#2:自販機の呪い

-病院の共有休憩スペース-


いつものように篠田葵は小銭を握りしめ、自販機の前で真剣な顔をしていた。


「よーし、今日はカフェオレっと……」

ボタンを押す。


――ガコン。


出てきたのは黒ラベルの「ダークブラック」。


「……え?間違えた?」

首を傾げ、もう一度ボタンを押す。


――ガコン。


やっぱりブラック。


「ちょっと! なんでカフェオレのボタン押したのにブラックが出るんですかぁぁ!」

篠田は両手に缶を持ち、天を仰いだ。



-情報システム課 休憩スペース-



篠田葵は、頭を抱えていた。


「おかしいんですよ……!」

額に汗をにじませ、真剣な顔で缶を握りしめる。


「また同じのが出ました……!」


テーブルの上にはすでに、ずらりと並ぶ缶コーヒー。

全部、同じ銘柄。黒ラベルの「ダークブラック」。


「これ絶対、システム課にしか解けない謎ですよ!」

篠田は缶を高々と掲げ、謎解きドラマの探偵のように宣言した。


神谷は冷ややかに目を細める。

「……ただの補充ミスだろ。よくあることだ」


「えぇ!? 夢も希望もない解釈ですね!」

篠田は机を叩き、缶をガタガタと揺らす。


「じゃあ私のコーヒー代と期待を返してくださいよ!」


「自分で連続で買ったんだろうが」

神谷は呆れ顔でパソコンに視線を戻す。


「……というか、買いすぎじゃない?」

隣で静かに資料をめくっていた真壁沙耶が、鋭く指摘した。


「えっ、だって……!『次こそはカフェラテが!』って……!」

篠田の声はどんどん小さくなる。


視線を逸らした彼女の足元には、すでに空き缶用の袋。

その中からも同じ黒ラベルが、わらわらと顔を覗かせていた。


「……で、いま何本目?」

「……10本目です」

「完全に呪われてるわね」

真壁が肩をすくめる。


「呪いじゃなくて、自業自得なだけだ」

神谷が冷静にツッコむ。


「いやいや、これは絶対に陰謀ですよ!」

篠田は立ち上がり、人差し指を突き上げた。

「自販機メーカーとコーヒー会社と病院の三者が結託して——」


「ない」

神谷が即答する。


「じゃあ、なにか裏の設定が……!」

必死に食い下がる篠田の肩を、真壁がぽんと叩いた。


「……それ以上買ったら、昼ご飯が“コーヒー”になるわよ」


「うっ……」

ぐうの音も出ない篠田。


その時、休憩室のドアが開き、古賀修平が顔を出した。

「おや、いっぱいコーヒーがある。もらっていいのかな?」


「ど、どうぞ……」

「最高!ありがと!」

古賀は満面の笑みで全てのブラックを抱えていく。


篠田は肩を落とし、机に突っ伏した。

「……私のカフェオレがぁ……」

「いえ、あれはブラックよ……篠田さん」



――翌日。



篠田は意気揚々と自販機の前に立っていた。

「今日はきっと補充されてるはず! 絶対カフェオレが出る!」


ボタンを押す。


――ガコン。


出てきたのは、カフェオレ。

「やったぁぁぁ!」

篠田は両手で抱きしめて跳ね回る。


そこへ古賀が現れ、自販機へ。

「さて、今日もブラックを飲むかな〜」


――ガコン。


……出てきたのは、カフェオレ。


「……は?」

固まる古賀。


振り返った篠田は、にやりと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「業者さん、きっと入れ違えて補充したんですねぇ〜♪」


神谷は遠巻きに肩をすくめる。

「……全く、結局今度はブラックの補充を間違えてるな」


真壁は一言。

「わざわざ、あなたが業者に連絡して補充させたのにね」


「まぁこれで古賀さんと痛み分けってことでいいだろ」


休憩室には、篠田の歓喜の声と、古賀の深いため息だけが響いていた。

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