第15話 舞、怒り狂う
「病院へ行かないでいい?」
と、舞は隼人を気遣った。
「大丈夫だ」
と、隼人は言ったが、腕の調子が悪いのだろう顔色が悪かった。
[第14話から続く]
舞は新スターエージェンシーの事務所へ戻ってから、青木茜に電話をかけた。
事情を話すと、すぐに六舎組本社葵エンタープライズへ来るように、と舞は言われた。隼人も連れて来いと言う。
舞と隼人が行くと、広い六舎組会議室の大テーブルの椅子に9人の老若男女が座っていた。
六舎凜が老人の方から1人1人、紹介する。
調査部部長の青木豪太、
隣に営業部部長の八角哲也、
その隣にAI担当部長の田中大介、
隣にナイトクラブ〈kay〉社長の三浦昌也、
隣に実働部隊とも言える工務部部長の鎌田慎太。
旧六舎組の大幹部たちである。
それから若い人に移り、統括本部長の八角太郎。
その隣にAI技術専門の田中勝、田中大介の息子である。
隣に、いつもは六舎凛の車の運転手をしている工務部副部長の鎌田良太、こちらは鎌田慎太の息子。
その横の椅子に調査部副部長の聖山学院大学2年、青木茜、青木豪太の娘。
それぞれ葵エンタープライズの次世代を担う若手たちである。
舞は居並んだ顔ぶれに恐れを抱いた。
顔を知っているのは六舎凜と青木茜と八角太郎と、いつかのバー〈魁〉にいた鎌田慎太と、あの日安藤興行に殴り込みをかけた日のことだが、あとから青木茜とやって来たAI担当の田中勝の5人だけだった。
あとの5人の老人たちの顔は分からないが、六舎組の主要メンバーが顔を揃えていたのは分かる。
もう新スターエージェンシーの問題は青木茜の手を離れ、もとより舞の問題でもなく、六舎組の問題にまで大きくなっていたようだった。
「そこのボク、名前は何て言うの?」
と、六舎凜が隼人を見てたずねた。
「桐生隼人だ。オレをボクと呼ぶのはやめてくれ」
隼人が恐れも知らずに六舎組組長の六舎凜に文句を付けた。
皆が隼人の威勢のいい返事を笑ったので、
「何で、笑うんだ」
と、皆にも文句を付けた。
「悪かった。桐生クンね。腕が悪そうだけれど、診てもらいなさい」
六舎凜が茜に頷くと、茜は携帯を出して、
「六徳会病院へ行けそうな人がいたら、こっちへ回して」
と、六舎組の経営する医療法人への手配をした。
「いやだ。病院へ行くとしても、カナのことが決まってからだ」
隼人が六舎凜の命令をハッキリ拒否したので、また皆が呆気に取られた。
「舞、あなたと同じ分からず屋ね。どうしてこんな人ばかり集まってくるの?」
凜が舞の顔を見て、呆れたように呟いた。
「組長、類は友を呼ぶ、でっせ」
青木茜の父親、調査部部長の青木豪太が笑いながら言って、
「舞、お前が連れて行け」
と、舞の顔を見た。
舞は殊勝にも下に向けていた顔を上げて、
「私もカナちゃんと瞳さんのことが決まってから、隼人を病院へ連れて行きます」
と、舞もハッキリ思っていることを言った。
「やれやれ」
青木豪太が息を吐いて、
「本堂が手を焼くのがよくわかる。わしも茜のことで散々手を焼き続けたからのう」
と言うと八角太郎が笑い、青木茜が俯いた。
今までの茜ならすぐに父親に文句を付けたが、近頃は大人になって口を慎んでいる。
「それでは太郎兄さん、お願いします」
と、凜は議事の進行を八角太郎に任せた。
「今日はスターエージェンシーの問題で集まっていただきました」
八角太郎がスターエージェンシーという女性派遣業を始めた経緯をさらっと話し、競合派遣業者の関係者として養護施設の理事長とヤクザが絡んでいると説明した。
そして今、スターエージェンシーの女性が1人と、舞の友人の女子高校生がヤクザの人質になっているので、その解決方法を皆にたずねた。
取り敢えず相手の言い分を飲み、人質を取り返したあと手を打ってはどうかという意見に纏まって、すぐに相手方の要求する顧客名簿を渡し、店も一旦閉じることで決定した。
スターエージェンシーの代表に収まっている青木茜が電話でそのことを相手側に伝えて、明日正午、顧客名簿と同時交換でカナと瞳を帰すことを要求した。
それまではカナと瞳に手を付けるな、と厳しく注文を付けた。それを聞いて舞は隼人を病院へ連れて行った。
それで一応明日まで時間の猶予は作ったが、六舎凜は全体会議を開く前に統括本部長の八角太郎と、AI担当の田中勝と、実行部隊、工務部副部長の鎌田良太と調査部の青木茜の4人を集めて、あらかじめ対策を練っていた。
AI担当の田中勝には、顧客名簿のUSBメモリーのコピーをあらかじめ作っておき、
本物を相手方に渡し、
使用すると同時にデータが消えるばかりか、
そのパソコンの機能まで停止するようなウィルスを仕込むように命じ、
調査部の青木茜には養護施設理事長の背後関係を徹底的に洗うように指示した。
舞は六舎凜の決定を聞いてから、
隼人を六舎組の経営する医療法人六徳会病院へ連れて行き、
治療を受けさせたあと隼人と別れ、
自宅へ帰って、彼女は彼女で養護施設理事長の背後関係を調べ始めた。
あの時ヤクザがかけた電話が養護施設理事長の携帯だったので、養護施設理事長とヤクザの関係はわかったが、それ以外にないか、舞は舞で自分の持てる技術を使って、携帯を調べ始めたのである。
舞の持っているAI技術といっても大した技術はなかったが、それでもパソコンと携帯のハッキングくらいは出来た。
養護施設理事長の携帯番号が分かっていたのでまず理事長の携帯をハッキングして、その内部情報を探ってみると、その殆どは役所関係者や知人のようだった。
その中で和久田宗二という自由党の国会議員の名前と、国立学校法人、大東大学中東問題研究センターという名前があった。
和久田宗二という自由党国会議員の略歴をパソコンでグーグル検索すると、当選4回生であり、保守的思想の持ち主という看板の裏で、埼玉県川鼻市で暴れまくっているトルコン国籍クルミ人の擁護を繰り返している、ダブルスタンダードな衆議院議員だということがわかった。
〈日本クルミ文化協会〉という、国連からテロ指定されている団体から和久田宗二の後援会へ献金もある、とウィキペディアには書いてあった。
続いて国立学校法人、大東大学中東問題研究センターをグーグル検索する。
舞の考えていた通り、研究室の主宰者は瞳をデイト嬢として呼んでいた国立大学法人、大東大学教授であり、中東問題の専門家と自称する池ちゃんマンこと池谷透の名前が出て来た。
池ちゃんマンは舞がSL広場で沙織の定期代獲得のために2万円ほどカモった男だったが、なぜその男が養護施設理事長と関係を持っているのかは不明だった。
舞は養護施設理事長の携帯番号が分かっていたので、位置情報を求めた。
隼人にバットで叩きのめされたので、どこかの病院に入院しているはずである。
案の定、養護施設理事長は日本学生大学附属病院へ入院していた。
舞はパソコンで日本学生大学病院のホームページへ入り、そこからパソコン内部に侵入した。
舞の中途半端な技術でも、簡単にハッキング出来る病院のAIセキュリティの甘さには驚くばかりだが、カルテを見ると、骨折はひどいが、命に別状はないという医師の診断だけが分かった。
他にはドイツ語なのだろうからさっぱり理解出来なかったが、隼人も致命傷になるような箇所を避けてバットを振っていたので、その通りなのだろう。
舞は隼人を呼び出して、日本学生大学病院へ向かった。
動きやすいようにデニムとTシャツを着て、リュックを背負い、何かあった時のために、リュックの中にはBB弾を発射出来るフルオートの電動ガンを入れていた。
隼人は左腕にバットの一撃を受けたのでギプスで固定して、アームホルダーで肩から腕を吊っている。
面会謝絶にはなっていなかったので、個室で療養している病室を訪ねた。
両脚と両腕を器具で吊り、肩のあたりも包帯でグルグル巻きにされているので、養護施設理事長はトイレの際も人の手を借りなければならない状態になっていた。
理事長は舞と隼人が入って行くと、ギョッとして緊急ボタンを押そうとした。
「静かにして」
と、舞は命令した。
舞の後ろに隼人がいるだけで、迫力が違う。
「あの時、警察の人も言ったでしょ。事を荒立てるなと」
ウンウン、
と、理事長は頷いている。
「あんたの知り合いの和久田宗二という国会議員。自由党の国会議員だけど、わかるわね」
ウンウンと頷く。
「アンタとどんな関係?アンタが正直に言えば、アンタの所業には目をつむる。でも嘘だと分かったら、警察に関係なく、ネットにアンタのことが広がる」
ウンウン、と頷いて、
「見逃してくれるのなら言う」
「アンタは見逃す」
「私は埼玉県川鼻市のトルコン国籍クルミ人の支援をしているが、和久田先生にクルミ人の或る団体の世話役になってもらった」
「まず聞くわね。川鼻市のトルコン国籍クルミ人って、市民に迷惑をかけている奴らのことね」
舞はインターネットで、トルコン人の不法滞在者が不届きにも地域住民に迷惑行為を続けているという、何本ものユーチューブ番組を見ていた。
「そうだ」
「なぜトルコン人を支援しているの?彼らは日本人に迷惑行為を働いているのよ」
「石田総理大臣も言っただろ。日本は共生社会だと。多少の迷惑行為はあってもそのうちに収まる」
「冗談じゃない。テロを平気でやってしまう中東からの不法滞在者が増えたら、日本はどうなると思うの?今の安全で暮らしやすい日本が破壊されてしまうじゃない。アンタらの言う共生社会は、昔からの古き良き日本社会の破壊ということじゃない。分かっているの?」
舞は頭にきた。
何をトチ狂っているのか、とんでもないことをコイツらは考えていると思うと、ゾッとする。
「それで和久田宗二という自由党の国会議員は何の世話役?」
「〈日本クルミ文化協会〉の世話役をやってもらっている」
舞はそれを聞いて、すぐに携帯でグーグル検索をかけた。
〈日本クルミ文化協会〉という団体とその代表者は、トルコン国政府と国連安保理〈制裁委員会〉からもテロ組織支援団体として、名指しされている。
「〈日本クルミ文化協会〉って、何が文化協会なのよ。テロ組織であり、テロ支援者だとトルコン国が指定して、国連でも認定しているじゃないの。私が知らないと思ってデタラメを言わないでよ」
舞は日本人として彼らを許せなかった。
文化という言葉を隠れ蓑にして、テロを支援する団体を擁護する和久田宗二という国会議員は、日頃保守的なコメントを発信しているだけに、尚更許せない。
「〈日本クルミ文化協会〉が本国のテロ組織に活動資金を送っているということなのね。和久田という国会議員もその運動を推進しているってこと?」
と、舞はたずねた。
「そこまでは知らないが、日本国民に〈日本クルミ文化協会〉への寄付を和久田先生も呼びかけているのは事実だ。そのお金がテロ支援へ回されるという可能性は、ある」
「ふ~ん。そんなことをしているのね。川鼻市では日本人の住民が困っているというのに」
舞は頭にきた。
テロ指定された団体を、日本の国会議員が擁護しているというのは許せない。
この国会議員も裏で何かの利益を得ているのだろうか?
という疑問は当然湧く。
そして政治家がクルミ人を守っている限りにおいては、一般国民は彼らに手を出せない。
やはりここは昔から任侠で生きる自分たち極道が日本人を守らなければ、この美しい日本は破壊されてしまう。
日本人を保護するのが警察の役目ではないのか!
不法滞在や犯罪者は即刻国外追放にすべきだ!
というのが舞の持論だった。
そうでなければ日本の美しい国のかたちは壊れてゆく。
それも和久田宗二のような、日本を破壊してカネを得ようとする、保守派を名乗る国会議員が裏で不法滞在者擁護の論を張っていると思うと、激しい怒りが湧く。
「で、アンタと和久田という国会議員はどんな関係?もしかして2人で共謀して日本人の女の子をクルミ人に売っている?」
と、舞はたずねた。
「それはない。私は先生の選挙を応援しているだけだ」
「それだけではないでしょう。養護施設の運営に共産党が裏で関わっているわね。アンタは擁護施設の運営名目でカネを稼ぎたいから、そして和久田宗二という国会議員はクルミ人を応援して何らかのキックバック金がほしいから、共に共闘しているのでしょう?それが本音ね」
「まあ、それもある」
理事長は渋々認めた。
「わかった。次に中東専門家と本人はホラを吹いているけれど、国立大学法人、大東大学の池谷透こと池ちゃんマンともあんたは親しいよね」
「特別親しいということはない。ただ女を紹介しているだけだ」
「カナちゃんもそうなの?」
「そうだ」
と、養護施設理事長が頷いた。
「わかった。最後に1つ。アンタが懇意にしていた派遣業のヤクザ。カナちゃんと瞳ちゃんが捕らえられたのよね。どこへ閉じ込められているかわからない。心当たりがあるでしょう。ヤクザが電話でアンタに指示を貰っていたわね。監禁している場所はどこ?」
「それなら日暮里の繊維街近くのマンションだ」
「え?あそこ?6階建てのマンション?」
「そうだ」
「でも4階にはいなかった」
「あれは6階でのことだ。1番奥の部屋」
舞はついさっきまでいたあのマンションにカナと瞳が捕らえられていると知って、地団駄を踏んで悔しがった。
そうと知っていれば無理をしても取り返していた。
カナもそうだが特に家族と暮らしている瞳については、できれば今夜中に家へ帰してあげたい。
「わかった。嘘だったら許さないよ」
舞は手に握っていた携帯の録音アプリを再生して、いま録音した養護施設理事長の顔を見た。
「私は何とか軽い罪で済ませてくれ」
「警察にもしも事情を聞かれるようなことがあったら、協力的だったと言っておく」
舞は頷いた。
犯罪の量刑は舞が決めることではないし、改めて警察から事情聴取をされることもないのだろうが、一応そう答えた。
舞と隼人は数時間前までいた日暮里へ、その足で向かった。
あの時、カナと瞳が組員たちに暴力を振るわれていたが、同じマンションの6階での出来事だったとしたら、不覚を取ったことになる。
カナの携帯の位置情報を確かめると、依然4階で点滅している。
整骨院の角を曲がって少し行った奥に建つ6階建てマンションの、6階の奥の部屋。
舞と隼人はマンションの前に立って、上を見上げた。
隼人の手には、ここへ来る途中スポーツ店で買った金属バットがビニール袋に入ったまま、右手に握られている。
エレベーターの中で舞は、リュックから6ミリのコンマ2・5グラムの競技用BBプラスティック弾を24発装填した、フルオートの電動ガンを取り出した。
隼人はビニール袋に包まれた金属バットを取り出し、フィルムを剥がしている。
6階の奥の部屋のドアの前に舞は立ち、ドアチャイムを押す。
ドアスコープから覗かれるのは分かっているので、舞は外側からドアスコープを指で押さえて、向こうからは見えないようにする。
「一体、何だ?」
と、呟き声がしながらドアが開く。
隼人が前面に立ち、一気に押し込んだ。
致命傷を与えないように男の肩口を右腕1本でバットで殴りつけ、奥へ進んで行く。
鎖骨が折れたのか男は隼人の1撃で沈んでゆく。
奥から3人の男が出て来た。
その後ろにカナと瞳がいる。
隼人のバットに対抗するためか、男たちの手にはそれぞれ短刀のようなものが見える。
舞が3人うちの1人の顔面に向けて、BB弾を発射する。
目に当たれば失明するかもしれないので、それだけを気に掛けたが、もしも目に当たったとしても、仕方がない。
1人がまた沈み、もう1人に銃を向けた時、横から短刀が舞の右腕をかすめて、銃を落とした。
「この野郎!」
隼人が怒って男の腕を金属バットで叩き折った。
残った1人が隼人に短刀の刃を向けたまま突進した時、カナがいきなり横から飛び出して、隼人の前に立った。
「ウッ」
と、カナが呻いた。
カナの横腹から血が出ていた。
主要血管を傷つけたかどうかは分からないし、シャツで隠れているせいで血が噴き出すまではゆかなかったが、白いシャツが血に染まってゆく。
男は自分でやった行為に自分で恐ろしくなったのか、短刀から両手を離して茫然としている。
「カナちゃん!」
舞はそれを見た時、逆上して落ちていた短刀を握り、体の正面で構えて
「グェッ」
と男が奇妙な声をあげて、腹をかかえてうずくまった。
隼人はそれを見ると残り1人をバットで片付け、すぐに舞をどかせて、男の腹に立ったままの短刀の
辺りは男たちの呻き声と血の臭いが立ち込める、凄惨な現場になっていた。
舞の腕からも血が流れている。隼人は男を倒すと、
「カナ、大丈夫か」
と、カナを抱え起こした。
瞳はそばで泣いていた。
舞は意外に冷静さを保っていて、すぐに救急車を呼び、それから青木茜に連絡した。
茜には救急車を呼んだ、とだけ説明して、カナと瞳は確保したが、カナが刺された、と状況を伝えた。
「わかった。舞、アンタはそこで待っていなさい。警察にはこっちから説明する」
青木茜はそれだけを言った。
少しして現場に救急車は来たが、事件性があるので救急車から警察へ連絡はすぐに上がるはずだが、その警察はなかなか来なかった。
舞も負傷していたので救急隊員は彼女も救急車へ乗せようとしたが、舞は軽傷だから警察を待つ、と言って断った。
それからしばらくして部屋に入ってきたのは六舎凜と、青木茜と八角太郎だった。
舞は六舎凜の顔を見た時、それまで極度に張り詰めていた気持ちが不意に切れて緩み、血の気が引くのを感じて気を失っていったのだった。
[第16話、最終話へ続く]
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます