ヒトは好奇心を忘れる

古 散太

ヒトは好奇心を忘れる

 誰もが幼いころ、何かに夢中になったことがあると思う。

 好きなコトやモノ、誰かや何かに心を奪われて、時間は短くても、かなりの頻度で好きな対象のことを考えている。そんな時代があったのではないだろうか。

 幼いころの好きという思いは、損得や他人の視線などいっさい無関係であり、ただひたすらに好きなだけで夢中になるものだ。好奇心の働くままに。

 誰でも幼いころは知識がない。生まれて数年で還暦のヒトのような知識を手に入れることは不可能だ。なので、五感で体験するものの多くが未知のものであり、未知の体験である。

 言葉を変えれば、「すべてが新鮮」ということになる。はじめて見るもの、はじめて聞く音、はじめて体験することなど、この世には未知と不思議がいっぱいであり、それゆえに生きることに対して、新鮮な気持ちのまま生きることができる。

 それが子供時代であり、知識や認識、体験のスタートラインだ。

 しかし時を経て、誰もがというわけではないが、二〇年も生きてくると世の中の多くのことを知り、体験するようになってくる。目新しいものは極端に減り、メディアやネットで知った情報だけで分かったような気になってしまい、実際のところ、本当のところを知らないまま、すべてを知ったような気になってしまう。良くない言葉で言えば、頭でっかちや知ったかぶり、という状態だ。

 それが悪いことだとは思わない。そのヒトの人生だ。そのヒトがそれで良ければ誰も文句はない。ただし、頭でっかちや知ったかぶりに陥っているヒトたちは、やがてどこかで息が詰まることになるのが目に見えている。知らないのに知っている気になっているということは、その物事に対して土台がない状態の家のようなものだ。すこし揺れたらすぐに滑りったり崩れたりして、きっとあたふたするのだろう。

 現代の多くの大人が息苦しく生きているのは、その土台がないまま大人ぶっているためではないだろうか。逆に言えば、専門職のヒトや職人であれば、仕事自体が人生であり生き様でもあるはずなので、近しい周囲で何があろうと、そのヒト自体がブレることはないのではないだろうか。

 昔、何かで聞いた話だが、あるお笑い芸人だったか喜劇俳優だったか。講演中に親が亡くなっても、笑顔で舞台に立っていたということがあるらしい。ヒトとしてはどうかと思うが、そのヒトの個人的な人生という意味では正しい選択なのではないかと思う。亡くなった親御さんもそのヒトに、きちんと舞台を務めあげろと言ったらしいから、親も子も、覚悟して生きていることがうかがえる。そういう視点で見れば、とても素晴らしい覚悟だとぼくは思う。


 ヒトは生きれば生きるほど知識を蓄え、さまざまな体験を積み重ねていく。知識を得た瞬間や体験をした瞬間は、記憶として脳のどこかに残っている。

 問題なのは、その記憶だけでそれに類似する知識や体験を知っていると勘違いすることだ。

 たしかに似たような物事は、以前に知ったことや体験した記憶で賄えるように思えるが、ヒトが生きているのは時間的にいつも最先端である。言葉を変えれば、今だ体験したことのない時間の中に生きているということになる。

 ぼくたちが見聞きする情報や体験する物事や出来事は、これまでには一度も存在しなかったことだと、自ら気づかなければならない。それを知っていると勘違いすることで、余計なトラブルが増えたり対処の仕方を間違えたりしているのだ。

 ぼくたちは工業製品ではなく生きているヒトである。人生における過去という世界の修復はできない。そして、まだこの世の現実として存在していない未来は、ぼくたちにとって未知のことしか存在していないのだ。

 過ぎたことを後悔しようが反省しようが、起こった出来事がなかったことにはならない。しかしまだ何も決定していない未来については、まっさらな思考で出会うのであれば、それは新鮮な驚きや喜び、幼いころに味わっていた心を奪われるような体験をすることができる。

 そうなれば未来に対する悲観的な思いより、好奇心が前に出てくるはずだ。

 ヒトは本音の部分で考えているとおりに行動する、ということを考えれば、好奇心が勝っているほうが未来はより楽しいものになるだろう。

 大人になっていく過程で、知識や体験は積み上げられていく。しかし次の一秒はこれまでに体験したことのない一秒なのだ。ある日突然戦争が始まり、ある日突然新型の流行性感冒が広がり、ある日突然世界的なスターがこの世からいなくなり、ある日突然、思いもよらない恋が始まるのだ。

 より良い次の一秒のために、ぼくは好奇心を忘れずに生きていこうと考えている。それは人生をより楽しいものにしてくれるだろうと、わかっているからだ。

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