第10話 舞、隼人と2人で大和のかたき討ちに行く
「大和、しっかりしてよ。大和ったら」
舞は泣き叫んだ。
[第9話から続く]
舞が警察から解放されたのは夜になってからだった。
大和は救急車ですぐに病院へ運ばれたものの、内臓破裂で病院へ着く前に息を引き取っていた。
病院で死亡が確認されると所轄の警察署から刑事がやって来て、警察署へ連行されて事情聴取を受けたあと、やっと解放されたのである。
未成年のために、母親が引き取りに来た。
大和はどうやら検死解剖に回されるようだった。
舞は警察の事情聴取に大和とは同じ高校の生徒で、携帯に連絡が入り、チンピラに絡まれていると言われて駆けつけたが時すでに遅く、大和が虫の息で倒れていたという説明に終始した。
大和がなぜあの場所で倒れていたのかということについては知らない、と口を閉ざし、安藤興行のことも言わなかった。
言うとカナも隼人も巻き込むことになるので、あくまでも自分で決着を着けるつもりで、知らぬ存ぜぬの一点張りで通したのである。
舞は家へ帰ってからも長いあいだ、茫然としていた。あの大和が目の前で死んだことをまだ受け入れられないでいた。
舞は机の引き出しの奥からガスリボルバー銃を取り出して、リュックに入れた。
6ミリのBBプラスティック弾を24発連続射出出来るフルオートの電動ガンである。
サバイバルゲームで遊ぶ時はコンマ2グラムの弾丸を使用しているが、より強力な威力を発揮するコンマ2・5グラムの競技用弾丸を装填した。
目を狙って命中すれば失明するかもしれないのでそこまでは出来なかったが、顔面のどこかへ当たれば相手の戦意は挫くことが出来る。
あくまでもプラスティック弾なので相手が立ち上がれないほどのダメージを与えることは出来ないが、あとは出たとこ勝負に賭けるほかない。
と言って目を狙うわけにもゆかないジレンマがある。
それから彼女は動きやすいデニムのスキーニーと、7分袖のニットシャツを用意した。
その夜、舞はショックで眠れなかった。
目を閉じると大和の顔が浮かんできて涙を流した。
彼の手のぬくもりがまだ自分の乳房に、彼の精子の温かさが顔に残っているような気がする。
その大和の命を奪った奴らを許すことは出来なかった。
そしてその立場を利用して女の子をヤクザと外国人に売っていたカナの施設の理事長も、許せない。
その夜を舞はほとんど一睡もしないまま朝を迎え、少しうつらうつらしたあと昼過ぎに大和のマンションへ行った。
エントランスホールから内部に入れるドアの前に、応援団の団長が着るような丈の長い学ランを着た隼人がいた。
彼も大和の死をどこかで聞いたらしかった。
舞はエントランスホールの郵便受けの暗証番号を押して、中に置いてある部屋の鍵を取り出し、同じ暗証番号でマンションの中へ入ると、エレベーターで大和の部屋へ直行した。
昨日と同じ部屋だが、
舞は自分の携帯が安藤興行の男たちによって捨てられていたので、昨日から持ち続けている大和の携帯を使って養護施設の理事長に電話をかけて、安藤興業へ来るように伝えた。
昨夜のうちにカナが入っていた施設をパソコンで検索して、電話番号を入手していたのである。
「安藤興業?」
理事長は意味が分からないという口調でしらばくれた。
「来なければ、来ないでいいわ。カナちゃんのことで警察へ行くから。ついでに携帯番号も言って」
「分かりました。携帯はXXXです」
理事長はそう言っただけで電話を切った。
「ちょっと出て来る。夜、女の子たちが集まったら相談に乗ってあげてよね」
舞は軽い口調で隼人に言って、そっと部屋を出た。
表通りへ出て、タクシーを探す。
手を上げると、反対車線からUターンして舞の前に停まった。
その時、舞は肩を叩かれた。
振り返ると隼人がいた。隼人の手に金属バットが握られている。
「オレに任せろ」
隼人が言った。
「隼人、アンタは帰って。カナちゃんを連れて帰るから、大和の女の子たちと一緒に面倒を見てあげて」
「お前こそ、帰っていろ」
隼人は舞の体を押しのけてタクシーに乗り込んだ。
「何を言っているのよ」
舞は後から乗り込んで八重洲へと告げた。
仕方無く舞はタクシーの中から六舎組の青木茜に電話をかけて、同じ高校に通う大和がやっていたスターエージェンシーという女性派遣業のことを説明し、暫く面倒を見てくれるように頼んだ。
「舞、アンタ、何をするつもり?」
と、青木茜が聞いた。
「ちょっと気に入らない奴らがいるので、話を付けてきます。終わったらきちんと事情を説明します」
午後の空いた道をタクシーは速度を上げて走っていた。
それから舞は瞳にも電話をかけて、少しの間、大和の代わりに青木茜という女性がその派遣業を引き継ぐと説明した。大和のお姉さんだと。
八重洲へ入って昭和通りを行き、舞は目的のビルの前でタクシーを停めた。
彼女は料金を多めに払ってタクシーを降り、ツカツカと中へ入って行った。後から隼人が、30分ほど待っていてくれ、と言い残して降りる。
舞がリュックからガスリボルバー銃を取り出して、昨日連れ込まれた2階の一室のドアを開けて銃を構えたが、そこには誰もいなかった。
続いて横の部屋を開けるとそこが広い事務所になっていた。
正面の壁に神棚があり、いかにもヤクザの事務所といった感じだった。
「テメエ!」
舞の姿に数人のチンピラたちが驚いた。
「舞ちゃん」
と、そこにカナがいた。
舞が手にしていたソフトエアガンは本物のように見えたらしく、男たちは一斉に体を
舞は委細構わず正面の男の額に向かって、銃を発射した。
「グェッ!」
と、奇妙な声をあげて男が頬を押さえて蹲った。
チンピラたちが怯んだ隙に隼人が金属バットを振り上げて、殴りかかる。
隼人はバットでチンピラたちを2度、3度とぶちのめし、背後から隼人を襲おうとする男の顔に向けて舞はソフトガンを撃ちまくった。
カナは部屋の隅で頭を抱えて蹲っている。
隼人はチンピラたちを金属バットで半殺しの目に合わせ、そして理事長に目をとめた。
「カナちゃんの施設の理事長よ。こいつがカナちゃんをヤクザに売ったのよ。去年も売られた子がいるそうよ」
「そうか」
隼人は頷いてバットを横殴りに振り、理事長の腕をへし折った。それからもう片方の腕を遠慮無く叩き折る。
が、頭など致命傷になるような箇所は避けていたので、事務所の中はチンピラたちの呻き声がこもった。
「カナをよくもこんな目に遭わせてくれたな」
隼人は鬼気迫る顔でバットを振りまくった。
親分が命乞いをしたが、隼人は構わず親分の腕を折ろうとした。
「待って」
舞は部屋の棚に小型金庫があるのを見て、隼人を止めた。
「何だ!こいつは絶対に許せねぇ」
「そうね。でも先にやる事がある」
金庫を開けて、
と舞が言った。「中の物を全部出すのよ」
親分は素直に従い金庫を開けて、帯封のついた札束を3つ取り出した。
「いいものがあるじゃない」
舞は金庫の中の白いビニール袋に目をとめて、
「覚醒剤?」
「そうだ」
「これって、末端価格でどのくらいのカネになるの?」
「1億くらいにはなる。混ぜ方次第で2億」
「1億か2億ね」
舞は指紋が付かないように注意して雑巾で掴み上げ、机の上に置いて、
「貯金通帳と印鑑も」
「わかった」
親分は机の前に戻り、引きだしから数通の通帳と印鑑を取り出して、舞の方へ差し出した。
「私の言う通りに書いて、サインをして、印鑑を押すのよ」
舞はコピー用紙を1枚机の上に置いて、続けた。
それは全ての資産を東京都の養護施設に寄付するという内容だった。
「そんなことが出来るか!」
と、親分が吠えた。
いきなり隼人が金属バットを振り上げて親分の左の肘にぶちかました。
肘の骨が砕ける鈍い音がして、親分がもんどり打って倒れた。
「まだ右の肘が残っているし、両膝の皿もある。皿が壊れたら歩くのは難しくなるぜ。大和のように命まで取ろうとはしねぇよ。そのかわり歩けなくしてやる」
「ダメよ、隼人。車椅子になったら国から障害者年金がつく。障害者年金は必要な人に支給されるべきで、こんなヤツに国民の税金を使うわけにはゆかない」
「そうだな。じゃあ膝の皿はやめて、ここまでやったんだ、いっそ殺してしまうか」
隼人が言った。
「わ、分かった」
親分が隼人の言葉に恐れをなして、すぐにサインをして、印鑑を押した。
「私の方はこれでいい」
舞が言った瞬間、隼人が親分の残った右の二の腕にバットを打ち下ろし、そして両脚の向こうずねを殴った。
何かの砕けるような鈍い音がして、親分が悲鳴をあげながら床の上に這い蹲った。
「これは大和からの1発だ」
隼人が最後の1撃を親分の肩口に加えると、親分は泣き叫びながらまた命乞いをした。
全てをやり終えたので舞は受話器を取り上げ、昨夜事情聴取を受けた警察署に電話をかけて、担当刑事への取次を頼んだ。
生憎刑事は留守だったので、帰り次第連絡をくれるように大和の携帯番号を伝えた。
「舞、お前はカナと一緒に帰れ」
隼人が事情を察して言った。
「だめよ。アンタこそカナちゃんと」
「いいんだよ、舞」
隼人は言うが早いか舞のお腹に1発見舞おうとした時、舞が先手を打って隼人の額にBB弾を撃ち込んだ。
「この野郎!」
隼人が額を押さえて蹲った。
「カナちゃん、下にタクシーを待たせているから隼人を連れてスターエージェンシーに戻っていて。私の知り合いが行く。私は後片付けをして帰るから」
舞はリュックの中から財布を取り出してカナに預けたが、今日は家には帰れないだろうと覚悟していた。警察が来るので事情聴取され、悪くすれば留置所に何日か勾留されることになる。もしくは少年鑑別所へ収容される。
家への連絡は警察署の方からゆくだろう。
「うん。隼人、行きましょう」
カナが隼人の手を引っ張った。
「クソっ、俺は帰らない」
と、額を押さえながら隼人が舌打ちして、
「カナ、帰っていろ。舞、お前も帰れ」
「まっ、いいじゃない。アンタこそ帰りなよ」
「そんなことが出来るか」
「アンタがそうなら私だってそうよ」
「カナの面倒は誰が見てくれるんだ?」
隼人はそちらの方が気にかかるようだった。
「知り合いに頼んだ。もうすぐ警察が来る。あったことを正直に言いましょう。それで刑務所でも鑑別所でも行けというのなら、どこへでも行ってやる」
「お前、いい度胸しているな。見直したぜ。カナ、1人で帰っていろ」
「アンタだって、結構義理堅いのね。見直した」
舞は椅子にすわって煙草を取り出した。
「俺にも一本くれ」
隼人が言ったので煙草の包みをそのまま投げて、ライターもポイと投げた。
そばではチンピラたちが立ち上がることが出来ずに、呻いていた。
[第11話へ続く]
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