第14話 舞、また騒ぎを起こす
「それから学校で行われるテストも全部提出しなさい。どんな小さなテストでも」
「はい。分かりました」
舞はそれにも頷いた。
[第13話から続く]
舞は学校が終わると、毎日制服姿で葵エンタープライズに直行で行った。そして組長室の絨毯に掃除機をかけ、拭き掃除をした。
六舎凜が組長室に居ることはなかったが、翌日行くと机の上に手抜き掃除、とのメモ書きが残っていることが多かった。
それが2日続いたので、舞は徹底的な掃除を心がけた。
隅から隅まで掃除機をかけ、
〈仁〉と毛筆で書かれた額縁の上を雑巾で拭き、
スタンドの傘の上にハタキをかけた。時間はかかったが、凜からのメモはなくなった。
学校を早退した時には下校時間まで街で遊んで息抜きをして、それからいつもの時間に葵エンタープライズビルへ行く。
1度私服に着替えて、葵エンタープライズへ行く時にはまた学校の制服に着替えるという手間はかかったが、そこで手は抜かなかった。
六舎組の青木茜に早退を知られたら怒られるだろうが、卒業生とは言え、そんなに授業の時間割まで憶えてはいないだろうから、たとえ街で見かけられても、何とでも言い逃れは出来る。
そのいい訳もちゃんと用意していたので、適当に早退して、ゲームセンターなどで気晴らしをしていた。
学校にいる時はいつも沙織と由佳とつるみ、それに鳥谷カナが加わった。
鳥谷カナは葵エンタープライズ近くのワンKマンションに住居を貰い、そこから学校へ通っていた。
「高校と大学を卒業するまでの間、あなたの自由は束縛する」
と、ハッキリ青木茜に釘を刺されていたが、
同棲禁止と避妊をきちんとするという条件で隼人の出入りを許していたので、
隼人も大っぴらにカナの部屋に来ていた。
その間も青木茜は3日にあげずカナの部屋へ寄っては、カナの生活が乱れていないか、チェックを怠らなかった。
行った時には必ずスィーツと、基本的に自炊生活をしていたのでちょっと高級な弁当とちょっとした副食を、部屋に残した。
どちらにせよ部屋へ無断で入られたことにカナも気付くだろうから、気に掛けているのよ、と言う代わりにスイーツと弁当を置いて帰るのである。
チェックすることはたった1つ、部屋の整理整頓だけだった。
机の引きだしなどをひっくり返して点検するようなことは勿論せず、茜はざっと部屋を見回して、それから帰るだけで、厳しいことは何も言わなかった。
ただ部屋を見るだけで、カナの状態がおよそ把握できた。
生活が乱れてくれば部屋は汚くなる。そんなものなのである。若いながらもそれを茜はよく知っていた。
カナも自分の置かれた立場はよく理解していて、葵エンタープライズには感謝していた。彼女は大学を卒業したら恩返しに自分が何をすればいいか、考え始めていた。
そんな平和な日が続いた或る日、カナが突然学校を休んだ。
何があったのかと心配して舞は携帯をかけたが出ないので、メッセージを残した。カナの携帯の位置情報をアプリで確認すると、日暮里の繊維街を示している。
なぜカナがそんな所にいるのか、舞は青木茜に状況を伝えようとも思ったが、1日学校を休んだだけで大騒ぎするのも何かしらおかしかったので、まず桐生隼人に連絡を取った。
隼人も朝からカナへの連絡がつかないと焦っていたので、舞の携帯に示されるカナの携帯の位置情報を頼りに、2人で電車で出かけることにした。
ハバラの駅で着替えて、隼人と待ち合わせた。
日暮里の駅に着いて位置情報を拡大してみると、繊維街の日暮里中央通りから路地を幾つか入った場所で点滅している。
位置情報が点滅しているので携帯の電源が入っているのはわかるが、電話をかけても〈出られない〉コールが返ってくるだけである。
整骨院の角を曲がって少し行った所の奥に建つ、6階建ての小さなマンションがその場所だった。
舞は階段を上がりながら3Dで表示される位置情報の赤マークを追った。4階を突き止める。
そのドアのカメラ付きインターホンを押すと、中から応答があったが、カナの名前を出すと、向こうは黙った。
「カナちゃん、いるのでしょ?」
と、舞はインターホンに向かって問いかける。それでも何も応答がなかったので、
「5秒以内にドアを開けなければ、警察を呼ぶわ」
とインターホンを切って待った。
すぐにドアが開いた。
中からは一目でヤクザとわかるチンピラが出て来た。中へ入れと言う。
3LDKのマンションのようで、ちょっと広めの居間に連れて行かれた。テーブルの上を見るとカナの携帯があったので、それで舞は全てを察した。
「カナはどうしたんだ」
カナの姿がなかったので、事情がまだ飲み込めない隼人が聞いた。
「ここにはいない」
男がニヤリと笑って首を振った。
「私たちをおびき寄せたということね。カナちゃんはどこにいるの?」
舞はすぐにこの男たちが、少し前にカナをホテトル嬢として使っていた奴らの仲間だということに気付いた。
あの時、隼人に金属バットで殴られて骨折しているはずなので、当人たちではなかったが、その上部団体か関連団体だと知れた。
「ま、座れよ」
ソファーへ座れというように、大柄の男が舞と隼人に向けて顎をしゃくった。
「私は座ってもいいけれど、アンタたちは座っている暇はない。すぐに警察が来るから逃げた方がいいわよ。未成年者誘拐。もしもカナに手を上げていれば暴行罪も加わる。何年か、臭いメシを食うハメになる。どうせ真っ白な体ではないのでしょうから、監獄生活が長くなる」
舞はソファーに座りながら脅しをかけた。
「その前にお前たちが生きてここから出られない」
男も負けてはいなかった。
「いいよ。こっちははじめからその覚悟で来ているんだぃ」
舞は啖呵を切った。「カナを返してよ。カナの住まいをどうして知ったの?」
わからないことばかりだった。
カナの住まいを突き止めるのは、カナが聖山学院大学付属高校に通っていることを知っているだろうから、そこから跡を付けて行けば辿り着ける。
だがあれだけ綿田警視正から脅されていたのに、カナを連れ去って何をしようとしているのかがわからない。
カナをまたホテトル嬢として働かせて利益を上げるにしては、リスクの方が大きいと思われた。
あのとき綿田警視正にひと言釘を刺されていたので、カナを使う危険を冒すよりも、新しく女を雇った方が危険もリスクも少ないはずだった。
それともラテンアメリカの血を引くカナの16歳とは思えない情熱的な容貌と体躯は、そのリスクを軽く上回るほどの人気だったのだろうか。
「お前ら、このあいだ死んだ奴の姉チャンとか何とかが、跡を継いで商売をしているらしいじゃないか」
と、男が言った。
「そんなことはどうでもいい。カナはどこにいるんだ?」
隼人が聞いた。
「お前だな。ウチの若い奴らをバットで叩きのめしたのは」
「おお。オレだ、何か文句があるか」
「そうか。じゃあその時のお返しだ」
男がソファーの横にいたチンピラに頷くと、その若い男は隠し持っていたバットで隼人の頭目がけて殴りかかった。
隼人が左腕で頭を庇ったので、バットが腕を直撃してグェッと隼人が呻いた。
「やめてよ!」
男がまたバットを振り上げたので、舞はソファーを立って隼人を庇った。
頭を金属バットで殴られたら死んでしまう。
それは反則で、いくら怒っても隼人はそれはやらない冷静さを保っていた。だがこのチンピラはそれをやろうとした。
舞はバットを持った男の前に立ち、それからポーチの中からゴルフボールの大きさの黒い球を取り出して、テーブルの上に置いた。
「何だ?これは」
男が聞いた。
「見て見る?」
舞は言って、またポーチから小さな化粧ケースを取り出して、中から受信アンテナを組み込んだ正露丸みたいな黒い小さな球を1粒掴み出して、テーブルの上の灰皿に置いた。
「オラっ、そこのチンピラ。ラーメンどんぶりでも持って来な」
舞はバットを握ったチンピラに命令した。
チンピラが不思議そうな顔で親分を見て、親分も頷いたのでキッチンへ行き、ラーメンのどんぶりを持って来た。
「その灰皿の上に被せてみな」
男は舞に言われた通りにした。
舞は携帯を見せて、画面の中の赤いボタンを押した。
ボワンっと音がして、どんぶりが浮き上がって何個かの破片になり、下の灰皿は砕けていた。
男たちが身を引いた。
「今の大きさでこの威力。こっちはゴルフボールの大きさ。ざっと体積は何百倍。威力も何百倍ということ。この部屋は吹っ飛ぶよ。これであんたら、私と死ぬかい?こっちはその覚悟で来ているんだい」
「どうしたいんだ?」
男がたずねた。
「頭の悪いオッサンだね。さっきから言っているでしょ、カナちゃんを出せと」
舞が言うと、男は携帯を出して誰かと連絡を取り始めた。
舞は自分の携帯が小さく振動したので見ると、舞の登録データの中に入っていたので驚いた。
カナが入所していた養護施設理事長の携帯番号が点滅している。
ということは、あの理事長はまだ手を引いてはいないようだった。
なぜ舞に理事長の携帯番号が分かったかと言うと、カナの携帯のアドレスをそのままコピーしていたので、分かったのである。
舞が考えていたよりも根は深そうだった。
単純にヤクザがホテトル業を営んでいるというよりも、ここのヤクザが連絡を取ったということは、養護施設の理事長の方が親玉なのかもしれない。
が、ヤツは隼人にバットでブチのめされて、どこかへ入院しているはずだった。
はい。
はい。
と上下関係を物語るように男が指示に従っている。
電話を切ると男は画面を操作して、
「これを見ろ」
と、舞の方へ向かって見せた。
「舞ちゃん」
と、画面の中の女が泣きながら呼びかけてきた。
「瞳さん」
舞は驚いた。
スターエージェンシーの瞳も、カナと共に捕らわれている。
「少し我慢して。すぐに解放してあげるから」
舞は男に向き直って、
「そっちの条件は何?」
と、聞いた。
「お前らは派遣業から撤退しろ。そうしたらこの女は帰す」
「カナちゃんと瞳さん2人なら、考えてもいい」
と、舞は交換条件を示した。
「それは無理だ。カナは稼ぎ頭だ」
「何だと!オラッ」
隼人が左腕を痛めて利かないので、右腕1本で掴みかかった。
「やめんかい!」
男が一喝して、また電話をかけた。
そのたびに舞の携帯が振動するので、養護施設の理事長にかけたのがわかる。やはり奴の方が親玉なのだろう、指示を仰いでいる。
はい、はい、
と男が指示に従う。
「わかった。そっちはいつ店を閉めるんだ?」
と、男が聞く。
「カナちゃんと瞳さんが解放されたら、翌日に閉める」
「その日に閉めろ」
「そんなこと出来る訳ないでしょ。予約が入っているかもしれないでしょ」
「そうか」
男は言って携帯画面を見せた。カナが3人の男たちに裸にされているその横では、瞳も裸にされて、2人の男たちの餌食にされようとしている。
「わかった。ヤメさせて。今日から休業するから」
舞は独断でだが、相手の条件を飲んだ。
青木茜姐さんには無断での相手方との交渉だったが、時間的余裕もなかったし、自分が全ての責任を負う気でいた。
「俺たちの顧客名簿を持っているよな。それとお前たちの顧客名簿も渡してもらおう」
「わかった。いつカナちゃんと瞳さんを解放してくれる?」
「そっちが顧客名簿を渡してくれたらすぐに」
「わかった。帰ってもいいの?それともここで自爆する?」
「帰れよ」
「カナちゃんと瞳さんに手を出したらただでは済まないからね。すぐにチンピラたちを2人から遠ざけて」
舞が要求して、男が携帯で指示するのを見届けてから、爆弾をポーチの中に入れた。
それから隼人を促すと、彼はテーブルの上にあった花瓶を持って、バットで殴りつけてきた男の頭を思い切り殴りつけた。
それはアッという間の出来事で、不意打ちを食らった男は花瓶のカケラと共にバッタリと倒れた。
舞と隼人は電車に乗って新スターエージェンシーの事務所へ戻った。
「病院へ行かないでいい?」
と、舞は隼人を気遣った。
「大丈夫だ」
と、隼人は言ったが、腕の調子が悪いのだろう顔色が悪かった。
[第15話へ続く]
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