さんは後部座席から身を乗り出して、俺の頭上に覆い被さる。
上から来たのか。俺は慌てて顔を上げた。
ゴチ。と強めにぶつかるのは、もう緊急時なので仕方ないことにして、俺はロボの足が触れているこの図書館自体を俺の装備である、と強引に定義する。
よし、成功だ。
「ぅ……」
柊木さんが小さくうめく。
一瞬とはいえ、この広さの建物全部に柊木さんの巡力が薄く巡った。
ごめんな柊木さん、苦しいよな。
俺は素早く使用部分を区切って、柊木さんの巡力が巡る範囲をできる限り少なくする。
それでもかなりの広範囲だ。1秒でも早く改造を終えないと。
まずい!
モンスターを見失った!!
どこだ!?
上か――!?
グシャっという音を立てて、モンスターが床に叩きつけられる。
「ふぅ、危ない危ない」と呟いたのはさっきの責任者らしき大柄の男だ。
かなりの怪我をしていたはずだが……。
「回復ポーションも持ってたんだよ。まあ、これは後から経費にするけどね」
ひとまず自腹のポーションを飲んだってことか。
俺はこの隙に、図書館中の出入り口から盗難防止センサーゲートをかき集めて、センサーをロボの各方向に取り付ける。
生き残っていた裏口の自動ドアのセンサーも取り付けて、配線をこうして、こことここを連携させて…………よしっ!
「柊木さんありがとう!」
俺が叫ぶと、柊木さんの汗ばんだ額が離れた。
「ふぇぇ、もう……目が回りましたぁぁ……」
ペションと後部座席に戻った柊木さんが溶ける。
俺は床に散乱した本から破れたらしい盗難防止用のタグがついた背表紙をロボットアームで拾うと、俺達とモンスターの間に入ってくれていた男に差し出した。
「これをモンスターに取り付けられますか?」
「やってみよう」
男はタグを受け取りモンスターに向き直る。
モンスターは丁度大剣を振り上げて男に斬りかかったところだった。
男はスイッと足を引いて避け……たと思った次の瞬間には消えていた。
この人の動きも、モンスターの動きも、俺には速すぎて見えない。
「取り付けたよ」
そう告げる男が、図書館の外に倒れるコンカー達に視線を投げる。
向こうも何人かがポーションで回復したのか、また戦闘になっている。
あっちもすぐ駆け付ける必要がありそうだな。
「ありがとうございますっ」
「私は向こうをなんとかしてくるから、そっちはしばらく頼めるかな」
「やるだけやってみます」
目の前では、モンスターがタグを貼り付けられた自分の背に腕を回そうとしている。が、どうしても届かないようで、その場でクルクル回ってしまっていた。
流石責任者さん、絶妙な場所に付けてくれたようだ。
俺はコックピットを左右に半分ずつひねる。
各方向に取り付けたセンサーが、モンスターの正面に近付くと順に反応するのを確認する。
よし分かった、反応する角度はそれぞれこの程度だな。
俺は素早くマクロの数値を補正して実行する。
モンスターが俺達を睨む。さっきの男はもう居ないしな。
『おのれ、こしゃくな……』
どこから仕入れたんだろうな、その日本語は。
モンスターはセンサーを取るのを諦めたのか、大剣を構えた。
が、先に腕を振り抜いたのは俺だ。
ガンッ!
モンスターは大剣で俺のロボットアームを受け止める。
流石に威力全部は削ぎきれなかったのか軽く後ろには飛んだが、吹き飛んだというほどではない。
俺のパンチを受け止めた!?
シュッと目の前から姿を消すモンスターを、センサーが瞬時に捉えて防御アームが上がる。
この一連の動作は自動化している。
俺の手作業じゃ間に合わないからな。
俺は自分の巡力残量を確認する。
戦闘で出力は上げていたが、まだほとんど減っていない。
なんだ? センサーもこれだけ増やしたのに、こんなに低コストで動くもんか……?
俺は自分の巡力を目視しようとして、このダンジョンで一番強い光を放っている人間にようやく気づいた。
――俺だ。
なんだ。それでこのモンスターは俺をトップと断じて仕掛けてきたのか。
ふ。と思わず自嘲が滲んだ。
叔父さんの言葉の意味が、ようやくわかった。
それと同時に、両親の嘘も。
入学式からしばらくして、俺は母親に聞いたことがあった。
『ねーおかーさん。僕の巡力って流しちゃうから数字が低かったんじゃないの?』
『そっ、そんなわけないわよ! 巡力の計測はちゃーんとその子の本来の数値を測ってくれるんだからねっ!?』
『ふーん……そっかぁ……』
なにが『そんなわけない』だ、あんの大嘘吐きっっ!!
そんなんで納得してんじゃねーよ、あの頃の俺っっっ!!
毎日毎日巡力を自分で捨てておいて、自分は巡力が少ないなんて。
こんな単純なことに気づかないって、間抜けすぎるだろ!!
「くそっ……」
俺が人生最大の衝撃を受けている間にも、アームが自動で上がって、モンスターの攻撃を防ぐ。
着地したモンスターが体勢を立て直す、その一瞬を逃さず、俺はアームを振り抜いた。
苛立ちを、巡力とともにアームに込めて。
ズドンっっっ!!!
大砲が発射されたような音を立てて、モンスターは図書館の床を突き抜けて、地面にめり込んだ。
「ひゃぁぁ……」
柊木さんが小さく声を漏らした。
俺は、モンスターが這い出てくるのを待つ。
出てきたら、もう一発、二発、と殴るつもりだ。
これがただの八つ当たりだとしても、それをぶつけて許される相手がいるのは有り難い。
シン……と一階のフロアが静まり返る。
わあっと声を上げたのは、外のコンカー達だった。
探知系能力者が、このモンスターの死亡を確認したらしい。
どうやらこいつがこのダンジョンのボスだったようだ。
ボスを倒せば、モンスターはこれ以上出てこない。
あとは、避難者を外に返して、ゲートが閉じるまでに中を探索し尽くせば、このダンジョンは攻略完了という話だ。
……なんだ、もう殴る相手はいないのか……。
「な……薙乃さん……?」
柊木さんが、なぜかおそるおそる声をかけてきた。
「なに?」
「あの……なんか……怒ってます……?」
「……」
俺は、違うともそうだとも言えずに黙り込む。
何か言わなきゃ、彼女のことだから、自分のせいじゃないかと心配するだろう。
だけど深呼吸をしようとする度に、苛立ちが息を乱す。
関係ないとか、ほっといてくれとか、そんな言葉が今にも飛び出しそうで、俺は自分の口を押さえてじっと俯いた。
後部座席でオロオロしていた柊木さんの気配が、不意に途切れる。
後ろを振り返ると、彼女は座席に崩れて静かに目を閉じていた。
「柊木さんっ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます