第2話




 その日は早く目が覚めたので、長安宮の北にある広大な水場に行った。

 ここは狩りが出来るほど広大で、大きな池が点在し、その周囲には緑もある。

 ゆっくり散策するだけでも気分転換になる場所だ。


 水辺を歩きながら、郭嘉かくかは目の前の美しい景色を堪能しつつも脳のどこかは遠い江陵こうりょうに想いを馳せていて、長江で曹魏が敗退した後は江陵の人々の暮らしぶりはどんな風だろうだとか、見たことのない長江の風景はどうだろうかとか、好きに想いを馳せていた。


 水のほとりをゆっくり歩いていたが、やがて日が昇り水面が太陽に眩しく輝き始めると、

宮城の方へ戻って来る。

 来る時は空だった庭に建てられた優雅な四阿しあに、人影が見えた。


「殿」


 郭嘉は笑いながらそちらへ歩いて行った。

 言わずとも、淹れたての茶が優しい香りを放っている。

 自分の部屋のように優雅に寛いでいる曹操に、一礼してから、対面に座って茶を頂く。


「いい香りですね」

「うん。飲んだ翌日に良い」

「いただきます」

「ああ」


 郭嘉はゆっくりと茶を堪能しつつ、椅子に両足を上げて伸ばし、気持ちよさそうに寝そべった。

 この仕草は少年時代から全く変わらない。

 曹操の前で寝そべるなとよく夏侯惇かこうとんに叩き起こされていたのに、結局これも直らないままの癖になった。


 ここはよく陽が当たるので、冬でも午前中は温かい。

 水鳥の鳴き声がする。


「随分長く水場を歩いていたが。心はすっかり江陵に飛んでいたようだな」


 曹操が言ったので、郭嘉は声を出して笑った。

「私は長江を見るのは初めてなので。孫呉が誇る母なる大河……」

 郭嘉の呟きに、曹操は想いを馳せた。

 あの大河を境に、大陸の風景も気候も、大きく変わると誰もが言う。


「おかしいですよね」


 くす、と郭嘉が笑んだ。

「大河は北南に大陸を分け隔つ。ただそれだけのこと。

 それなのに何故孫呉の民のように、曹魏の民はあれを母なる大河と呼ばないのでしょうか。つまるところ、私たちだって大河のほとりに生きる民だというのに」


 曹操はゆっくりと腕を組んだ。


「……寿春じゅしゅんには長い間袁術えんじゅつがいたからな。あんな凡愚でも我々の南進を阻む一大勢力だった。あれぞ大陸北部の人間が長江に親しみを感じない元凶だ」


「孫策が独立後、江東平定こうとうへいていに狙いを定めたのも、父の代からの縁の深い土地というのもあるでしょうが、袁家を避けての必然に従ってのこと。

 ――江陵ですが。

 あの地は天秤の要のような場所です。

 江陵だけ制しても意味がない。三国が触手を伸ばしやすい要地ですから、仕掛ける時は江陵から先に狙いを定めなければ。

 蜀なら、定軍山。呉なら合肥がっぴの駐留軍との連携が欠かせない。

 新野あたりに、それとなく魏の拠点を作っておくべきかもしれません。

 涼州でも涼州騎馬隊の動きを、やはり【定軍山ていぐんざん】は把握しきれていませんでしたし、奴らが南下した時も伝令が追い付かず防衛線を突破された。

 蜀には涼州騎馬隊が加わりました。あの速さに追いつく為には、まだ要所を繋ぐ拠点が足りません。

 まだ速さが足りない。

 今回江陵へ向かう道すがら、襄陽のあたりも見て来ます。

 まったく、本当ならばあの時徐庶が余計なことをしなければあのあたりにもう魏軍の砦が立っていましたよ」


 徐庶が瓦解させた【八門金鎖はちもんきんさ】の陣を言っているのだろう。

 あれは当時、新野しんやに新しく魏の拠点を建てる為に派遣された手勢だった。

 確かに徐庶があの時新野に現われなければ、すでに魏の拠点がもう一つ増え、江陵視察なども格段に容易くなっていたはずだ。


 徐庶は新野に展開していた魏軍を潰走させた。

 以後、あの地は常に三国の影響を受ける不安定な場所になったのだ。


 大陸には、時機を逸すると手が出せなくなる土地というものがある。

 

 遼東りょうとうもそうだったのだ。

 だから一番最初に郭嘉はそこを潰した。

 自分が病などに倒れていなければ、例え一度【八門金鎖】の陣が潰走させられたからといって動揺などせず、再び取りに行った。

 徐庶の意図は曹魏への闘争心ではなかったのだから、二度目に向かえば、必ず新野の主導権は獲れたはずである。


 郭嘉は今度江陵に伴う、副官の一人の顔を思い浮かべた。


 徐庶には魏軍の首脳に逆らって生きようという気概は全く無い。

 だからあの男は、自分たちの敵にすらならないほどの小物なのだ。

 気にする必要などないのに、どうも過ぎ去った過去の一瞬にあの男がばら撒いた火種が時折こうしてまだ燻っていたりする。

 徐庶が涼州騎馬隊を逃がした時、賈詡が珍しく激怒していたが、あの男も先を見通すのが好きな性分だから、未来に対してさしたる大望も持たない徐庶に、気まぐれに火種を残されるのが余程気に食わなかったのだろう。

 まあ、気持ちは分かる。

 徐庶は魏軍に対して火種をばら撒いても、

 結局のところその火消しに回されるのは徐庶以外の人間だからだ。


 しかし徐庶の言い分としては別に来たくて来たわけでは無いのだから、そんなこと知ったことではないのも確かではあるのだが。


 徐庶を魏に呼んだのは曹操なのだ。

 その事実がある以上、郭嘉は徐庶を何かに強く役立てたいとも考えている。

 他の人間が呼んだのなら世話を押し付けて、構いもしなかったが、

 曹操ならば話は別だ。


「うん?」


 そこで水場に来ている野鳥を観察して描いている曹操の方を眺めていると、気づいた曹操が視線を上げて来る。

 郭嘉は身を起こした。


「殿は、以前は風景は描いていらっしゃいましたが、動物はあまり描かなかった」


 そこに置かれていた絵を一枚「失礼」と言って手を伸ばし見せてもらった。

 岩の上で甲羅干ししている亀が描かれている。


「そうだな。俺自身はあまり動物を描くのは好かんが、嬬香じゅかが最近絵を描き始めた。下手なので手直しなどしてやってるうちに、少し描くようになったのだ。こんな絵でもあやつには素晴らしい絵に見えるようで、こういう絵を描くと天才だ天才だと惜しげもなく誉めてくれる」


 郭嘉は声を出して笑った。


 嬬香じゅかは曹操の五番目の妻が生んだ娘の、更にその娘。つまり曹操の孫娘だ。

 確か一人、動物や虫がやたら好きで、庭を活発に駆け回っている少女がいると長安に戻ってから聞いた。まだ四、五歳の幼子だったはずだ。


「そうですか。いや、お上手ですよ。貴方は元々絵も上手い。動物に特別な思い入れを持たない方でしたから描いていませんでしたが、これには少なからず愛情を感じます」


「からかうな」


 野鳥の羽に墨で濃淡を付けながら、曹操が笑っている。

 曹操は自分のやったことにあまり拘るなと郭嘉に告げた。

 あれは忠告だったと思う。

 確かに郭嘉にとって曹操は特別な存在なので、彼の考えや行動には影響を受ける。

 徐庶を何とかして使い込んでやりたいと思うのも、余計な拘りなのかもしれない。


 しかし郭嘉は一度死にかけたので、

 拾ったような二度目の生を生きている気分になっている。

 以前好きだったものはまだ変わらず好きだし、

 逆に以前興味を示さなかったが、新たに興味を持つようになったものもある。

 そういう今の自分が、郭嘉は好きだった。

 生き永らえたからといって、生きていることだけを有難がるような人間に成り下がっていたら本気で隠遁しようと思っていたくらいだったので、涼州で自分の命を投げ出して敵と戦ったことで、自分の根幹が揺らいでいないことは実感出来た。


 拘りを捨てて全く別のようになりたいとは思わない。

 曹操に貰った剣に拘ったことで、曹操自身にも忠告はされたけれど、

 郭嘉は自分が間違ったことをしたとは思っていないのだ。

 敵の姿もはっきり見えていなかった。

 何をして来るかも分かっていなかった。

 確かにどんな敵が何を仕掛けてこようと、迎え撃ってやると思っていても、具体的な何かが分かっていたわけではない。

 

 そういう中で一つだけ自分の中ではっきりしたものとしてあったのが、

 あの剣で殺してやりたいということだったのだ。

 願望は願望だ。

 実際には郭嘉はもっと臨機応変にやる。


 涼州に行き、郭嘉は長い離脱を自分がものともしていないという確信が持てた。


 だから自分の執着や拘りを恐れ否定しないでいいことも自ずと分かったのだ。

 自分の運命を縛り付ける束縛も、天命とは紙一重だ。

 万事上手く行くことなどないことだけが確かであり、

 病に取り憑かれて身動きが取れなくなることも、

 そこから快癒したからこそ、もう二度と魏の為に戦う天命から解き放たれたいとは願わない。


 悪しき運命も良き運命も全て受け入れるのだ。


 董卓とうたくの時代から生き残って来た者たちは、みんなそうして二つの運命に襲われながら生き残って来た。


 郭嘉は運良く、早くに曹操の目に留まった。

 太陽のような覇気に守られ、良き運命の腕の中に長らく包み込まれていたのだ。

 病を得た時に初めて隙が出て、暗殺者の放った毒に苦しめられた。

 あれは悪しき運命で、郭嘉はそれを乗り越えた。


 ようやく自分の足で歩み出したのだ。


(これからはどんな運命も受け入れる。

 だから自分自身を何よりも信じるよ。

 自分が何かを強く信じて、その確信に負けることがあるなら、

 その時こそ、私が本当に死ぬことになる)


 もう死を恐れることはない。

 死に抗い続けるのが自分の人生だ。

 大切な者たちも死から守りながら。


「可愛らしい孫娘と戯れる曹操殿には非常に言いにくいお願いがあります」


 曹操が描いた動物の絵を見ていた郭嘉が切り出した。

 筆を置き、茶を飲んでから、腕を組んで曹操がこちらを見る。


「なんだ?」


「曹操殿の私邸の一つをお借りしたいのですが」


「いいぞ。どこが欲しい」

 曹操は悩みもせず、そう言って来た。

 郭嘉は曹操のこういう豪気な所が昔から好きだった。

 曹操は大局を読むのも上手いが、実は案外人に賭けて来る所がある。

 つまりどんなことにせよ、誰がそれをやるかを見ている。

 郭嘉に絶対の信頼を置いてくれているので、郭嘉のやることを絶対咎めたり疑ったりはしない。その結果、何かとんでもない災難を得ても、曹操はもはやそれについては悔いたりはしないのだ。


 悪しき運命も良き運命も受け入れる。


 これぞ乱世を生き抜いて来た本当の人間の豪胆だ。


「都から離れた所であればいいとは思いますが、特に望みはありません。

 出来れば山の側がいい。それくらいでしょうか」


「何に使う?」


 郭嘉は絵を卓に戻して、頬杖をついた。

「まだ漠然としていますが……何か、未来に役立つ私兵を育てたいのです。

 その私邸で彼らを鍛えて、各地に送り込みたい」


 郭嘉は今まで自分の諜報部隊を持っていなかった。

 公の、という意味であり、郭嘉は子供の頃からどこにでも潜り込んでいたから、そういう人脈を使って情報収集や諜報活動を行っていた。もっと人手が必要な時は曹操から借り受けていたのである。

 

洛水らくすいの北方【諒秋山りょうしゅうざん】の麓に知人から贈られた私邸がある。

 身寄りのない男でな。自分に何かあったあとの管理を頼むと願われて。

 数年前に死んだあと、手つかずになっている。

 誰も気にも留めていない山間の私邸だ。お前にやろう」


 この時は郭嘉は一度立ち上がり、深く曹操に一礼をした。


「ありがとうございます」


「いや。お前もこれからは少し手勢は抱えた方が良い。今まで使っていた俺の私兵も、元譲げんじょう妙才みょうさい公達こうたつの許に組み込んでる段階だ。お前が見て気に入った者がいたら、連れ出して良い」


 もう一度椅子に座り直す。


「――暗殺というのは。

 例え殺せなくとも、そういう可能性が明確に存在するというだけで、一定の影響を与えることが出来るものです。

 私自身が一番それを実感した今、一度仕掛けてみたい」


「お前が暗殺を試みるのは初めてだな」


「子供でしたからね。派手に戦場に遣り合うのが好きだった。

 でも今はもっと様々な手を試してみたいという気分になっていますから。

 面白いのですよ。例えば誰かを暗殺するために送り込んだ者が、その者を討ち取ってくればもちろん一番の成果ですが……そうならなくても色々影響は与えられる」


 自分が五年もの間暗殺者に苦しめられたとは思えられない表情で、郭嘉は笑んだ。


「例え失敗に終わっても、敵に精神的な苦しみは与えられるし、これを防ぐ動きを読むことで、敵の弱点などが見えて来ることもある」


「一石を投じるわけか」

「まさにそうです。江陵などは今は呉蜀が睨み合っていますので、魏は大局を見て動くべきですが、その間もこちらから仕掛けないのは何とも勿体ない」


「お前の狙いは」


 郭嘉の鶸色ひわいろの瞳が、一瞬猛禽の色を孕んだ。


「まずは劉備りゅうび。殿があの男を評価しているのは理解していますが、

 一度容赦なくやってみたい。

 次はくだんの軍師【臥龍がりゅう】です。

 賈詡かく成都せいとに調査に入っていますから、どういう情報を持ち帰るかですね。

 あの男は周公瑾しゅうこうきんも危険視していたようですし……。

 賈詡の話を聞いて、後に祟りそうだったらこれを狙ってみるのも面白そうだ。

 劉備が死ねば、蜀など必ず瓦解します。孫家とは違う。

 殿はあの男に敬意を持って、仕掛けようと思えば仕掛けられた暗殺を仕掛けませんでしたが、私は一度掛けてみたいのです」


「俺と遣り合ってどこまで行くか、興味があったからな。

 だが蜀の主となった今はさほど関心はない。

 蜀の王となれば蜀の為にしか生きれん。

 それは本来、漢王室の復興を掲げて生きて来たあの男との理想とはかけ離れている。

 奴が一番手強かったのは間違いなく放浪してた時だ。

 得体の知れなさがあった。

 今はそれがない。

 漢王室の忠臣にして、蜀の王。

 それ以上も以下もなくなった。全く先が見えてつまらぬ。

 だから俺に遠慮など無用だ。好きにやるといい」


「そうですか。それを聞いて安堵しました。蜀の護衛も豪傑揃いですからね。

 こちらも鍛え甲斐がある」


「当てはあるのか?」


「幾らかは。何にせよ、こちらは急ぎませんので、腰を据えてやります」

「腰を据えてやるか。大人になったな郭嘉」

 郭嘉が吹き出した。

「確かに。自分でも今、そう思いました。

 江陵に行ったら長江沿いをゆっくり見て来ますけど、殿はこの前合肥にお忍びで行ったんですよね」

「ああ。妙才みょうさいが驚いていた」

「私も合肥がっぴに行く予定なので、また来てくださいよ。殿と長江を眺めてゆっくり話したい」

 郭嘉は子供の頃から放浪癖があったが、長江は見たことが無いのだ。

 あのまま死んでいたら、こいつは長江を見ないまま死ぬことになったのだなと思うと、江陵行きを控えた郭嘉の目がこうも輝いている理由が何となく分かる気がして来る。


「考えておく。元譲げんじょうの撒き方をな」


「確かに元譲殿は暗殺するにも苦労する相手ですね。

 あの人は何事にものめり込むということをしない。

 酒も女もやりますが、それじゃ喰いきれない。

 時々感心しますよ。

 案外単純な物理的な罠の方が有効なのかもしれないな。落とし穴とか」


 落とし穴にはまって出れなくなっている夏侯惇を想像したのか、曹操が笑っていると。


「噂をすれば。お越しですよ」

 郭嘉がそこにあった新しい椀に茶を淹れる。


「朝から悪巧みか。お前ら。随分楽しそうだな。全く幾つになっても悪餓鬼が治らん」


「おはようございます、元譲殿。人聞き悪いなあ。優雅に水鳥を眺めていただけですよ。

 こういう暮らしは都にいる醍醐味だ」


 友に「よう」と挨拶しようとした曹操は、そこに立った夏侯惇の出で立ちに目を瞬かせている。それは郭嘉も同じだったようだ。


 夏侯惇が腰に豪奢な剣を差していたのだ。


 この男は武芸に関しては天賦の才があったので、あまり獲物に拘らない。

 手に馴染むかどうかだとか言って、曹操も名刀を手に入れるたびに見せてやってるのだが、俺はまだ新しい剣はいらんなどと言って受け取らなかった。


 曹操が帝を擁するようになった時に、その側近の夏侯惇が武骨な風体では格好が付かないと、一本だけ名のある剣を選べと持たせたことがある。

 洛陽宮の宝物殿で埃を被っていた宝剣の中から、夏侯惇かこうとんが吟味した結果、「これを貰う」と掴み取った一振りだった。

 以後ずっとこの男の愛刀となったが、宝剣と言われるだけあって凝った意匠の鞘をしているため普段使いに向いてないと、戦場にしか持って行かない剣だったのだ。


 それ以外の時は今まで使っていた使いやすい剣を帯剣している。


 夏侯惇がこの【四海竜王しかいりゅうおう】という大仰な名前で呼ばれる剣を持って現れたのは久方ぶりのことだった。

 ここへ来る道を守っている護衛が先ほどからチラチラと何か騒ぐ顔でやたらこちらを向いて来るのは「夏侯惇があの剣を持って現われるのは本当に誰かを斬る時」ということが分かってるからなのだろう。

 

 最近は城で留守番ばかりさせて、碁や酒の相手しかさせていなかったので、思わず曹操も今日の出で立ちには心が浮かれた。

 この男は本当に黙って帯剣していれば、絵になる男なのだ。


 郭嘉が明るい笑い声を出した。

 この辺りが、普通でないところである。


「どうしたんですか。夏侯惇将軍。立派な出で立ちをされて。

 ここに貴方の敵は一人もいませんが」


「おう。今もここに来る時、会う連中会う連中が久しぶりに山から下りて来た熊を見たみたいな顔をして来おったわ」


「やはりお前はきちんと身なりをそうして整えば見事な偉丈夫よな。

 いいぞ元譲げんじょう。たまにはそうやって真面目に身を整えて俺の側に立て」


「俺はいつも真面目だ」


「確かに武装して現われる貴方は身を整えて出て来た人間というよりは冬眠から覚めた熊という方が表現が近い。言い得て妙ですね。茶を淹れましたよ。将軍もどうぞ」


 郭嘉が椅子を勧めたが、夏侯惇は「いや、今はいい」と綺麗に断った。


「茶は後だ。孟徳もうとく。お前のその剣、この小僧に貸せ」


 こちらも非常に有名な名刀だが、無遠慮に夏侯惇が言うと曹操はこの面白い成り行きを見守ることにしたらしく「別に構わんが……」と笑いながら側に立てかけてあった剣を卓の上に置いた。

 

「なーんか嫌な予感がするなあ」


 首を傾げた郭嘉を、顔を背けるようにして隻眼で見遣った夏侯惇はニッ、と笑う。


「さすがに勘がいいな郭嘉。

 来い。江陵に行くまでお前の鈍った剣を俺が叩き直してやる」


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