白昼急襲

 最初の一人を仕留めるのに、三秒もかからなかった。

 マンションのエントランスに踏み込んだ瞬間、そばに立っていた警備の男は、思わず目を丸くした。

 上司から警戒するように言われていたその男が、まさか来客を装って堂々と侵入してくるなど、考えてもいなかったからだ。


 一瞬の戸惑い。

 喉元に刀が触れていることに気がついたのは、意識が遠のいてからのことだろう。

 容赦なく手を内側に引く――音もなく崩れ落ち、体を壁に預けながら、亡骸は噴水の様に血を噴き出した。

 カノンはそれを一瞥することもせず、ただ機械的に刀を軽く払って、黙々と歩き始める。


「おーい、何の騒ぎだよまったく――」


 わずかな騒音を聞きつけ、体を伸ばしながらやってきた数人の機関員たちは、眼前の光景に目を見開いた。

 力なく項垂れる同僚だったもの。それから、近くで刀を携えた、見覚えのある青年の姿。

 この場で何が起こったのかを瞬時に理解し、警備の男よりも素早い動きで戦闘態勢を取ろうとする。


 最初の二人は、得物を抜く間もなく凶刃に倒れた。

 次の三人は銃を抜いたものの、引き鉄に指をかける前に、腕ごと命を断ち切られた。

 問題はそのあとだった。


 ダダダダダッ――激しい銃声が、防音加工を施された廊下に反響する。

 二階から降りてきた増援が、一斉にアサルトライフルの銃口をカノンに向けていた。

 鉛玉が肩を抉り、脇腹を貪り、太ももの肉をかすめ取る。

 だが、カノンの足は止まらない。

 その程度の弾丸で倒れるほど、この体はやわではない。

 彼らもそれは理解しているだろうに、足止めのために無駄な弾薬を消費しなければならないとは、なんとも悲しいことだ。

 しかも、無駄になるのは弾だけではないのだから、余計に悲しさがこみ上げてくる。


 ギロリ、鋭い視線が二階の増援部隊を捉えた。

 あまりの殺気に気圧され、機関員たちはヒュッと喉を鳴らしながらも、しっかりと照準をターゲットに絞る。


 降り注ぐ鉛の雨に辟易したのか、カノンはくるりとつま先の向きを変えると、勢いよく階段を駆け上った。

 迫る敵影を前に、砲身が灼けつくほどの勢いで、彼らは必死に引き金を引く指に力を込める。

 だが、胸を貫こうと、腕を抉ろうと、首に穴を開けようと、それが止まることはない。むしろさらに激しさを増した殺気が、彼らの喉元に突き付けられるばかりだった。


「だ、誰か、あれを、早く!!!」


 たどたどしい口調で、機関員のうちの一人が叫ぶ。


「そうはさせないよ」


 だが、彼らの求めるが手に届くより早く、カノンが両手で刀を振るう。

 銃撃の雨を断ち切るような一閃――機関員は次々に切り捨てられ、一人、また一人とその場に崩れ落ちていく。


「っ……化け物め……!」


 少し下がったところで、別の機関員がそう叫んだ。


 化け物。

 そうだ、そのとおりだ、とカノンは思う。

 それがなんだ、とも思った。


 捨て台詞を吐いたその男が、一目散に通路の奥へと逃げていくのを横目に、カノンは登ったばかりの階段を駆け下り始める。

 おそらくはまた増援でも呼びに行くんだろう。

 まあ、好きにすればいいさ。

 そっちに用はないのだから。


 素早く階段を降り切った途端、視界に飛び込んできたのは別の増援部隊。

 待ち伏せするように、階段の脇で息をひそめていたらしい。

 息を吸う暇もなく、彼らは反射的に引き金を引いた。

 銃口から吐き出された弾が螺旋状に回転しながら、キラキラと怪しく光沢を放つ。


(これは、避けられないな)


 刹那の思考。カノンは刀を構えたまま、あえて機関員たちの方へ突進した。

 弾丸は瞬くうちに肩や足に命中すると、破裂するような音を轟かせながら、背中の肉までもを裂いていく。


 血飛沫の飛び散る様に、機関員たちの頬がわずかに緩む。

 まるで価値を確信したような笑み。

 その表情に、なんとなく申し訳なさが芽生えた。

 一気に距離を詰め、刀を振るう。

 胸、首、頭。

 的確に急所を切り伏せ、機関員は音もなく倒れた。


 死の寸前の彼らの表情は、すっかり絶望に染まっていた。

 弱点である銀の銃弾を撃ち込んだのに、どうしてこいつは動けるんだ。

 そんな疑問を口にする間もなく、骸と化した。


「悪いね、ずるくて」


 誰に届くでもない言葉を死体に投げかける。

 腰に下げた小さなポーチの中にしまわれている、錠剤の入った小瓶。

 ツユリから受け取った弱点を補う薬を、カノンは事前に飲んできていた。

 なるほど、最初こそ疑っていたものの、こうして実感してみれば、確かにあのときとは大違いだ。

 体の自由も聞くし、治癒の力も失われていない。

 さっき開けられた小さな穴の数々は、すっかり塞がっていた。


「いいね……思ったよりやれそうだ」


 やや嬉しさの乗せた声が漏れる。

 しかし、制限時間は三十分。奴らを蹴散らすのに五分もかかってしまった。

 駆け足でエントランスを進み、記憶を頼りに廊下を駆ける。


(確か、このあたりに……)


 様々な扉を横切りながら進んでいると、ふと差し掛かった壁の足元から冷たい空気が漏れているのに気付いた。

 目の前にあるのは、どこからどう見ても何の変哲もないコンクリート製の壁。

 カノンがそこに触れた途端、先ほどまで周囲の景色と同化していた部分に隙間が生まれ、やがて重苦しい音を響かせながら、迷彩の扉が道を開く。


 本当に、自分がいたときと何も変わっていない。

 嫌な懐かしさを感じながら足を踏み入れようとしたとき、背後から


「いたぞ!! あそこだ!!!」


 何度目かの増援部隊が仲間に位置を知らせる。

 奴らに構っている時間などない。

 小さく舌打ちをしつつ、カノンは地下へと繋がる急勾配の階段を一気に駆け下りていった。



 無感情の実験室。

 閉じ込められている場所と同じような白い空間。

 蛍光灯の明かりがやけに眩しく感じるその部屋の中央に置かれた、円筒形の大きな機械。

 ユズリハがその中に寝かされてから、そろそろ一時間が経とうとしていた。


 こめかみには何かが貼り付けられている。どうやら脳波を読み取るための電極らしい。そのひんやりとした感触が、どうにも不快だった。

 相変わらず手には錠がかけられている。鎖は短いものに交換され、移動しやすくなっていた。

 体はベルトで固定されていて、身動ぎするのも一苦労だった。


 いったいいつまでこうしていればいいのだろう。

 薄暗い天井を眺め続けるのも、そろそろ飽きてきた頃合いだ。

 と言っても、首はしっかり固定されていて、他にやれることと言えば目を閉じるくらいしかないのだが。


『この波形……被検体Y-35は想定通り、怪異とのリンクを形成しているようですねぇ……』


 分厚い壁の向こう側から声が聞こえた。

 細身に白衣を纏った研究員のような男は、モニターを眺めながらそう呟いた。

 ……怪異との繋がりを測定する。

 この機械に寝かされる前、そう説明された。

 そのあとで、怪異を制御するための実験を開始する、とも。


 彼らの言っていることが、まるで理解できなかった。

 怪異を制御するなんて言われても、やり方なんて知らない。

 そんな力が自分にあるとも思っていない。

 もし自分に怪異を制御する力が宿っているのなら、あの夜、乾電池の怪物から逃げる必要などなかったはずなのだ。


『で? 実際どうなンだよ。こんなガキに怪異を操る力なんてあンのか?』


 そばで聞こえるもう一つの声。

 粗暴な口調の、スーツ姿の男。

 ユズリハの監視役として任命された彼に、この部屋まで連れてこられたのだった。


『それはまだなんとも……波形は確かにリンクの形成を示してはいますが……いかんせんがない』


『そンじゃ、手っ取り早く怪異にお願いさせるとしようや』


『ふむ……それもそうですね』


 そこで会話が途切れると、突然、機械がゴゴゴゴ、と音を立てて震え始めた。

 台座はユズリハを乗せたまま、少しずつ円筒形の筒から引き抜かれていく。

 徐々に開けていく視界に飛び込んできた蛍光灯の眩しさに、思わず目を細めた。

 目元を手で覆いたい衝動に駆られたものの、力を込めた腕はガチャ、とわずかに音を立てるだけで、ベルトの固定から逃れることはできない。


 きゅっと目を瞑っていると、今度は台座の背もたれの部分が機械的な音を立てながら傾き始めた。

 やがて、大きな椅子の形へと変形を終えると、ユズリハはゆっくりと瞼を開いた。


「さて、どうですか? 気分のほどは」


 まず目に入ったのは、研究員の男の姿だった。

 白衣を身に着け、こちらの顔を覗き込んでいる。


「……良くないって言ったら、帰してくれるんですか?」


 まだ眩しさが残っているのか、それとも意識的になのか、険しい目つきを投げかけながら、ユズリハが低く呟く。


「検証が無事終了すれば自由になれますよ」


 研究員があっさりと答える。

 滑稽にも思える光景に、スーツの男が耐え切れずに噴き出した。ゲラゲラと響く笑い声を気にもせず、研究員はそそくさと部屋の隅に向かい、底に置かれた薬品棚をゴソゴソと漁り始める。


 感情の乗っていない、定型句をただ読み上げただけのような言葉。

 なんとなく嫌な予感が、ユズリハの背筋を撫でる。

 ――きっと、帰れないんだろうな。


 何度目かの絶望が再び心を覆いかけたそのとき。

 暗く染まりつつあった思考の中で、小さな疑問が湧き上がった。

 ――いったいどうして自分は、だけなのだろう。


(そうだ。私は……自分の力で助かろうとしていない――)


 彼は来ないかもしれない。けれど、それがなんだ。 

 ユズリハの瞳の奥に、じわっと決意の熱が灯った。


「ようやく見つけましたよ、やれやれ……」


 悪態を吐きながら、研究員の男がユズリハの前に再び立つ。

 右手には液体の入った小瓶。左手にはそれを吸い出したばかりの注射器を携えている。


「なんですか、それ……?」


「ああ、この薬品はですね、端的に言えば、強制的に揺らぎを観測するためのものです。人間の脳に作用して、怪異との繋がりの糸に揺らぎを発生させる素晴らしい薬品なのですよ」


 早口で言い終わると、研究員は得意げに何度か頷いた。


「ただ、素晴らしい反面、副作用もありましてね。ええ、まあ、あなたが気にすることではありませんよ」


 デメリットを隠そうとする意識が、男の舌をさらに加速させる。

 しかし、耳に届いた副作用という単語に、ユズリハの表情がわずかに曇った。

 間近に迫る嫌な予感に、けれど極めて冷静な態度を保ったまま、彼女が口を開く。


「……わかりました。大丈夫、何も気にしませんから……どうか好きなようにしてください。私の体で世界を良くできるのなら、それほど嬉しいことはありません」


 今までの反抗心はどこへやら。彼女は陰りのある表情を浮かべると、まるですべてを諦めたかのように、投げやりに言った。


「おお……!! ようやく、ようやく理解してくださいましたか!!! 我々の研究がどのような未来を作り出すのかを!!!」


 彼女の言葉を聞いた途端、男は口を弧に描くと、興奮したように声を荒げた。

 ユズリハを見る目はキラキラと輝いており、まるで憧れの人を目の前にした子供のそれだった。

 そんな態度にやや気圧されつつも、ユズリハは決して表情を崩さないまま、小刻みに頷いてみせる。

 男はさらに表情を明るくすると、


「では、では、あなたはもう同志ッ! 同志ですよッ!!」


 息を荒くしたかと思えば、両手に抱えていた注射器と薬品をすぐ近くに置くと、空っぽになった彼の手が突然ユズリハの首元に伸びた。

 即時に湧き上がった恐怖心が身体を一瞬硬直させ、ユズリハは無意識に両目をきゅっと瞑る。

 が、聞こえてくるのはカチャカチャという金属の音。それからすぐ、首から圧迫感が徐々に消えていくのを感じ、恐る恐る瞼を開ける。

 男はちょうど彼女の首に巻き付けられていた固定具を外し終えたところで、今度は腕を拘束するベルトを慣れた手つきで外し始めた。


「おいおいおい先生よぉ! あんた急に何やってンだ!? 気でも狂ったのかよ!!」


 あまりにも突拍子のない行動に、スーツの男がついつい声を荒げる。

 しかし研究員が手を緩めることはない。腕の拘束が外され、今度は足に彼の手が伸びた。

 聞く耳の持たない様子に、スーツの男から舌打ちが漏れる。

 苛立ちを隠しきれずに眉間に皺を寄せながら、男はもう一度研究員に声をかけた。


「そいつは被検体、単なるモルモットだぜ? 勝手な判断で甘やかされちゃ迷惑なンだよ。なあ……聞いてンのか?」


 半ば呆れ気味の口ぶり。

 その言葉の中の何かが気に障ったのか、研究員はピタリと手を止めると、首だけを勢いよくスーツの男に向ける。


「あなたこそ、何を考えているのです……!? 彼女は同志、我々の計画に協力する仲間なのです! このように拘束するなど、ましてモルモット呼ばわりなど、失礼極まりないでしょう!!!」


 男の目は激しく血走っていた。

 それが燃え滾る使命感ゆえか、それとも同志という存在を発見できた喜びゆえか、ユズリハにはわからない。

 ただ台座の側から見る男の横顔が酷く不気味に思えて、一刻も早く拘束を解いてほしい気持ちに駆られた。


「あー! わかったわかった! いいぜ、あんたの好きにしたら!! 俺ぁもう口出ししねーよ! その代わり、何かあったときの責任は全部あんたに被ってもらうからな!!」


 まるで不貞腐れた子供のような口ぶりでそう吐き捨て、男はわざと荒れた足取りで出入り口の近くに向かう。

 ユズリハや研究員には聞き取れないほどの声量で何やらぶつぶつと不満を漏らしながら、その場で腕を組んで扉のそばに控えるように立った。


「まったく、これだから学の浅い人は……」


 困ったようにそう言うと、研究員はユズリハの方に視線を戻しながら、


「さて、ではでは、お待たせしました」


 男はにこやかな笑みを浮かべ、足を固定しているベルトをするりと外す。

 手錠こそ残っているものの、長いこと体を縛っていた拘束が全てなくなり、なんとなく開放感を感じた。


「数々の無礼、お許しください。あのような殺風景な部屋に押し込まれてお辛かったでしょう? ご安心ください、実験が終わればすぐに最高級の寝室へ案内させますからねぇ……ああ、でも手錠は外せませんが、ふふふ」


 独り言じみた言葉を漏らしながら、研究員は先ほど脇に置いた薬品と注射器を手に取るため、ユズリハに背を向ける。

 ――狙っていた機会が、期せずして彼女のもとへ訪れた瞬間だった。


 反射的に手を振り上げた。

 素早く両手を引いて、鎖の部分を器用に喉元にひっかけると、そのまま自らの方に思い切り引き寄せた。


「グッ……!」


 息を詰まらせたような呻き声を気にすることなく、今度は両腕を交差させて輪っかを作ると、中の首を締め付けるようにして鎖を引っ張った。

 喉がさらに強く圧迫され、悶える男の顔がみるみる紅潮していく。


「お前、何をっ……!?」


 あまりにも一瞬の出来事に、スーツの男は一瞬体を硬直させるも、すぐに懐からピストルを抜き取り、銃口をユズリハに向けた。


「動かないでください」


 荒々しく呼吸を続ける研究員を盾にしながら、ユズリハが言う。


「少しでも動けば……この人を


 言って、重い言葉だと思った。

 冷たい宣告に、男は引き金に指をかけたまま、その動きをピタリと止めた。

 少し指を引くだけ。ただそれだけのことが、彼にはできない。

 彼女から漂うやけに鋭い殺気に、男はゴクリと息を呑んだ。


 スーツの男を睨みながら、ユズリハの頭にふとよぎる――これは、正しい行いと呼べるのだろうか。

 少なくとも、自分はそうは思わない。一般的に考えれば、この行動は絶対に間違っている。

 ……ならば、彼らに従うことが正しいことなのだろうか。

 自分の命を犠牲にしてでも、彼らの理想に協力することが、本当に正しいことなのか?

 ……いや、それも違う。うまく説明できないが、違う気がする。

 きっと、正解などない――だが、今取るべき行動は、ユズリハの中に浮かんでいた。


「な、ぜ、ですが……ッ」


 不意に、研究員の男が、絞り出すように声を発した。


「わ、われ、われ……は……同志、ではッ……ないの、で、すか!?」


「はい、残念ながら。あなたたちの目的も理想も、ぜんっぜん理解できません」


 悲し気に声を詰まらせる男の様子に少しだけ胸が痛む。けれどそんな態度を決して表に出さないまま、ユズリハは冷ややかな声音で告げた。


「……さあ、この人を殺されたくなければ、私をここから出してください」


「はっ、言うこと聞くと思ってンのかよ?」


「……本気ですよ」


「どうかな。お前にゃ人は殺せねーよ。そうやって殺気立ったところで、何の脅しにもならねーんだ」


 途端、銃撃が部屋に響いた。


「え――?」


 腕が一瞬軽くなって、それから急激に重くなった。

 眉間に穴を開けた研究員の男が、ゆっくりと仰向けに倒れ込む。首に巻き付けた鎖に引っ張られ、ユズリハもぐらりと体勢を崩し、その場に尻もちをついた。


「はは……ああ、最初からこうしてりゃよかったンだ」


 銃口から煙を漂わせながら、男は乾いた笑みを漏らす。


「馬鹿な真似しやがってよぉ……お前のせいだからな? そいつが死ンだのは」


 男はもう動かなくなった研究員を指さすと、再び銃口を絞った。


「やっぱ隊長の言う通りだ。怪異を操る人間なンかいらねぇんだよ。俺らがいれば、全部どうにかなるってンだ」


「や、やめてっ……」


 そう言いながら手錠の鎖を必死に引っ張るも、それは死体の首に巻き付いたまま、うまく外れてくれない。

 慌てふためく相手の恐怖を楽しむように、男がにやりと口角を吊り上げる。

 彼の指が引き金を引ききろうかというその瞬間――


 鉄製の扉に、一本の太刀筋が走った。


 男が振り替える間もなく、扉は次々に裁断されていく。

 なんとなく覚えのある光景。やがて扉は激しい音を立てながら崩れていき、出入り口に激しい粉塵を舞わせた。

 立ち込める煙の奥に、ゆらりと人影が蠢く。

 ああ、ようやく来てくれたのか――そう思ったのも束の間、奥から姿を現したのは――

 スーツに身を包んだ、長髪の女。


「え、えっと……?」


 突然現れたどこかの誰かに戸惑っていると、


「おっと、邪魔邪魔。」


 そのさらに奥から、聞き慣れた声が耳に届いた。

 スーツの女を押しのけるようにして、が姿を見せる。

 白髪の髪はまたも赤く濡れていて、服もすっかり汚れてしまって、それでも彼は間違いなくそこに立っていた。


「っ、お前、白浪――!」


 咄嗟に振り返るも、男が銃を構えるよりも先に、彼が刀を軽く袈裟に振るう。

 その一瞬が――瞬く間の刹那が、男には永遠に感じられた。

 痛みすら感じる暇もなく、命の呆気なさだけを痛感しながら、男はうつ伏せに倒れた。


 刀についた血と脂を拭いながら、彼がふう、と一息つく。


「やあやあお待たせ。いや、ほんとにお待たせしました」


「……来てくれるって、信じてました。カノンさん」


 思わず溢れそうになった涙を、ユズリハは無理やり我慢した。

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