第11話 舞、大和のあとを継いだ茜姐さんの指示に従う

 舞は椅子にすわって煙草を取り出した。


 「俺にも一本くれ」

 隼人が言ったので煙草の包みをそのまま投げて、ライターもポイと投げた。


 そばではチンピラたちが立ち上がることが出来ずに、呻いていた。


 [第10話から続く]




 舞は適当に学校へ行き、適当に途中で早退を繰り返し、新しく場所替えをしたスターエージェンシーを基地にして自由に振る舞っていた。


 秋葉原のいいマンションに本拠を構えていたスターエージェンシーは、部屋の持ち主が橋爪大和の家族だったので即刻引き払い、近くの岩本町に新たに基地を設け、そのまま業務を引き継いだのである。


 舞に後を託された青木茜はまずスターエージェンシーの女の子たちを集め、橋爪大和は急遽海外留学に旅立ったが、このまま続けて行くかどうか、決を採った。


 その結果従来通りアルバイトをしたい、と、皆の意見が一致したので場所を変えて、営業を続けたのである。


 大和のマンションにあった衣装はそのまま新スターエージェンシーで引き取った。なぜ大和の住むマンションに女性の衣装が大量にあるのか、家族への説明に困ったのである。


 舞としては学校近くの便利なところに新たに隠れ場が1つ出来たようなもので、ここならハバラ駅のコインロッカーは必要なくなると喜んだ。


 小型ロッカーで1時間100円、24時間400円だが、帰宅する時にはまた学校の制服に着替えなければいけなかったのでその都度お金がかかり、毎日となると結構嵩む。


 あの日、安藤興行の事務所で待っていると、警察ではなく、青木茜と1人の男が現れた。


 「姐さん、どうしてここがわかったのですか?」


 舞は青木茜が安藤興行の事務所に現れたことに驚いていた。


 確かに悪人退治に行くとは言ったが、場所まで説明したわけではなかった。


 「派手にやったわね」


 青木茜は部屋で倒れて呻いている男たちを眺めて、苦笑した。


 「警察に連絡したのですぐに携帯に連絡がくると思います。姐さんにこれ以上迷惑をかけるわけにはゆかないので、帰ってください」


 と、舞は言った。


 「警察は大丈夫よ。アンタは黙っているのよ」


 「なぜですか?」


 「その前に紹介するわね。田中の勝兄さん。あなたの携帯の位置情報を探ってもらったの。ウチのAI技術は全て勝兄さんに頼っているのよ」


 「そうでしたか。本堂舞です。よろしくお願いします」


 舞は田中勝に向かってぺこりと頭を下げた。「でもこの携帯は亡くなった友人のものですけれど」



 「君がいま話題の本堂の伯父貴の娘さんか。茜、お前より美人だな」


 田中勝が笑って、


 「お前はその携帯に自分の番号を共有しただろ」


 「はい。それで位置情報を得たのですか?」


 「とぼけるなよ、舞。お前、結構やれるな」


 「結構やれるって、どういう意味?」


 青木茜がたずねた。


 「携帯に番号登録するだけでは特殊なアプリがなければ位置情報は得られないが、携帯の共有者として登録すると、その携帯の情報が取れる。つまりこいつはそっち方面については結構詳しいということだ」


 田中勝が言った。


 「ふ~~ん。どこまでやれるの?」


 青木茜が興味深そうに聞いた。


 「あんまり詳しくありません」


 舞は首を振った。


 「携帯のハッキングは出来るよな」


 田中勝が聞いた。


 「まあ、その程度です」


 「携帯のハッキングが出来ればパソコンのハッキングも出来る。さすが本堂の伯父貴の娘さんだな」


 田中勝はうなずいた。


 舞の父親の本堂辰五は葵エンタープライズで情報処理の仕事をしているので、そのことを田中勝は言ったのだ。


 それで、


 と、田中勝はプカプカと煙草をふかしている学ラン姿の隼人に目を向けて、


 「コイツらは君がバットでブチのめしたのか?」


 「はあ」


 「ふ~ん。6人もいるぜ。凄いな」


 そう言っている時に中年の男が現れた。

 綿田警視正である。


 「おお。ここか」


 綿田警視正は現場を見て笑った。「また派手にやりやがったな」


 「警視正、この子が本堂舞」


 と、青木茜が紹介した。


 「そうか。わかった」


 警視正はチラと舞を見て、それから親分を椅子に座らせて、警察の身分証明書を見せた。


 以前、隼人がチンピラの前で警察手帳もどきをチラ見せしたのと同じような、縦開きの二つ折りのパスケース仕様である。



 開くと上部に顔写真と氏名階級などが記されている。

 下部に金色の旭日章きょくじつしょうが威光を放ち、勲章を挟んで上に英語で〈ポリス〉と、それから下に警視庁と表記されている。


 「俺はこういう者だが、まずお前たちの言い分から聞こう。お前らは被害者か?それとも加害者なのか?それとも加害者だったが被害者になってしまったのか?どっちだ。それによって俺の出方も変わる」


 綿田警視正は威圧的にたずねた。


 「この惨状を見てくださいよ、刑事さん。俺たち加害者であるわけがないでしょうが。社員たちは皆ブチのめされて、転がってまさぁね。あのデカいヤツが殴り込んできたんでさぁね」


 親分は隼人を見て泣き言を言った。


 「コイツらが社員だと?」


 綿田警視正は倒れて呻いているチンピラたちを見て鼻で笑い、


 「どのツラ下げてワシにモノを言うとるんじゃい!」

 と、大声で怒鳴りあげた。


 余りの綿田警視正の剣幕に親分が恐れおののいた。


 「原因は何だ?」

 と、綿田警視正が改めてたずねた。


 「原因はその・・・」

 親分が下手なことを言ったらまたドヤされる、とでも思ったのか、言いよどんだ。


 綿田警視正はそんな親分を見て、


 「2、3日前に袋叩きに遭って殺された高校生が、このビルのそばで倒れていた。検死解剖では死因は内臓破裂。体に何十発も殴られたり蹴られたりした痕があった。そこから話をするか?」


 と、親分の顔を見た。


 「いや、それは知りません」


 「ふざけるんじゃないよ。お前らが袋叩きにして殺したじゃないか。私が見ていたよ。お前を殺してやる」


 舞が逆上して、今にも親分に掴みかかろうとした。


 「ネエちゃん。あまりそういきり立つな」


 と、警視正は舞をなだめて、


 「どうなんだ?この娘っ子の言うことが正しいのか?この娘とそこのボクは袋叩きに遭って殺された高校生の友人で、仇討ちに来たのか?」


 綿田警視正が改めて親分にたずねた。


 「いや。それとも、どうも違うようです」


 親分が空気を読んで、困った顔をした。


 「どうなんだ?はっきりしろ。それによってお前らへの対応が変わってくる。お前らが仲間内で喧嘩をしたのなら、その扱いになるから話はすぐに済む。だがこの高校生らが殴り込んで来たと言うのなら、その理由を聞いてゆくことになる」


 「それそれ、それです。俺たちは仲間内で喧嘩をしたんでさぁね」


 そうか。


 綿田警視正が舞と隼人の方に顎をしゃくって、


 「じゃあこの子たちは関係ないんだな」


 「へえ。関係ありません」


 「わかった。それではそう報告していいんだな」


 警視正が念を押した。


 「構いません」


 「これは?」


 と、綿田警視正は机の上の札束と、メモ書きと預金通帳と印鑑に、また顎をしゃくった。


 「それは都の社会福祉団体かどこかへ寄付します。寄付先は刑事さんにお任せします」


 「そうか。それは奇特なことだな」


 綿田警視正はビニール袋にも目を止めた、


 「これも、問題にするか?これだけでお前らを20年はブチ込める。前科まえ

のある奴はプラス10年だ」


 「いえ。それは片栗粉なので捨てて貰って構いません」


 親分が泣く泣く言った。


 「そうか。ところで話は変わるが、お前の所はオンナの配達もしているようだな。その顧客名簿を出して貰おうか」


 安藤興行が何の事業をしているのか事前に調べてきたようで、綿田警視正がホテトルのことを言うと、親分が若い者にそのまま伝えた。


 「へい」


 若い組員が脚を引きずりながら机の前の椅子にすわり、パソコンからUSBメモリースティックを抜いて、綿田警視正に手渡した。


 「コピーがあったら承知しねぇぞ。お前らはこの仕事から手を引け。法律違反だ、いいな。もしもまたオンナの宅配をしているのを見つけたら、本当に20年ほどブチ込むからな」


 「わかりました」


 「いいんだな。何も問題ないんだな。もしも問題があるなら、いまきちんと言えよ」


 「はい。何もありません」


 「わかった。じゃあ終わりだ。引き揚げるぞ」


 そう言って綿田警視正は覚醒剤をポケットに入れたあと、ノートパソコンを取りあげ、


 「これは証拠物件として押収する」


 と言いながら振り向いて、胸元に挿していたボイスレコーダーを抜き出して録音を再生して聞かせたあと、


 「お前は自分の言った言葉を忘れるな。この若いネエちゃんと坊主に仕返しをしようなんてことは考えるな。この2人がほんのちょっとかすり傷を負っただけでも、たとえそれが自分で転んで顔に傷が出来ただけで、お前は一生臭い飯を食うことを覚悟しておけ」


 分かったな、


 と、綿田警視正は舞と隼人の方を見て、親分に念を押して出て行った。


 ビルの外には茜の赤いベンツと、綿田警視正のSUV車が前後して路上駐車していた。


 SUV車のダッシュボードには警察車両を示すパトランプが置いてあり、回転している。


 付近の住宅の窓々から、住民たちが息をひそめて見つめているのが手に取るように分かる。


 「アイツらは私の友達を殺したのです。これでは私は納得出来ません」


 車の所に戻った時、舞は適当に手打ちをした綿田警視正に食ってかかった。


 「心配するな。お前たちも関係しているのでいま奴らを引っ張るわけにはゆかんが、そのうちにわしがカタをつけてやる。何かの理由を付けて、一生監獄に閉じ込めてやる。お前たちは手を引け、わかったな」


 綿田警視正が舞と隼人のことを考慮して事件化しないのが分かったので、舞もそれ以上言うことは出来なかった。


 「隼人、帰ろう」


 舞が隼人の方へ顎をしゃくって行こうとすると、


 「舞、乗りなさい。そこのボクちゃんも」


 と、茜がベンツに乗るように言った。


 舞と隼人は仕方無くベンツの後部座席に座り、田中勝が助手席に、そして青木茜が運転シートに乗り込んだ。


 運転席に座った茜に綿田警視正がUSBメモリーを渡して、


 「まあ、巧くやってくれ。この中に面白い情報があったらワシにも教えろよ」


 と、笑いながら言った。


 「ありがとうございました。このお礼はまた次の機会に」


 「おお。礼が溜まったな。楽しみにしているぜ」


 綿田警視正は手を挙げて自分の車に乗り込んだ。


 「姐さん。済みませんでした。またご迷惑をかけてしまいました」


 と、舞は車のエンジンをかけた茜に謝った。


 「そうね。私たちより先に警察が入っていたら舞、アンタ、どうなったと思う?」


 「舞が悪いんじゃねぇ。俺だ」


 隼人が割って入って舞を庇った。「文句を言うなら、オレに言え」


 「ボクちゃんは黙っていなさい」


 と、茜が一喝した。


 少々の脅しは気にも止めない隼人だったが、地獄を見たことのある茜の肝の据わった一喝にはなすすべもなかった。


 「ええ?どうなの?舞」


 「返す言葉もありません」


 「返す言葉もないというのは、私たちが本堂の伯父貴に対して言う台詞よ。アンタに何かあったら私たち、アンタのお父さんにどう釈明すればいいのよ!」


 茜は本当に怒っていた。


 舞たち若い人がこんな暴力行為に走るのは、自分たちにも一因があると茜は考えていた。


 それが舞たちの短絡的な行動の原因と言っていいのかどうかまではわからなかったが、こんな風に舞が暴力で事を片付けようとするのは、六舎組のやり方を見てきたからだと反省していた。


 事実、茜自身数人の不法滞在外国人から暴行を受けた過去があり、その男たちを捕まえたあと、六舎組の男たちが凄惨なリンチを加えて殺した前例があった。


 だが社会からはみ出た凶悪なチンピラや、事件化する前の与太者に対しては他に解決方法がないのも確かなことなので、茜自身ジレンマに苦しんでいた。


 ことにさっき舞がヤクザの親分に〈アンタを殺してやる〉と、簡単に言い放った言葉に茜は衝撃を受けていた。


 気が強く、正義感に溢れているだけに、舞をこのままにしていてはきっと何かに巻き込まれると案じていた。


 「はい」


 舞は青木茜にこっぴどく叱られて、父親の名前を出されたが、逆に嬉しかった。


 茜たちが自分を家族のように心配してくれている、と、しみじみ感じたのだ。


 「今後のことだけれど、スターエージェンシーは女の子たちと話し合って、続けるかどうかを決める。舞、アンタは学校へ戻るのよ」


 「わかりました。あそこにカナちゃんというブラジルから来た女の子がいるのです。同じ高校に通っていて、困っているのです。ぜひ相談に乗ってあげてくれませんか。身元引受人が必要なら父に事情を話してみます」


 「うん。それも帰って相談してみるから、アンタはおとなしくしているのよ」


 「わかりました」


 舞は頷いた。


 結局成り行き上、青木茜がスターエージェンシーの代表に収まり、女の子はすべてそのまま引き継ぎ、大和は海外留学へ旅立ったと説明した。


 原則、セックス厳禁の癒し系人材派遣業であるが、やっていることは以前と変わらない。


 カナの身元引き受けは六舎凜がなり、ワンルームを借り、生活費一切と学校の月謝と月々の諸費用も六舎組が負担して、カナは学校へ再び通うことになった。


 カナはデイトクラブで働いてお金を返すと言って聞かなかったが、青木茜はそれを許さなかった。


 「カナちゃん、よく聞くのよ」


 と、茜は諭すように続けた。


 「まず高校を卒業するの。大学はその時に考えましょう。あなたにはポルトガル語を話せるという強みがあるからそちら方面でアルバイトをしてもいいし、私たちも応援する。でもあなたはまだ高校1年生。まず高校を卒業するの。高校生活を楽しむの。いい?わかった?高校生活を楽しむのよ」


 「はい。ありがとうございます」


 カナは初めて触れた日本人からの親切に、涙を流しながら礼を言った。


 [第12話へと続く]

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