【第3部スピンオフ】医療事務ですが、病院で謎を追ってます!

暁月

#1:サーフスケートボード返却騒動

情報システム課の一角。

篠田葵が、机の端に置かれたサーフスケートをじっと見つめていた。


「……これ、学生から無理やり奪ったやつですよね?返さなくていいんですか?」


勢いよく立ち上がる葵に、神谷蓮は眉をひそめる。


「借りただけだ、奪ってない。」

神谷が即座に否定する。


「いやいや、どうせ権力にものを言わせて、Noとは言えない状況だったはずです!『係長の目が獲物を狙う鷹みたいで怖かった……』って噂になってるに違いない!」肩をすくめ、大げさに手を広げる篠田。


「俺を猛禽類にするな」


「まぁ状況が状況だったからな……ただ、返却しようにも学生を特定出来てないんだよなぁ。名前も聞いてなかったし……」

神谷は苦々しく頭をかく。


「えぇ!ホントに全く初対面で面識もないのにパクッてきたんですか!」


「だからパクッてない!まぁ傷がいっぱいついてしまったから、弁償しようかと思うんだがなぁ……」


「じゃぁまずは、学生を探しましょう!私が探してきます!」

サーフスケートを抱える葵の目はやけに輝いていた。


「……お前がやると爆発的にややこしくなる予感しかしない」

神谷の低いぼやきをよそに、葵は胸を張る。


「だいじょーぶですよ! 私こう見えて、人探しとか交渉とか得意なんですから!」

「……得意なのは“騒ぎを大きくすること”じゃないの」

真壁沙耶がため息まじりに突っ込んだ。


それでも篠田はサーフスケートを抱え、意気揚々と廊下へ飛び出していった。


「行ってしまった……」

「えぇ……嵐になりそうね」

二人の声が重なり、やれやれと肩をすくめる。


仕方なく、神谷と真壁は勢いよく飛び出していった篠田を追いかけることとなった。



-病院1階 総合案内付近-


スケートボードを小脇に抱えて歩く篠田。

職員にしては不自然な姿は、廊下の視線を引き寄せてしまう。


「ちょっと! 院内でそんなもの乗っちゃ危ないでしょ!」

ご高齢の患者が怪訝そうに声を上げた。


「えっ、いえ!私は乗ってません、返しに行くんです!」

両手を振って否定する葵。だが、周囲の目はますます集まり、ざわめきが広がる。


——必死の弁明は逆に怪しさを強めるだけだった。


さらに、通りかかった警備員にも声をかけられる。

「君! そんなもので院内を滑ったりしてないだろうね!」


「違いますってば! 私、そんな運動神経ありませんから!」

息を切らしながらも全力で否定する葵。


「そうか……では何のためにそんなものを持っているんだ?」

警備員の鋭い視線に一瞬たじろぎ、背筋を伸ばす。


「学生さんのものみたいで、お返ししようと思って……」


「学生か……最近、敷地内でスケートボードを乗ってる連中がいると言われて巡回しているんだ。キャンパス側だけだから黙認していたところもあるが、階段の手すりを滑りおりたり、危険行為があったと報告があってな」


(係長ーーーー!!)

篠田の笑顔が引きつり、脳裏にどこかの係長の姿が浮かぶ。


「学生が滑っているのを見かけたら教えてください。現場で注意をしますので」


「は……はい!わかりました。私も注意しときます」

気がつけば、なぜかビシッと敬礼していた。



-体育館 付近-


ようやく見つけた。それらしき学生たち。

舗装の悪い下り坂を、何人かが交代でサーフスケートに乗っている。

ぎこちないターンや転倒も交えながら、真剣に練習を重ねていた。


(正直、私は誰から借りたとか知らないからなぁ……)

内心不安を抱えつつも、篠田は声を張り上げた。



「あ、あの……すいません。どなたかスケートボードを昨日無理やり貸してくれっといって奪われませんでしたか?」

篠田がボードを掲げると、一人の学生がパッと振り返り、顔を明るくする。


「うわっ、ありがとうございます! いや、あの時名前とかを聞けてなくて……どうしようかと思ってました。レールで階段を下りて行ったってほかのクラスの人から聞いて……すげぇ見たかったんですよ!」


「滑り降りた……って神谷さんの……?」

「神谷さんって言うんですね! 凄く上手で勢いのある滑りだったんだろうなぁ……」

学生は目を輝かせ、まるで憧れの選手を語るように声を弾ませる。


一方、ボードの表面には手すりでついた小さな傷。

「……これ、弁償とか——」篠田が言いかけると、学生は首を振った。

「いえ、むしろ勲章です! “滑り”の証ですから!でも、よかったら一度会って話たいです」


「あぁ……神谷さんはコミュ障なんで……どうかなぁ……」


「誰がコミュ障だ。結構な言い分だな」

低い声が背後から飛び、篠田は振り返る。

神谷と真壁が歩いてきていた。


「神谷さん!!どうしてここが!」


「お前が院内でスケートボードで滑っているなんて、色んなところから連絡がきた……」


「いやいや、私滑ってないですから!」

慌てふためく葵に、神谷は額を押さえる。


「まぁそうだろうが、患者さんがいるところでボードを持っていくなよ」

冷静な声に、葵はしゅんとうなだれる。

「……はい。たしかに、軽率でした」


「まぁあなたが滑れるとは思わないから安心しなさい」

真壁は少し笑いながら肩をすくめる。


「真壁さんだって、滑れないでしょ!」

「まぁ練習すれば滑れると思うわよ」

「そんなの私だって練習したら滑れますよ!」


やや呆れた顔で神谷が学生の前に立つ。


「この間は助かった。本当にありがとう。大事なボードに傷をつけてしまったな……弁償するよ」

学生に向け謝罪をする神谷。


「い……いえ……あのキャンパスの階段を滑り降りたって本当ですか?」

学生の声は興奮を隠せない。


「あぁ、勾配はあったが、手すりに幅があったし何より最初のアプローチの高さがそこまで高くなかったからな」

淡々と語る神谷。だが、その姿に学生はますます目を輝かせる。


「すごいですね!スケートボードやってたんですか?」

キラキラした眼差しで神谷を見つめる学生。


「いや、スノーボードを昔な……」

少し照れくさそうに視線をそらす神谷。


「え?じゃぁサーフスケートは初めてですか?」

「まぁ……実際はそうだな……」


「やべぇ……そんな人いるんですね。今度教えてください!」


「いや俺は素人だから、クセとかがやっぱりスノーボードとは違うし、なによりボードの機構が違うからあまり参考にならないよ」


「一度でいいんで、レールとか見せてください!」

「あぁ今度機会があったらな」


学生の熱意に、葵はぽかんと口を開けるしかなかった。


「まぁ今回見つけることが出来たのはあなたのおかげね」

真壁は篠田の頭をポンっと叩く。


「なんだかなぁ……私騒いでただけでしたね……」

肩を落とす葵。その横で、真壁は笑いをこらえきれずに肩を震わせた。


-数日後-


病院内の掲示板に新しい張り紙が貼られていた。


【敷地内におけるスケートボードの使用を禁止します】


「えぇーーーっ!? これって私のせいですか!」

張り紙の前で叫ぶ篠田に、神谷は黙って目をそらし、真壁は口元を押さえて笑いをこらえる。


「いや、滑っていたのはここにいる係長ですよ!!皆さん!!私じゃないですよ~」


廊下に小さな笑い声が広がり、慌ただしい日常にひとときの彩りを添えた。




【あとがき】

今回は3部15話で神谷さんが学生にサーフスケートボードを借りてトラックを追いかける話の後日談です。


本編に入れようと思ったのですが、少し毛色が違うと思ったのでスピンオフとさせて頂きました。

神谷さんのせいで学生の楽しみが減ってしまったかもしれません(笑)



第1部をまだ読まれてない方向けですが、現在noteに第1部を順次公開しております。カクヨムでも読んで頂けるのですが、noteには挿絵を全話に入れておりますので、もし気が向いたら覗いてみてください♪


note

https://note.com/akatuki_0912/m/mdc424ae736ab



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