第12話 舞、以前カモった紳士の正体を知る
「まず高校を卒業するの。大学はその時に考えましょう。あなたにはポルトガル語を話せるという強みがあるからそちら方面でアルバイトをしてもいいし、私たちも応援する。でもあなたはまだ高校1年生。まず高校を卒業するの。高校生活を楽しむの。いい?わかった?高校生活を楽しむのよ」
「はい。ありがとうございます」
カナは初めて触れた日本人からの親切に、涙を流しながら礼を言った。
[第11話から続く]
舞はカナが新しい生活に慣れるまで、付きっきりで彼女の世話をした。
隼人も聞きつけて新しいアパートに来て、何かと世話を焼いていた。
隼人はアパートに泊まってゆくこともあったようで、青木茜が訪ねて行って鉢合わせしたが、茜はカナと隼人が付き合うことに文句は付けなかった。
ただ、まだカナが高校1年生だったので、ダラダラと同棲関係の深みにはまることは禁じた。
それと、カナを妊娠させたらアンタを殺す、とカナを前にして隼人にハッキリ釘を刺していた。
それから、カナが別れたいと言ったら、潔く身を引くことも交際を認める条件だと。
舞は学校が終わってからカナと一緒にスターエージェンシーに立ち寄ることが多かった。
学校から近いということもあったが、青木茜が面倒を見ていると言っても彼女も大学生で、いつもここへ張り付いているわけではないので、舞とカナも細々とした諸事の手伝いをしていたのである。
と言って舞もカナも夜中までいるわけにもゆかなかったので、夕方から明け方、女の子が全員帰って来るまでの間は六舎組、葵エンタープライズから女性が交替で来て、管理者として様々な問題に対応していた。
30代の主婦5人で回っていたが、彼女たちの父親も六舎組の関係者だったので、危険と法律違反の紙一重の仕事だったが、諸事万端抜かりはなかった。
原則として、その日仕事をしたデイト代はその日のうちに締め切り、前と同じように翌日、女の子たちに即日払いをした。
茜はこの仕事を前から担当していた女の子3人プラス2人の5人で回した。
電話当番に当たった人はその日の収入がないので、前と同じように青木茜は当番代として2万円を支給した。
そんな或る日、舞が学校を午後早退してハバラの駅で着替えをして、スターエージェンシーを覗くと、瞳が来ていた。
学校から近かったのでスターエージェンシーの新事務所に着替えを置いてもいいのだが、制服姿のまま行くと高校生だとバレて不都合なことも起こるかもしれないので、以前と同じように、ハバラ駅のコインロッカーを利用していたのである。
今日の電話当番はミキなので、瞳は当番のために早く来たのではなく、大学の授業もなく空いた時間ブラブラするのも気が乗らず、早めに来たらしたかった。
来てテレビを見ながらパソコンで遊んでいる。
「舞ちゃん、その服素敵ね。ヘザーでしょ」
と、瞳が舞の新調の服を眺めた。
女子高校生に人気のハニーズブランドが可愛い系アイテムなのに対して、ヘザーはちょっと大人向けのレディース系ファッションブランドで、黒のスキニーデニムとグリーンフリーのサマーニットトップスは、長身の舞によく似合っていた。
あの日、六舎凜に買ってもらった服の1つである。
「いいでしょ」
舞も褒められて嬉しくなって、
「瞳さんだって、それってエロフでしょ」
白の太めのタックパンツに黒のノースリーブシャツは、モード誌の表紙を飾ってもよさそうである。
東京に実家がある女子大生なので親からの小遣いもあり、そしてモデルとしてステージに立っているほか夜のアルバイトもしているので、資金は潤沢なのだろう、高級品である。
お金に別に困っている様子はなく、なぜ瞳がホテトルの仕事をしているのか舞には分からなかったが、ブランド物の服やバッグにしても、あればあったで色々なものが欲しいというのは分かる。
親も小遣いをそこそこ与えても、余程の金持ちでない限り、カード使い放題というわけにはゆかない。
余程の金持ちというのはネット事業で1発当てた成金たちのことで、いいところのお嬢さんは、何かあった時のための対応にカードを持っているようなもので、間違ってもみだりに使ったりはしない。
「うん。舞ちゃん良く知っているね」
2人は互いの服を褒め合っていた。
テレビでは少し前に中東で大規模なテロ攻撃があり、報復としてどこかの国がテロ組織に対してミサイルを撃ち込んだ、という事件を報道していた。
その件について日本の中東専門家がテレビで解説している。
「コイツよ」
と、瞳がテレビを見て声をあげた。
「コイツ?」
舞はテレビ画面を見て、どこかで見たことのある顔だと記憶をたぐった。
きちんと背広を着てネクタイを締めた50がらみの男だが、どこで会ったのか、どこで見たのか、思い出せそうで思い出せない。
「そ。コイツ、大東大学の池谷透って教授なんだけどさ、私の友達が大東大学の学生なのよね。で、この変態教授に泣かされているの」
「この人って、大学の先生なの?」
舞は不意に新橋のSL広場で、沙織が使い込んだ定期代獲得のために2万円をカモった紳士のことを思い出した。
舞が怪訝な声をあげたので、
「知っている人?」
と、瞳が聞いた。
「うん。多分この人だったと思うけれど、顔だけね。で、この人がどうかしたの?大東大学って、結構有名な国立大学ですよね。そんな大学の先生が変態教授なのですか?」
「大学の教授って、セクハラパワハラ、頭の狂った奴、そんなのばっかりよ。特に大東大学はね。日本学術会議のメンバーを見ても大東大学教授かOBたちで占められて、ロクなのがいないから、それだけで内容が分かるでしょ。で、この池谷って奴だけど、この教授のゼミの子が言うには、外務省の補助金をパクっているの」
「補助金をパクっているって、そんなことが出来るの?」
「シンクタンクって、分かる?」
「うん。よく聞く言葉だけれど、何をやっているのかわからない。シンクって、日本語に直せば、考えるでしょ。タンクって、貯蔵庫のタンク?」
「ま、簡単に言えば調査をして、研究や解決策の提言をする団体だから、その直訳で間違ってはいない。国からお金を貰っているから自然に国の政策に近い提言をしているのだけれど、そういうシンクタンクを主宰している学者のことを御用学者とか言って、学生はバカにしているわけね。それで教授は教授で外務省に身を売ってお金を得ている芸者みたいなわけだから、学界芸者として自分もちょっとは引け目があるのでしょうね。そこで鬱憤が溜まる。で、その解消に学生にパワハラセクハラで当たるわけ。で、付いたあだ名が池ちゃんマン」
「ふ~ん。大学教授ってとんでもない奴らね」
「そうね。特にこの池ちゃんマンって奴はね。中東の専門家と称しているけれど、言っていることは外務省のペーパーそのまま。世界情勢の分析もきちんと出来ないから、自分の意見も何もなくてね。テレビに出まくって、司会者も中東問題の第一人者なんて持ち上げるから、視聴者は彼のコメントが正しいと思ってしまう。で、外務省のアンポンタン役人も世界を俯瞰する目がないから短絡的に中東問題を考え、日本は知らず知らずのうちに世界から孤立するという悪循環に填まってゆく」
「でも、そんなアンポンタンがよく通用しているね」
「外務省のホームページを見たら、研究費という名目でこいつに何億円もカネが渡っているの。でもやっていることは研修という名目で子分たちを海外へ連れて行って、ドンチャン騒ぎをしているだけだから、ロクな報告書もない。でも外務省の幹部たちは彼らが自分たちの言い分を国民に宣伝してくれるから、見逃している」
「それって、どっちが悪いの?外務省の脳足りんが悪いの?それともカネ目当てに外務省のペーパーを垂れ流す学界芸者の池ちゃんマンが悪いの?」
舞はどちらが悪いのか判断がつかなかった。
善悪の判断ならつくが、こういった政治問題や内政問題になると、どう判断すればいいのかさっぱりわからない。
が、瞳はさすがに大学生で、はっきりと自分の意見を持っていた。
「外務省のノータリンは元々だから仕方ないけれど、そのために外部シンクタンクや評論家と言われる人たちがいて、正しい政策や提言を行うという役割を担い、政府も国民の税金でお金を払っているわけなのよね。それを怠っている外務省お抱えのテレビ芸者コメンテーターと、学界芸者の池ちゃんマンたちが悪いに、決まっているでしょ」
「じゃあ日本の外務省が、中東問題の専門家と言われている大東大学のエロ教授を飼っているということ?」
「そういうこと。あくどいのは餌付けされていると分かっていて、学界芸者も芸者コメンテーターも外務省の言いなりになってカネのために正論を曲げてしまうということ。
ま、そういうところの頭は回るのよ。
外交の分析はまるでダメだけれど。
で、悪いことに池ちゃんマンの下に何人もの子分がいて、政府のお金で飲み食いをしている。
池ちゃんマンはそうは言っても大東大学という国立大学の教授だから、子分に実績や研究成果がなくても、将来の有望株だとか何とか理由を付けて、准教授とか研究員とかでねずみ算式に手下を増やせるというわけ。
つまり外務省のお金は外交問題の分析にではなく、その学会での勢力拡大の資金源になっているの」
「でもそれって、国民の税金でしょ?」
「そんなの、奴らはお構いなしよ。で、この中東問題専門家の大東大学の池ちゃんマン教授に、先日呼ばれたの」
「デイト?」
「うん」
「変態だった?」
「変態と言えば変態かしらね。って、お尻を叩いてくれって言うのよ。それもスリッパで」
「へっ?スリッパ?」
舞は初めてそんな話を聞いた。「それって、実際に叩いてあげるの?」
「仕方ないじゃない。やってあげたわよ。そしたら涙を流すくらい喜んじゃってさ」
この男よ、
と瞳はパソコンの顧客名簿欄を開いて、舞の方へ画面を向けた。
アクセス名は大倉光男。
会社員になっている。電話は携帯番号なので、多分個人のものなのだろう。備考欄にS気あり。スリッパでお尻を叩くと喜ぶと記入されている。
「で、名刺を戴いて調べたら、この男だったの」
瞳は別画面でグーグル検索をかけて、写真を出した。
間違いない。SL広場でカモった男だった。
大東大学教授と書いてある。
ナンチャラシンクタンクやナンチャラ研究所など、4つか5つの団体を大東大学内に作って主宰者になっている。
ということは外務省からここにカネを引っ張って、学会芸者が本物の芸者やコンパニオンを呼んでドンチャン騒ぎをしているということ、と瞳は説明した。
「へ~~。瞳さんって、凄いね。私、カネを引っ張ると言われても何が何だか分からないもの」
それは舞の正直な瞳への人物評だった。
国民の税金を使って大学教授たちが好き放題飲み食いをしていることまで、瞳は知っている。
やはり大学生と高校生の違いがあるのか、それとも読む本が違うのか、瞳は舞よりも遙かに物知りだった。
「瞳さん、どこでそんなことを知るのですか?新聞を読めば分かるの?」
「新聞なんて、ゴミ同然よ。知りたいことは何も書いていないから、ユーチューブなどに出ている山口さんとか長谷川さんなどの、真のジャーナリストの意見を参考にしているの」
「ふ~ん。でもそのジャーナリストが正しいことを言っているかどうかの見分けも必要ですね」
ユーチューブ番組には、舞から見てもよく分からない自称ジャーナリストが沢山出ている。
正に玉石混淆で、
中国の毒饅頭を食い、
毒ハニーに手なずけられたと言われている端本徹のようなコメンテーターもいるし、
日本を守ると言いながらトルコン人のテロ組織を支援している和久田宗二のような国会議員もいる。
それを見分ける知識はどうやって得るのだろう?と思いながら、
「でもまともな意見を言っているという、そのまともな意見が何であるか、それが分からないの」
と、舞は自分の知識レベルを正直に吐露した。
「それは意見を比較するしかないわね。真のジャーナリストと言われる山口さんや長谷川さんの意見と、例えば端本徹のような芸者コメンテーターの意見を比べれば、おのずと違いは見えてくる。大和がいつも言っていたのよ、もっと色々な情報を集めろ、と」
瞳が言った。
舞はいきなり大和の名前を聞いて、涙が出そうになった。
瞳は言いながら、開いていた顧客名簿のアクセス名大倉光男の欄に、本名を打ち込んでゆく。
それから勤め先とグーグル検索で得た年齢と略歴。
瞳が続けた。
「だから私、思うのね、こんなデタラメばかりしている池ちゃんマンみたいな男は、ユーチューブにでも上げて叩いてやろうと。だってこのままじゃあ、こんな助平男に税金を食われるばかりだからね。大東大学をクビになれば配下の軍団も自然消滅して、私たちの親が払っている税金も少しは他へ回せるし、私の友達もパワハラセクハラで苦しむこともなくなる」
「それっていいですね。やってよ。私もどんどん拡散しますから」
舞はあの日の夕方、SL広場で罪もない男からカモった2万円にずっと後ろめたい思いをしていたが、池ちゃんマンという男は2万円どころではなく、何億円もの国民の税金を自分の懐に入れ、湯水のように使ってドンチャン騒ぎをしているとのことだった。
それを知ったあとでは疚しさを感じるどころか、まだ池ちゃんマンの方へ貸しがあるような気になった。
といううちに電話当番のミキがやって来て、女の子も次々にやって来てお喋りが続く。
今日は電話番のミキを除いて8人の女性が来ていた。
さすがに全員モデルクラブに所属しているだけあって、スタイルも良く、それぞれ美しかった。
「瞳、ご指名よ」
ミキが電話を切って声をかけた。「大倉光男さん。芝の東京プリンス402号」
「あらジャストタイミングね。例の大東大学の池ちゃんマンよ。スリッパでお尻を叩いたあと、今日は携帯で恥ずかしいところを全部撮ってやる」
瞳が舞の顔を見てウインクした。
[第13話へと続く]
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