第16話 舞、六舎凛の命令でロンドンへ留学へ旅立つ

 舞は六舎凜の顔を見た時、それまで極度に張り詰めていた気持ちが不意に切れて緩み、血の気が引くのを感じて気を失っていったのだった。


 [第15話から続く]




 舞が正気に戻ったのは葵エンタープライズへの帰路途中、六舎凜の乗る車の中だった。


 鎌田良太が運転していて、後部座席で舞は六舎凜に抱かれていた。


 負傷した右腕にはガーゼが巻かれ、頭はまだボンヤリして、何があったのか思い出せなかった。


 「気がついたようね」

 六舎凜が舞の頬を撫でた。


 舞は恐ろしくなって、震えが止まらなくなり、泣き出したまま、また気が遠くなるのを覚えた。


 次に舞がはっきり意識を取り戻したのは、葵エンタープライズビルの休憩室のベッドの中だった。


 それまでも目は開いていたが意識は朦朧としており、何が起こったのか、全ての記憶が混乱していた。


 葵エンタープライズでは労働衛生法に従ってプライバシーの守られた休憩室が完備していて、そこで目覚めたのである。


 意識がはっきりすると舞は、ついさっき起こった出来事を何となく思い出した。

 傷を受けた右腕には治療のあとの包帯が巻かれている。


 「大丈夫?」

 六舎凜が舞の顔を覗き込んで、頬に手を置いて撫でた。


 舞が恐ろしい修羅場を潜り抜けてきたのが、凜にはわかっていた。


 舞が周囲を見回すと、父親と母親の顔が見えた。両親の顔を見ただけで涙が出てきて、泣きじゃくった。


 それから青木茜と八角太郎の顔も見える。


 「カナちゃんと瞳さんは無事ですか?」

 舞はまだボンヤリしている頭で、聞いた。


 「瞳さんは無傷だから家に送って行った。カナちゃんは腹部に傷を受けたけれど命に別状はない」

 八角太郎が説明した。


 「勝手なことをして、すみませんでした。どんな罰でも受けます」

 舞は泣きながら謝った。


 「良くはないけれど、あなたを罰する気はない」

 六舎凜が言って、


 「私は自分を罰する」


 六舎凜は言うが早いか床にいきなり正座をして、舞の両親へ向けて土下座した。


 「申し訳ありませんでした。舞を守ると約束しておきながら、こんな体たらくになってしまいました」


 六舎凜は床に頭をつけて謝り、それから立ち上がってテーブルに向かうと短刀をバッグから取り出し、小指を広げた。


 「やめてください!」


 と、舞はベッドから飛び起きて、サイドテーブルの上にあったスプーンのつぼを両手の中に収めて、柄を自分の喉元へ突きつけた。


 「組長がそんなことをすれば、私は死にます」


 舞は泣き叫んだ。

 組長にそんなことをさせるくらいなら、自分の行った行為の責任は自分で取る。


 「組長。舞の言う通りです。やめてください」


 舞の父親の本堂辰五も頭を下げた。


 「これはケジメなのです。どうしても私はケジメをつけなけなければならないのです」


 舞はそれを聞いて、

 両手を喉から遠ざけた。


 組長がケジメを付けるというのなら、自分もケジメを付けなければならない。


 これで勢いをつけて喉をひと突きすれば、死ねる。


 「姐さん、やめて」


 青木茜が六舎凜の手の短刀をそっと取り上げた。


 六舎凜は泣くことはなかった。ただじっと奥歯をかみ締めていただけだった。


 舞はそれを見て声をあげて号泣慟哭した。


 自分がどんなに人を傷つけたことか。考えが至らなかったとは思わない。あれはあれで最善とは言えないかもしれないが、あれしか方法はなかったと今でも信じていた。


 舞、と六舎凜が舞の方を見た。


 「私はあなたを甘やかし過ぎた。もう1度、あなたをどう育ててゆけばいいのか、考えてみる。本堂の叔父貴、それから姐さん、もう1度、舞を私に預からせて下さい」


 「はい。よろしゅうございます」

 父親本堂辰五と母親が揃って頭を下げた。


 「隼人は?隼人はどうなった?」

 舞はやっと隼人のことに頭が回った。


 「隼人は警察にいる」

 青木茜が言った。


 「どうして?どうして隼人なのよ?私が刺したのよ。男はどうなった?」


 「アンタは夢を見ていたのよ。男は入院中」


 「違う、隼人が罪を被ることはない。私がこの手でやったのよ!私がやったのよ!」


 舞は両手を見せて、この手でやったのだ、と主張した。

 隼人に罪を着せることだけは、どうしても出来なかった。


 六舎凜はそれを聞くと、ベッドの舞のそばへ行き、思い切り平手で舞の頬を張って、


 「どれだけの人がこれに関わっていると思うの?あなたは夢を見ていた。いい?夢を見ていたのよ。異議を挟むことは金輪際、絶対に許さない」


 六舎凜は両手で舞の頬を挟んで、それから目を見て、もう1度念を押すように、


 「わかった?」


 「わかりました」


 舞は六舎凜の迫力に泣きながら、ただ頷くだけだった。


 それからすぐに舞はロンドンへ向けて発った。


 ロンドン留学へ向けて発ったのである。

 統括本部長の八角太郎が同行していた。


 あの日から少し置いて、舞は起こったことの全てと収拾策を青木茜に聞かされた。


 当日何が起こったのか、

 舞は気が立っていたのでよく憶えていなかったが、

 確かあの時マンションの下へ降りて救急車を待っていると、

 暫くすると救急隊員がやって来たので案内して6階へ上がり、

 舞が刺したチンピラと、


 チンピラに刺されたカナの処置を救急隊員がやったのは見た。


 隊員からは傷を受けた舞も一緒に救急車へ乗れと言われたが、断った。そこまでは憶えていた。


 現場を見た救急隊員からおそらく警察に連絡が入っただろうが、警察は来なかった。


 代わりに六舎凜と八角太郎と青木茜がやって来たのである。

 その時から舞の記憶はあやふやになっていた。


 そのすぐあとに例の綿田警視正がやって来て、事態を収拾したようだった。


 綿田警視正にしても救急車まで出動した事件をもみ消すことは出来ず、

 警視正に呼ばれた警察官に、

 男を刺したのは自分だと桐生隼人が自供したのが決め手となり、

 彼は警察署の留置場へ一時勾留された。


 だが隼人と舞の相手がヤクザで、

 高校生と大学生の2人の女子を監禁していたという事情が背後にあり、

 隼人と舞が取り戻すために行ったが逆に刃物を突きつけられて脅され、

 隼人がそれを奪って誤って刺してしまったという正当防衛が成立して、


 てま隼人はは高校へ通っているという。


 舞はロンドンヒースロー空港から1時間の所の広大な敷地に建つ、厳しい高校へ六舎組のコネを利用して入学した。


 卒業生の殆どが有名大学へ進学するという、学力を問われる高校である。


 生徒数は3歳から18歳まで1000人近くいて、小学生中級以上は全寮制という、昔からの大英帝国のエリート教育を続けている教育機関だった。


 舞は英会話が全くと言っていいほど出来ず、

 そのままではとても授業について行けなかったので、

 9月の第2学年の新学期に向けて八角太郎のアドバイスに従って、

 まずプレセッショナルという語学の研修コースを選択した。


 舞は日本を発つ前、六舎凜からこう戒められていた。


 「舞、あなたが留学先で挫折することは許さない。英会話も出来ないでしょうけれど、学業を落とすことも許さない。まず高校を卒業すること。しかもいい成績で。わかったわね。大学はそのあと、現地の大学にするか日本へ帰国するか、または米国か欧州の大学にするか、あなたと相談して決める」


 「わかりました」


 舞は本当に死ぬ気で勉強しようと考えていた。


 八角太郎は舞の入学手続きを済ませるとロンドンへ戻り、日刊タイムスの知人を訪ねた。


 日本の政界が外国からの報道にはまるで弱いのを利用して、日本人政治家の悪行をロンドン発の外伝で暴くことを、太郎は今回の訪英の主目的としていたのである。


 太郎は大東大学に在学中に2年間ほどロンドンへ留学していて、その時の主任教授が英国日刊タイムスの経営陣に加わっていたので、そのツテを頼ったのだ。


 まず手始めに日本国立大学法人、大東大学の中東専門家と言われている池谷透こと池ちゃんマンの、買春疑惑からである。


 それと日本国政府の中枢にいる中北誠二という国会議員にも買春疑惑があり、それを記事にして公表して、世界の通信社へ流すことを要請した。


 あの日、カナと共に監禁されていた瞳は解放されてから、池谷透とのセックス動画がある、と青木茜に打ち明けていた。


 舞が話をつけたあのホテルで録画した池ちゃんマンとのセックス動画は、当の池ちゃんマンの手によって消去されたと言っていたが、2箇所に保存されていて、それがあると明かしたのである。


 それと国会議員の中北誠二の買春疑惑は、呼ばれたホテトル嬢の証言を録っていた。


 日本のマスコミと記者は腐っていて、政権中枢にいる国会議員を守るためにこれらを報道しないのだ、と、日本のジャーナリズム界の現状を八角太郎は英国日刊タイムスの編集長に打ち明けた。


 「報道の世界が腐っているのは日本だけではありませんよ。恥ずかしい話ですが我が英国ユーケーでも同じ現象が起こっています。ですが、記者魂を持った勇気あるジャーナリストは残っています」


 「僅かでもいい。まだそんな記者がいるだけで希望があるのですが、日本の記者はまるで良心も良識も、ジャーナリストとしての使命さえも失ってしまった。自社の主幹に対して偏向捏造報道への抗議さえもしないのですからね。本当に腐ってしまった。内からでは動かない以上、日本は外から変えてゆかなければならなくなりました。ぜひお力添えをお願いしたい」


 「そういうことならぜひお役に立ちたい。日本へ警鐘を鳴らすということは、他山の石として我が英国ユーケーの記者連中へも警告を発するということですから」


 そう言って即日、英国日刊タイムスは記事を公表し、米英の学者を使って日本の学界及び政界は腐敗しているとの批判を展開したのだった。


 池谷透大東大学教授は中東政治専門家として、学問を究めなければならない身でありながら買春をしている上に、日本国政府から何億円もの補助金を引き出し、国家のために役立っていないのは学者としての本分を外れているのではないか、と厳しく論評したのである。


 そして買春疑惑のある中北誠二という国会議員は、法律を犯している疑いが濃厚にもかかわらず、未だに政府中枢に留まっていることについて、日本の友好国であるがゆえに敢えて差し出がましく口出しさせてもらうが、国政を司る人間として道徳的にも甚だ不適格である、と厳しく糾弾したのだ。


 まずは人間であれ、と中北誠二へも自戒を促した。これが欧米であれば役職辞任ではなく、即刻議員辞職だと。


 英国日刊タイムスは日本の読買新聞社と業務提携をしているので、プレスリリースされた記事は当然日本へも流れてゆくが、国民へ知らせるべき事実を隠蔽してはならないと論じて八角太郎の要望通り、読買新聞をも牽制した。


 それら学界と政治家の悪行をまず暴露し、さらに政治面へ続き、日本の与党の和久田宗二という国会議員の実名を挙げて、トルコン国のテロ指定団体の代表者と懇意な関係であることを記事にして、証拠写真を添えて公表した。


 それらは日本国内のことではあるが、テロ組織への支援は国際上からも見過ごすことは出来ないという論調だった。


 テロ支援国家として日本の国名が即時通信社によって世界へ打電され、日本政府は世界から袋叩きに遭った。


 ついでに池ちゃんマンの買春報道も世界に出回り、石田総理大臣の無策が国内の大手新聞紙上でもようやく批判されるようになった。


 八角太郎は英国日刊タイムス東京支社に引き続いて日本の汚れた政界の情報を提供することで、帰国した。[了]

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女子高校生極道 1年舞組 本堂舞 押戸谷 瑠溥 @kitajune

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