第4話夜明け前の約束。

夜の終わりが近づいていた。

空の端が、ほんの少しだけ白んでいる。

りなは、ベランダに出て風を感じていた。

その手には、学校の退学届。

記入欄にペン先を当てたまま、動けずにいる。


(もう、疲れたな……)

昼の光の中で笑うことに、

少しずつ限界を感じていた。


けれど、

頭の中に、あの夜の声が響く。

「目を閉じたら、夜が見える」

星の言葉。

優しい声。

まるで夜そのものが語りかけてくるようだった。




夜学の帰り道。

星はふと足を止めた。

胸騒ぎのようなものがして、

ポケットの中のスマホを取り出す。


画面に“りな”の名前。

未送信のメッセージが残っている。


「星くん、ごめん。

明日、学校やめる。」


星の足が勝手に動いた。

どこをどう走ったのか覚えていない。

ただ、夜風が頬を切るように冷たかった。


りなのマンションの前。

階段を駆け上がると、

ベランダに小さな灯りが見えた。


星は息を切らしながらドアを叩いた。

「りな!」

返事はない。

もう一度。

「りな、開けて!」


しばらくして、

静かな足音とともにドアが開いた。


りなが立っていた。

目の下にうっすらとクマがある。

でも、その瞳は、まだ光を持っていた。


「……どうして、来たの?」

「やめるって、聞いたから」

「どうして止めるの? 昼なんて、私には眩しすぎるよ」


星は少し息を整えて、

ゆっくり言葉を選んだ。


「昼が眩しいのは、

 まだ君の目が、夜に慣れてるからだよ。」


りなが涙をこらえるように唇を噛んだ。

「でも、私は……」

星がその手を取る。

「逃げてもいい。けど、消えるのは違う。」


夜風が吹く。

カーテンがゆらりと揺れて、

外の空がほんの少しだけ白んできた。


りなが、小さな声で呟いた。 

「ねぇ、星。……私、どうしたらいい?」


星は迷わず答えた。

「一緒に、朝を見よう。」


---


ふたりで外に出た。

まだ人の少ない早朝の道。

街の光が消えていく。

東の空に、淡いオレンジが差し始めていた。


りなが手を伸ばして、小さく笑う。

「夜が……明けるね。」

星は頷いた。


「うん。やっとだ。」


その瞬間、

星はりなの手を握ったまま、

ポケットから小さな箱を取り出した。

中には、銀色の指輪。

安物かもしれない。

でも、星にとっては、

働いた夜のひとつひとつを集めた“願い”だった。


「りな。

 昼でも夜でも、

 どんな時間でもいい。

 俺と、生きてほしい。」

りなの目から、涙がこぼれた。

そして、笑った。


「……うん。

夜が明けても、

「あなたといたい。」


---

朝日が昇る。

街が金色に染まり、

二人の影がひとつに重なった。


もう、“夜にいる理由”も、

“昼にいなきゃいけない理由”も、

何もいらなかった。


---



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る