第7話 解体
「薙乃さんっ! こっち、こっちですーーっっ」
俺達に気づいた柊木さんが、ぴょんぴょん跳ねて手を振っている。
「おはよーございまーすっ!」
そういやまだ朝っぱらだったな。平日でもようやく学校に着く頃だ。
顔を合わせたら元気かと尋ねるつもりだったが、尋ねるまでもなく元気そうだ。
「おはよう。調子はどう? どこも怪我はなかった?」
「はいっ! とっても元気です!!」
柊木さんは両腕でガッツポーズをする。
「まああちこち擦り傷はあったけどね」
そう言って斎賀さんもやってくる。
確かによく見れば柊木さんの腕や足には肌色の傷パッドが貼られていた。
協会でも、おいそれとポーションは使えないんだな。
その向こうでは箕輪さんも手を振っていた。
この空気になんだか懐かしさを感じて、俺は苦笑する。
ランダムゲートが出現したのは水曜だから、あれから四日か。
水曜以降、学校は校庭に開いたゲート攻略のため封鎖されている。
攻略に挑戦しているのはこの森江支局のコンカー達のはずだ。
あのゲートの推定消滅時間は七日ほどだと発表されていたので、明日あたりにはコンカー達も戻ってくるだろう。
「待ってたよー」
と箕輪さんに言われて、ふと気づく。
そういや俺はなんで呼ばれたんだ?
車椅子の返却かと思いきや、車椅子はまだエレベーターと合体したままだ。
そもそも、俺は車椅子とエレベーターをかなりガッツリ融合させてしまったので、あれを解体したところで元の車椅子には戻らないだろう。
新しいのを買うしかないのか……。
俺は必要なパーツと仕様を思い浮かべる。
元々俺の車椅子は改造好きの俺が散々いじり倒した品だ。
それぞれのパーツを今から発注したとして、完成までに一体どれだけ時間がかかるやら……。
まずは必要最低限、移動手段として使える形にするのに、あれとこれと、それと……。
「……さん、薙乃さんっ」
いきなり目の前に柊木さんの顔が現れた。
「!?」
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、ごめん……考え事してた……」
どうやらうっかり考え事に気を取られて、話を聞いてなかったようだ。
「じゃあもう一回言いますね、今度は聞いててくださいね」
俺は頷いて柊木さんを見る。
「薙乃さんの車椅子は、このまま取り出しても車椅子に戻せないそうなんです」
「ああ」
それは俺も分かってる。
「だから、これをもう一度、薙乃さんの装備品として私と作り直してみたらどうかって、箕輪さんが仰ってて……」
「なるほど」
「ただその、うまくいくかは分からなくて……、失敗したらもう車椅子には戻らないかもしれないんですが……」
「それなら大丈夫だよ、戻し方なら分かってるから」
「そうなんですねっ。それならよかったですーっ」
俺が笑って答えると、柊木さんは安心したようだ。
ざわりと計測機器の傍に立ち並ぶ名も知らない白衣の人達がどよめく。
なんだ? 自分の作ったものなら、解体できて当然じゃないか?
まあ、咄嗟だったせいか、我ながら驚くくらいごちゃごちゃな作りだとは思うが。
今回でいくつかわかった事もあるし、次はこれよりずっと効率的に作れるだろう。
と言っても、そんな機会はもうないだろうけどな。
「それじゃ、お願いしていいかい?」
箕輪さんの声に、俺は「はい」と答える。
柊木さんには俺の肘掛けに片手を置いてもらう。
周りの人達が一斉に下がる。……が、まだちょっと近いな。
「もう少し下がってもらっていいですか? エレベーターも戻すので」
「「エレベーター!?」」
またも周りがざわつく。
いや、だってこれ学校のエレベーターだからな?
モンスターの攻撃でちょいちょい凹んでるとこはあるが、それも錬成時になるべく戻すつもりだし、元通り使えるならその方がいいだろ?
局員達が十分下がったのを見て、俺はボスを見上げる。
ボスは「ここでいいか?」と俺をコックピットがわりの車椅子の座席に置く。
「すみません、このベルト締めてもらっていいですか」
コックピットはいまだ前傾姿勢のままで、このままではずり落ちてしまいそうだ。
俺は両腕で体を支えつつ、姿勢保持用の補助ベルトを示した。
「おう」とボスが気安く応える。
いや、こんな雑用をボスに頼むのは間違ってたか?
斎賀さんあたりに頼めばよかったかもしれない。
慌ただしく白衣の人達に指示を出している箕輪さんと違って、斎賀さんは見にきただけという風で、頭の後ろに手を組んで暇そうにしている。
「わ、私どこに立ってたらいいですか?」
「柊木さんは……と、ちょっとこっちきてもらっていいかな」
「こんなんでいいか?」
ボスの締めたベルトは緩すぎずキツすぎず、しっかり体を支えてくれている。
意外に細かい作業ができる人なんだな。
「完璧です。ありがとうございます」
「お? おお、そっか」
ボスはなにやら照れた様子で「へへ」と照れ笑いをこぼしながら研究者達の輪に向かう。
なんだか、褒められ慣れてなさそうな人だな。
俺は片手を上げて、柊木さんに言う。
「俺の手に額を当ててもらっていい?」
「は、はいっ。こうですか?」
俺は自分の腕を通して柊木さんにイメージを送ろうとする。
しかし、そのイメージは手の平に届くまでに、ポロポロといくつか欠けてしまった。
「やっぱりダメだな」
「?」
あの時うまくいったのは、俺が慣れていた額から額への伝達だったからか。
「えーと…………」
俺は柊木さんに何と伝えるべきか思案する。
あの時は俺の膝の上に柊木さんの顔があったから、額をつけても顔までは近付かなかったが、今この状態で額を近づけようとすると、だな……。
想像してしまうと、顔が熱くなってきた。
「薙乃さん?」
「分かった!」
と、突然叫んだのは斎賀さんだった。
「密着しないとダメなんだな!?」
そうじゃない。
斎賀さんの言葉に、白衣の人たちがどよめく。
いや、そうじゃないからな?
「額と額を合わせたいんですよ」
俺が言うと、ボスが一瞬で側に現れた。
「んなら、こーすりゃいーんじゃねーの?」
ボスは、椅子に座る俺の頭に上から額を当ててみせた。
「わかりましたっ」
柊木さんがやる気満々で頭を振り下ろす。
ボスはヒョイと避けたが、俺は避けきれずゴチンと食らった。
いや、確かにあの時は俺もちょっと勢いつけすぎたけどな。
ここは再現しなくていい……ってか、もしかしてあの時の仕返しか?
「ぴぇ……痛かったですぅ……」
そんなことなさそうだな。
「大丈夫か?」
「だっ、大丈夫ですっ。あっ、薙乃さんは大丈夫でしたか?」
「まあ大丈夫だよ」
部屋の隅からクスクスと笑いが起きている。
これ以上見せ物になるのは勘弁だし、働く大人達を待たせるのも悪いだろう。
俺はボスが部屋の端にいることを確認して、口を開く。
「始めていいか?」
俺の問いに、柊木さんは「はいっ」と今度は噛まずに答えた。
解体は、なるべく手早く、短時間で済ませたい。
長引くほど柊木さんに負担がかかるだろうから。
俺は、解体の最短手順を脳内でフローチャート状に整えると、俺のために目一杯準備してくれている柊木さんの巡力を受け取った。
こんなになみなみと注がれると、うっかりこぼしそうで怖いな。
俺は、集中する彼女をおどろかせないようになるべく優しくささやく。
「もう少し少なくていいよ。今の8割くらいで十分だ」
「ひ、ひゃいっ」
噛んだな。
途端に巡力が大きくブレる。俺は解体の手を止めて、落ち着くのを待った。
「返事もしなくていいから。大丈夫だよ、ゆっくり調整して」
彼女は、ゲーム中に声をかけられると返事ができないタイプに違いない。
「うん、このくらいで。ちょうどいいよ、ありがとう」
返事はないが、距離が近いからか彼女がほっとしたのが伝わる。
よし、解体再開だ。
前回と違って、作業状況を目視で確認できるからずいぶん楽だな。
まあ目の前には柊木さんが立っているわけだが、その左右から見えるだけでもかなり違う。
俺はエレベーターの部品を丁寧に床の上に並べながら、柊木さんの足場を確保しつつ、車椅子を元通りに戻した。
正確には元通りではなく、前からひっかかりが気になってたパーツの丸め処理やらブレーキワイヤーの調整もついでにさせてもらったが、まあ元通りの範疇だろう。
「終わったよ」
俺の言葉に、柊木さんがパッと離れる。
そういや、俺は朝から歯も顔も洗ってないな。臭っただろうか。
今更ながら、鏡も見ていない事が気になってきた。
寝癖や寝跡は残ってないだろうか。
それ以前に俺は着替えてもいないんだが……。
俺は自分の服装を改めて確認する。上はスウェット、下はジャージだから、部屋着としてはアリだろう。
ジャージは足の動かない俺でも履きやすい両足の脇がチャックで全開になるやつだが、一見ではわからないだろうしな。
そういや腹も減ってきたな……。
俺が腹をさすりながら顔を上げると、柊木さんはキラキラした瞳で周りを見回していた。
「わぁ……、すごいです薙乃さんっ、これ、こんなに全部元通りになるんですねっ!!」
今回の体勢だと彼女はずっと俯いていたので、なにがどうなってたかわからなかったよな。目も閉じてたみたいだしな。
金属質の床の上には、エレベーターのパーツや扉がずらりと並んでいる。
もちろん箱部分には、カメラもモニターもボタンも全て装着済みだ。
「これって全部エレベーターの部品なんですか?」
「大体はな。配線ケーブルは学校の廊下のを抜き取ってきたのもあるけど……」
これは……、パーツに戻したところで埋め込むには工事がいるよな。
工事費が俺に請求されるという事態は……ないとは思いたいが……。
「薙乃さんはすごいですねぇっ」
「すごいのは柊木さんだと思うよ? 柊木さんのおかげで車椅子も買い直さなくてよくなったし、助かったよ、ありがとう」
柊木さんは驚いた顔をして、慌てて首を振る。
「そ、そんなっ、私の方こそ、先日は……」
ポピン、と小さな音が鳴った途端、研究者達が叫びを上げた。
「うおおおおおお!!!」
「なんだこれ!!」
「すっっっげえ!!」
なるほど、やたらと外野が静かだったのは記録用に録画していたからか。
今のは録画の終了音だったんだろう。
「柊木、まだ巡力が漏れてるぞ。しっかり接続切っとけ」
不意に近くに現れたボスの言葉にも、そろそろ驚かなくなってきたな……。
「えっ、えっ、どこですか?」
柊木さんがキョロキョロと辺りを見回す。
柊木さんの腰の左側のあたりで、何か紐のようなものがキラリと光った。
「そこかな」
俺が指をさすと、ボスが眉を寄せる。
余計なことだったか? 自分で見つけられるようになれって話だったんだろうか。
「……なあ薙乃、お前、もっぺん巡力測って――」
ボスの言葉をかき消したのは、けたたましいサイレンの音と、それに続く揺れだった。
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