白銀に出会った日(2)
青白い照明が、病室を静かに照らす。
分厚いカーテンが揺らめくたびに入り込む日差しは、人工の光がもたらす冷たさをかき消すには至らない。
わたしは壁際にあった背もたれのない椅子に腰かけている。ただ呆然と、何をするでもなく、意識を揺蕩わせて。
このまま瞳を閉じてしまいたい衝動に駆られるも、全身を襲う妙な肌寒さがそれを許してくれない。
現実に引き戻されたわたしの目に映るのは、横並びに置かれた二つのベッド。そしてその上で眠り続ける、父と母の姿。
体に包帯を巻かれているせいだろうか。それとも、繋がれたままの点滴がそう思わせるのか。穏やかに寝息を立てる両親の姿は、今まで見たこともないくらいに弱々しい。
二人が視界に入るたび心が激しくかき乱されて、わたしはまたも徐に目を伏せた。
病院に来るまでのことは、あまりよく覚えていない。
とにかく助けを呼ぶのに必死だったし、救急車が駆けつけてからはあっという間に事が過ぎていった。
なんとなく思い出せるのは、二人の処置が終わってから医者に呼び出されたことくらいだろうか。
その人曰く、二人とも命に別状はないものの、傷自体は相当深いものだったらしく、再び目を覚ますのは、傷が完全に癒えてからになるだろう、とのことだった。
わたしを落ち着かせるために医師が口にした、ご安心くださいという言葉を、わたしは素直に受け入れることができなかった。
わたしを追っていたあの化け物は、確実に死んだはずだった。白銀の青年に首を刎ねられ、ピクリとも動かなくなったのをこの目で見ている。
だというのに、あれは再び姿を現した。
いや、直接目にしたわけじゃない。ただ残された痕跡が、その可能性を伝えているだけ。
けれどわたしは確信していた。
二人を襲ったのは間違いなく、昨日の化け物である、と。
そう感じた途端、わたしは全身を刺すような悪寒に襲われた。
思わず体を抱きかかえるようにして、座ったまま小さく蹲る。
――死んだはずの化け物が生き返ったのだとして、いったいわたしはどうすればいいんだろう。
自分のことだって守れやしなかったんだ。家族を助けられる自信なんて持てるはずもない。
頼れるとしたら、警察?
いや、たとえ警察であっても、あんな化け物をどうにかすることができるとは思えない。そもそも、こんな突拍子もない話を聞かされたところであしらわれるのは目に見えている。
頭が乾電池でできた化け物が命を狙いに来るから守ってほしい――だなんて、自分でも頭がおかしくなったんじゃないかと思うくらいだ。
唯一の拠り所は、彼。
白銀の青年。
だけど、どこにいるのかもわからないし、連絡する手段すら持ち合わせていない。
考えれば考えるほど、わたしの内側には孤独と絶望が少しずつ注がれていく。
思い出してしまったあの真っ黒な恐怖に、指先が小刻みに震え出す。
外はむしろ温かいくらいなのに、寒気で感覚が少しずつ鈍くなり始めた。
――わたしの意識は再び、あの狭く深い闇の中に落ちていくようだった。
「……学校、行かなきゃ」
掻き消えそうな声でそう呟くと、わたしは逃げるように病室を飛び出した。
◇
結局、わたしは学校に行かなかった。
欠席するのは成績に傷をつけるみたいで嫌だったけど、今から行ったところで遅刻には変わりない。とっくに一限は始まっているのだ。
それに、もしかしたらわたしが登校していない理由が伝わっている可能性だってある。
物珍しそうな視線を向けられるかもしれないと思うと、わたしの足は自然と学校とは異なる方向に向いた。
「はあ……」
ああだこうだと行かない理由をつけては考えてみたはいいものの、結局これは単なる言い訳だ――学校に行く気など最初からない。
とにかく、あの病室から抜け出したかった。
そうしなければ、きっとあの寒さに凍えてしまっていた。そんな気がした。
今のわたしは、ただ黙々と道を歩いているだけ。
行く当てはなく、目的もない。
しいて言えば、少しでも病院から離れることがそうだろうか。だけどおそらく、それが肝というわけでもない。
無心で歩くということは、つまり思考の停止だ。
心を蝕む冷たさも、背負わなければならない重圧も、頭の片隅に追いやってなかったことにしてしまえる。そうしているうちに、やがて現実に起こった出来事が全て噓だったんじゃないかとすら思えてくる。
あれもこれも、きっと全部夢だったんだ。眠って次に目が覚めたとき、いつもの朝が迎えられるはずだ、なんて。
どうしようもない現実逃避に、苦い笑みがこぼれた。
それなりに歩いて、ふと天を仰いだ。
澄み渡った青空を人の目から遮るように、筋状の雲が所狭しと並んでいる。
列を保ったまま悠然と流れていくその光景に、なんだかわたしは無性に虚しさを感じた。
今のわたしは、いったいあの雲と何が違うんだろう。
ただ風に吹かれているだけ。わたしもただ、歩いているだけ。けれど雲にはきっと行きつく先がある。
……なら、わたしは?
家には帰りたくない。でも、あの病室にもいたくない。学校にも行きたくない。
わたしに行きつく先はない。放浪し続けたところで、化け物が消えてくれるわけではないのだから。
「……どうしたらいいんだろう、わたし、どうしたら……」
わたしはとうとう道の隅で蹲ってしまった。
たくさんたくさん歩いたというのに、体は芯から凍えたままだ。
震えがどうにも止まらなくて、涙が頬を伝った。
無力感と絶望感と、それからいろいろ。ネガティブ極まりない名前の感情が次々に浮かんで、混ざり合って、わたしという人間を侵していく――。
「――やっと見つけた。なんだってこんなとこをほっつき歩いてるんだ、きみは」
聞き覚えのある声が耳に届いて、わたしは咄嗟に顔を上げた。
白のロングTシャツに、タイトな黒のジーンズ。特徴的な白髪をなびかせながら、シラナミカノンが、やや呆れ気味にこちらを覗き込んでいた。
◇
病院から二、三十分ほど歩いた先、車通りの少ない閑静な住宅街からさらに外れた場所に、ビルが一棟、ポツンと建っている。
六階建てのその建物は、元はマンションとして建てられたものだった。いつだったか、入居者募集の案内チラシが配られているのを見た覚えがある。
部屋は広く、家賃は安い。嘘か真か、そんな宣伝文句で入居者を募っていたこの建物は、しかしマンションとして運用されることは一度たりともなかった。
完成目前にして、ビルは突然放棄されてしまったのである。
理由については明かされていない。
巷では作業中に誰かが亡くなってしまっただとか、昔この土地は墓地として使われていたことが判明しただとか、あるいは病院だったんじゃないか、とか、様々な憶測が囁かれていたものの、どの話にも確証となるものは何もなかった。
けれどそういう不穏な話が流れていたこともあってか、土地や建物が別の何かに流用されることもないまま、ビルは解体もされないまま、この地に取り残されてしまったのである。
わたしはカノンさんに連れられて、そんな曰く付きの廃墟を目指していた。
「――ツユリさん?」
彼が口にした名前を、確認するように復唱する。
「そう。そいつが今、あのビルに住んでるんだよ」
「住んでるって、あそこはもう何年もほったらかしのままですよ。とても人が生活できるようには……」
「いや、今はそうでもないよ。少なくとも前行ったときは電気も水も使えたし。あいつはそこで寝泊まりもしてるらしいし」
「ほんとに家なんですね。どうやって暮らしてるのか全然想像つきませんよ」
「至って変わりないさ。普通に風呂入って、ご飯食べて……ツユリの奴、自炊とかするのかな」
カノンさんがわずかに首を傾げる。
「……そういえば、珍しい名前ですよね、ツユリさんって」
「ああ、ツユリってのは偽名らしい。本名は僕も教えてもらってないな。まあ興味もないから聞く気もないんだけどさ」
「――偽名、ですか」
「ああ、心配はいらないよ。確かに信用ならないやつだが、きっと助けになってくれる。きみみたいなケースなら尚更な」
わたしの何か言いたげな口ぶりを察したのか、彼が安心させるようにそう言った。
「……なら、いいんですけど」
そう言ってみたものの、わたしの表情は曇ったままだ。
――『助ける』という言葉は、常に無責任さを孕んでいるもの。
それを口にする人のほぼ大半は、その言葉を単なる気休めとしか思っていない。安心させるための方便。つまりは、口先だけである。
別に何かそういう体験をしたわけじゃない。自分で蓄えた知識と周囲から得た情報が、漠然としたイメージを形成してしまったのだ。
だから、安易に『助ける』と言ってのける人のことをわたしは信用できない。
カノンさんの紹介でなければ、今頃わたしはあの場に蹲ったまま、梃子でも動こうとしなかったに違いない。
「ちなみに、ツユリさんはどういうお方なんですか?」
少しでも情報が欲しくて、世間話のつもりで訊ねてみると、
「ん? そりゃもちろん、すごく変な奴」
にべもない答えが返ってきて、わたしは思わず苦笑いを浮かべた。
そりゃ、あんな廃墟に住み着いてる時点で相当な変わり者だろうというのは想像がついている。
わたしが欲しかったのはもっとこう、具体的な人となりだったのだけど。
「そんなのはもうわかりきってることか。とはいえ、変な奴としか言いようがないからなあ。あんなとこにこもって、ずっとオカルトじみた仕事の依頼をこなし続けてるような奴だし」
あまりの反応の鈍さにハッとしたのか、彼は続けて補足説明を加えてくれた。
「オカルト、ですか。なんか、どうしてもくらーいイメージを抱いちゃいますね」
頭に浮かぶのは、日の差さない部屋に閉じこもって、幽霊だとか心霊現象だとかの本を読み漁っている姿。さながら、物語に出てくる闇の魔法使いといった感じ。
「本人は至って快活だよ。人当たりも悪くないし、社交性は高い方だと思う」
「ならよかったです。変わってるって言うから、てっきり会話が成立しないタイプなのかと思ってましたよ」
過去の苦い体験がぼんやりと頭に浮かぶ。
天才かつ変わり者と称されていた同級生と話をしたときも、途中で会話が成り立たなくなったことがあった。
知識の差なのか、それとも人の差なのか。こういう人は往々にしてこっちには伝わらない言葉を多用するし、すぐに自分の世界に飛び込んでしまうものだ。
それがツユリさんとの間でも発生するんじゃないかと危惧していたものの、彼の口ぶりからすると、どうやらその心配はいらなさそうだ。
……と、思った矢先、カノンさんは難しそうに眉をひそめると、
「まあ、会話は成り立つと思うよ。多分」
なんとも歯切れの悪い物言いに、わたしは思い切り顔をしかめた。
◇
他愛もない話をしているうちに、わたしたちはビルのふもとに到着した。
ビルは静かに、それでいて物々しくわたしたちを見下ろしている。もぬけの殻となってしまったはずなのに、自分ではそのことに気がついていないかのようだ。
……そういえば、今は住人がいるんだった。ならばあるいは、自分はまだ機能していると主張しているのかもしれない。
止まったままのエレベーターを無視して階段を登る。踊り場は風向き次第で雨が入り込みそうな作りになっていて、壁や床には案の定、乾いてなお染みついてしまった水の痕が残っている。
三階にたどり着くと、わたしはカノンさんの誘導に従って、すぐ目の前にある部屋に足を踏み入れた。
人が二人、向かい合わせに通れる幅の廊下を抜けた先には、業務用のスペースが広がっている。
部屋の左右と上座に置かれた三つのデスクには、簡易なパソコンと資料らしき様々な紙の束が山になって積まれている。壁際には大きな棚。スライド式の戸の奥には、いろんなファイルがきちんと収納されているのが見えた。
部屋の隅にはシンクが備え付けられていて、隣の台になっているところには、年季の入った電子レンジが置かれている。
息が詰まりそうなほど殺風景な雰囲気。観葉植物でもあれば少しはこの空気を和らげることもできるだろうが、あるのはせいぜい壁掛けカレンダーくらいのものだ。
しかしまあ、事務所というところは案外こんなものなのかもしれない。
「あら、
上座に位置するデスク――<所長専用>と書かれたプレートが貼り付けられている――に座ったまま、女の人がわたしたちを出迎えた。
第一印象は、すごく仕事のできそうな大人びた人。
切れ長の目にくっきりとした鼻筋、線の細い輪郭。
とても整った顔立ちに、後ろで一つに束ねられた艶やかな黒髪。上から下まできっちりとスーツを着用しているかと思えば、前開きにされたジャケットから赤いネクタイを覗かせている。
もしわたしが男だったら一目で心を奪われていたかもしれない。
そう思ってしまうほどには、美しい人だった。
「できれば来たくはなかったけどな。おまえ以外にどうにかできそうなやつがいれば迷わずそっちを頼ってたよ」
「顔を出して早々毒を吐くなんて、相変わらず冷たいのねぇ。私を頼りたくないのなら、自分で対処すればいいじゃない。なんなら
「ならおまえが僕に仕事の依頼をすればいい。それならしっかり働いてやる。わかってると思うけど、料金はびた一文まけてやらないからな」
突き放すように言って、カノンさんは口を閉ざした。
二人の間に渦巻く緊張感に圧倒されていると、女の人は唐突にわたしの方へと顔を向けると、にこり、と柔らかな笑みを浮かべた。
「さて。改めまして、ようこそお嬢さん。私はツユリ。あなたの名前を聞かせてもらえるかしら」
「はじめまして。わたし、八雲杠と申します」
緊張しているのか、声をやや上擦らせながら、わたしはなんとも形式ばった硬い挨拶を返す。
スーツ姿の人を前にしていると、なんだか気分は面接会場である。
わたし、面接受けたことないけど。
……小さく間を空けるように軽く息継ぎをして、わたしはもう一度口を開く。
「ツユリさんのことは、カノンさんから伺いました。きっとわたしを助けてくれるはずだって」
「そうねぇ。半分正解。半分は間違ってるかしら」
ツユリさんは組んだ指の上に顎を乗せ、またにんまりとした笑みを浮かべた。
笑顔の教本にでも載っていそうなほど自然で、それでいて酷く無機質な感じ。
人間味の一切を削ぎ落したかのようなその笑い顔に、なんとなく今朝の病室が頭をよぎった。
「……それは、どういう意味ですか?」
妙な言い回しに、わたしは思わず訝しむ。
「私が助けてあげるのは、助かろうとしている人だけ。何が何でも助かりたくて、そのためなら他の一切を捨てる覚悟を持っていなければならないの。ねえ、杠さん。自分たちが助かるのならそれ以外を全て切り捨てる覚悟が、あなたにはあるかしら?」
わたしはふと、ツユリさんの言ったことを思い浮かべてみる。
父と母が助かって、わたしも五体満足で生きていて、けれどそれ以外は何もない。
慣れ親しんだ家も、洋服も、お金もなくて、学校にも行けず、もしかしたら一日を生きることすらままならないかもしれない。
確かに家族は生きている。わたしの望んだとおり、みんな助かったのだ。
――でも、それで未来が暗くなるなら、本末転倒じゃないか。
ただ生きていくだけでも苦しくて、希望のない人生。そんなものは御免だ。
だから。
「わたしは、そんな覚悟はしません。みんな助かって、明るい未来が保障される――それがわたしのしてほしい『助け』です」
ツユリさんは驚いたように目を見開くと、クツクツと楽しげに喉を鳴らした。
「ふふ、そう。ずいぶんと欲張りなお客様だこと。ねえ?」
わたしの背後へ視線を送ると、カノンさんはわざとらしく両手を広げてみせる。
「なかなか面白そうな子ね、気に入ったわ。ぜひ、あなたの身に起きた不可解な現象について、話を聞かせてちょうだい」
姿勢を整え、じっとこっちに向き合ってくれるツユリさんに、わたしははい、と頷いた。
あの突拍子もない話を信用してくれるかなんて定かではない。
けど、この人ならきっと、ちゃんと耳を傾けてくれるに違いない。
自分でもチョロいと思ったけれど、わたしはツユリさんに対して、信頼してもいい人だという認識を抱くようになっていた。
◇
彼女から話を聞き終えたのは、そろそろ日が沈みそうなころだった。
要点を整理しつつ、合間に休憩も挟みながらヒアリングを行ったので、思っていたよりも時間がかかってしまったのだ。
それから杠は、ツユリの勧めでしばらくここに寝泊まりすることになった。
家に帰ることもできないし、かといって病院にも戻りたがらない彼女の気持ちを汲んでやったのだろう。少なくともここにいる限りは、あの異形も容易に手は出せまい。
簡素な食事と入浴を済ませ、僕は杠を寝室に送り届けた。
本当に水や電気が使えることに驚いていたようだが、最初にきちんとそう言ったはずなのに、忘れてしまっていたんだろうか。
とはいえ、僕も実際に使ってみるまでは半信半疑だったので、その気持ちもなんとなく理解できた。
杠が布団に潜るのを確認してから、僕は再び事務所へ顔を出した。
予想通り、ツユリはまだ椅子に腰かけたままだった。
何やらパソコンに文字を打ち込んでいる最中らしい。
「どう? 杠ちゃんの様子は」
「ちゃんと寝られるか不安そうだった。枕が変わると上手く眠れないらしい」
「そう。睡眠の心配をする余裕があるのなら元気な証拠よ」
ブラインドタッチの音を聞きながら、僕は空いている席に腰を下ろす。
「そうだ、白浪くん。ちょうどいいから正式に依頼するわ。八雲杠、およびその両親を襲った原因を突き止め、排除しなさい。料金はいつも通りでいいわね?」
「けっこうだね。早速今晩から出る。その間、彼女のことは任せてもいいよな」
ツユリは手を動かしたまま、ええ、と軽く頷いた。
早速立ち上がろうとした瞬間、
「あ、そうだ。言い忘れてたんだけれど」
ツユリに声を掛けられ、僕は振り向きながら足を止めた。
「おそらく君は昼間も調査に出向くつもりでしょう? だったらあの子も同行させなさい。その方がきっと効率的よ」
「別に構わないけど……どう考えても非効率的だろ、それは」
「あら、そんなことはないわよ」
ツユリは作業の手を止めると、いつもの癖で組んだ指の上に顎を乗せながら、
「正体はわからないけれど、その怪物の狙いは杠ちゃんだというのは確かなんでしょう? なら、連れ歩いていればまた彼女を狙って怪物が姿を現すかもしれないわ。原因を探るつもりなら、直接実物から遡った方が効率的ではなくて?」
「まあ、一理ある……か?」
――いや、どうだか。
確かにあれの狙いは彼女だが、目的自体は定かではない。そもそも狙いが両親に移っているというのもよくわからない話だ。
しかも杠のことは明確に殺そうとしていたくせに、両親は傷を負わせるにとどめている。致命傷ですらないものの、確実に意識を混濁させるための攻撃。
もっと深く考えれば何か見えてきそうなものだが、生憎、僕は肝心なところでひらめきが足りないやつなのだ。
「……おまえ、さてはここを襲われたくないからこっちに押し付けようとしてるな?」
だからこんなふうに、余計な思考が邪魔をして別の考えを導き出してしまう。
「あら、お見通しだったのね」
ツユリは何故か悔しそうに顔をしかめた。
僕としては、当たってほしくない二択だったんだけど。
「……まあいい。怪物の目的とか、そのあたりの分析はおまえに任せるよ」
「ええ、勿論。そのためにも、いつも以上に丁寧かつ詳細に調査をお願いするわ」
僕は小さく頷くと、そのまま事務所を後にした。
扉をゆっくりと開き、外に出る。
暗闇に包まれた夜の世界。
三階の踊り場。眼下に広がる夜景。
家屋や建物の何もかもが小さく見えて、そして遠く感じる。歩いていけば数分で到着するような場所ですら、何故かたどり着けないように思えてしまうほどだ。
僕はわざと身を乗り出して、狭く細い踊り場の塀に足を乗せる。
足場は酷く不安定で、少しでもバランスを崩せばすぐに落下してしまいかねない。
眠りについた街並みは、まるで光の届かない深海のようでいて、しかし大地は月明かりに照らされ、怪しい輝きを帯びている。
右手に刀を携え、僕は一気に塀から飛び降りる。
さながら、深海へ飛び込む命知らずのように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます