鶯谷駅①

「先に謝っとく、まじでごめん俺が悪かった」


 俺を冷たい目で睨めつける紗枝に深く頭を下げた。

 

 俺が紗枝を傷付けたことを言うまでもない、世の中にありふれた内容のはずなのに当事者となるとその罪の重さを思い知らされる。


「相変わらずうざいね」


「ごめん」


「その反省してる姿を一生懸命見せようとするところが1番うざい」


 俺がどんな風に謝ったとしても紗枝が俺を許す事はないと思う。

 それこそ、死んで詫びるくらいのことをして初めて許されるんじゃないかとすら今までも思っていた。


「言っとくけど死んでも許すつもりなんてないよ」


「、、、」


 ましてやこの心を読まれる状態で、俺にできることはあるのだろうか。

 俺がここで償うべき罪は間違いなく浮気だ。

 学生時代から3年半付き合った紗枝に俺はずっと嘘をついていた。

 

 最初はバレなければ良いと思って黙っていたけれど、段々とその罪の重さに耐えきれなくなってきて俺は自分から真実を伝えた。


 あのまま黙っていれば今も付き合ってたかと言われたらそれはわからないけれど、少なくとも紗枝を傷付けることはなかったと思う。


「とにかく俺には謝ることしかできない、ごめん」


「なにが?」


「なにがって、浮気したこと」


「ふーん」


 どうしろってんだよ、謝ってもこの態度だしこんなの勝ち目ないだろ。

 そもそも犯人は紗枝なんだから、多分俺は鶯谷から先に進むことは出来ないし進めたとしても許されないまま地獄へ行くのは目に見えてるだろ。


「あんたさ、悪いことしたと思ってればそれで良いと思ってるんでしょ、自分は悪いことをした、反省をすれば良いそう思ってるんでしょ?」


 言ってる意味がわからない、それ以上のことがこの世には存在してるのか。

 悪いことをした自覚があるなら反省するのは当然だし、反省しないよりは良いなんて誰が聞いても分かることだ。


「そもそも悪いことをした自覚があって、自分の気持ちを軽くしたいから自分から打ち明けたんだもんね?」


「いやそれは、申し訳ないと思って」


「どうだろうね」


 確かに楽になりたい気持ちがなかったわけではないけれど、でもそれ以上にいつか何かの形で紗枝が知ることになるより、しっかり伝えた方がいいと思ったから俺は伝えたわけで、それは間違いなく申し訳ない気持ちがあったからだ。


「何をしても許してはくれないんだろ?」


「当たり前でしょ?」


「そっか」


「ほら、今もどうせ許してもらえないならこれ以上謝っても仕方ないと思ってるよね、結局はいつもそう相手がどうかじゃなくて自分がどうかだよね」


「そんなことない」


「そうだ、明日結婚するらしいね生きれたら、おめでとうー」


「生かすつもりないくせによくそんなこと言えんな」


 紗枝の態度に段々と苛立ちを覚え始める。

 結局こいつは俺が幸せになるのが許せないだけだ。

 俺が死ねばそれでいいとこいつは思ってるんだ。


「勘違いしないでほしいな、私は心から賢二に生きてほしいと思ってるよ、生きて一生罪を抱えればいいと思ってる。確かに死ねばいいと思ってたけれど、今回あんたが沢山の人を傷付けてた事を知って安心したからね、一生恨まれて生きればいいと思う」

 

「なんだよそれ」


「一生クソ人間のまま生きろって言ってんの、どうせあんたは誰のことも愛することなんて出来ないし、誰を幸せにすることもできないんだから」


 ますます腹が立つ。

 お前に俺の何が分かるってんだ。確かにお前に悪い事をしたと思ってるけど、それ以前もそれ以降のこともお前は何も知らないくせにたかが3年半だけを見て俺を語らないでもらいたい。


「まあいいよ、今からあんたと別れてからの私の人生を見せてあげる、忘れられない傷を抱えたまま生きた私の5年間を」


 そう言って紗枝は歩き始めた、改札を抜けて俺の方を振り向くこともなく北口方面へと歩き始めた。


「何の冗談だよ」


「別に?何回も行ったんだから今さら躊躇うことないでしょ?」


 平然とした様子で紗枝はホテル街の中にあったひとつのホテルの前で立ち止まった。

 

 紗枝の言葉を聞いて妙な感情が頭をよぎる。

 まさか今から紗枝とヤルのか?

 

「本当に気持ち悪いね、よく結婚なんてしようと思えたよ」


「お前がこんなところ来るからだろ俺別にしたくねえよ」

 

 俺の言葉を無視して紗枝はホテルの中に入っていく、ついていく以外に方法がない事を知っているからついて行くしかなかった。


 電光掲示板の案内を無視してエレベーターへと向かって最上階のボタンを紗枝が押す。

 

 無言のエレベーターの中はまさに地獄で目が合うことすらもなかった。黙って移り変わる何回の表示を見続けて一生のように感じた数秒が過ぎて最上階へとエレベーターはたどり着いた。


 操作をしたわけでもないのに1番奥の部屋のライトが点滅をしていて、二歩先を歩く紗枝が部屋の前で立ち止まる。


 振り返った表情の既視感が心の奥にしまっていた記憶を呼び覚ます。


「どんな部屋だろうね、楽しみだね!」


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る