第3話 夜風のカフェ

夜の街は、昼とは違う匂いがする。

アスファルトが冷えて、コーヒーとタバコの香りがどこからともなく漂ってくる。

星は、バイト帰りの足を止めた。

コンビニの前、街灯の下に、また――彼女がいた。


りな。

昼間に見かけた、あの子だ。


彼女はエナドリを片手に、街灯の光の中でスマホを見ていた。

その表情は、少し疲れているように見える。

けれど、その疲れの奥にある静けさが、なぜか星には懐かしかった。


「……こんばんは」

星が声をかけた。

 

りなは驚いたように顔を上げて、少しだけ笑った。

「また会ったね」

「うん。偶然だね」


「夜学の人、でしょ?」

「そう。夜しか時間ないから」

「そっか。昼間、働いてるの?」

「うん。パン工場で」

「パン?」

「朝の匂いするよ」


りなが少し笑う。

その笑顔は、昼の明るさとは違って、

どこかやわらかく、夜に似合っていた。



二人はそのまま、近くのカフェに入った。

夜でも開いている、小さな店。

外から見ると、ガラス越しにオレンジ色の灯りが漏れている。


テーブルに向かい合って座ると、

りながメニューをめくりながら、ふと呟いた。


「夜のカフェって、落ち着くね」 

「静かで、いいよね」

「昼は人が多すぎて、息詰まる感じする」

「夜は……人が少なすぎて、少し寂しいけど」


りなが顔を上げた。

「じゃあ、真ん中がいいね」

「真ん中?」

「昼でも夜でもない時間。夕方とか、夜明けとか」


星はその言葉に、少しだけ胸が動いた。

「……たしかに。そういう時間、好きかも」


りながホットミルクを飲みながら、ぼんやりと窓の外を見た。

街灯の下を、自転車がすべっていく。

外は冷たいけれど、店の中はぬくもりがあった。


「ねえ、星くんはさ」

「うん」

「どうして夜に学校行くの?」


星は少し考えてから答えた。

「昼に、生きる場所がなかったから」


その一言に、りなが息をのむ。

星は視線をテーブルに落としたまま、

それ以上は言わなかった。


沈黙。

でも、重くはない。

どこか優しい沈黙だった。



カフェを出ると、夜風が頬に触れた。

空気が少し冷たくて、二人とも同時に息を吐いた。

「寒いね」

「そうだね。でもすこし気持ちい。」



りなが笑う。

星も、ほんの少しだけ笑った。


その笑顔を見て、りなは思った。

この人の“静けさ”の奥には、

ちゃんと、温かいものがある。


夜の街を歩く二人の影が、並んで伸びていく。

りなは、自分の心がゆっくりと夜に馴染んでいくのを感じていた。




(つづく)


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