第55話 北方の影〈シャドウ・オブ・ノース〉
冬を思わせる冷たい風が、王都の外壁を吹き抜けていった。
その風の向こう――北方からは、ただならぬ気配が近づいていた。
評議会の間。
大きな地図の上に、ミストが投影した魔力波動の揺らぎが浮かぶ。
「ここだ。北方の
「またかよ……」
カイエンが苦い顔をする。
「単純に強いだけじゃない。これは“構造そのもの”の乱れ」
ノアが冷静に分析を重ねる。
「空間そのものが削られ、夜空に『虚』の裂け目が現れている。放置すれば大地ごと消えるだろう」
ネフェリスが両手を胸に抱きしめた。
「そんな……人も、土地も、全部消えちゃうの……?」
「だからこそ我らが行かねばならん」
重々しい声でそう言ったのは、ハラルドだった。
彼の瞳はまっすぐで、恐れを見せることはない。
「フロストヴェイルは我が民の故郷だ。もしこの国の仲間として誓ったのなら、狼の血にかけて守らねばならぬ」
その言葉に、蓮は静かに頷いた。
「わかった。俺たちも一緒に行く。放っておけるわけがない」
◆ ◆ ◆
遠征隊の準備は急ピッチで進められた。
無限アイテムボックスに蓮が詰め込んだのは、凍結を防ぐ特殊な魔道具、保存食、野営用の魔術結界、そして星命共鳴装置〈アカシック・リゾナンス〉。
「いつも思うけど、蓮のアイテムボックスがなかったら国の遠征なんて到底無理だよね」
マリルが感心して口笛を吹く。
「確かに。普通なら荷車百台分の物資だ」
カイエンが苦笑する。
蓮は少し照れながらも、胸を張った。
「まあ、整理に時間はかかるけどな。でも、これで民の命が守れるなら、いくらでも詰め込んでやるさ」
その言葉に仲間たちが笑い、緊張が少し和らいだ。
◆ ◆ ◆
数日後――北方フロストヴェイル。
そこは氷と雪に閉ざされた荒野だった。
空には常に極光のような光が揺れ、遠くには虚の裂け目が口を開けている。
「……これは酷い」
リーナが吐き気を堪えるように呟いた。
「空気そのものが削れてるみたい」
「実際にそうだ。分子単位で“存在”が崩壊している」
ミストが測定装置を掲げる。
その時――。
氷原の奥から、黒い靄のようなものが立ち上った。
やがてそれは人の形を模し、影の軍勢を形成していく。
「……来たか」
ハラルドが槍を構える。
「虚の影。星々が告げた“北方の災厄”だ」
「数が多いな……」
カイエンが剣を抜く。
「でも、私たちなら……!」
リーナが叫び、剣を輝かせる。
蓮は仲間たちを見回し、大きく頷いた。
「行くぞ! ここを突破しなきゃ、民の未来は守れない!」
◆ ◆ ◆
戦いは苛烈を極めた。
影の軍勢は斬っても斬っても再生し、雪原に広がっていく。
だが、仲間たちの連携はそれを上回った。
リーナとシャムが前線で斬り込み、カイエンとマリルが後方から結界と援護を展開。
ネフェリスの歌声が戦士たちの心を奮い立たせ、ノアとミストが戦況を解析して次々と弱点を突いていく。
そしてハラルド。
彼の槍が一閃するたび、影の群れは狼の咆哮に打ち砕かれた。
「これぞ狼の誓いだ!」
彼の雄叫びに、兵たちの士気も最高潮に達する。
蓮は無限アイテムボックスから取り出した神具を握りしめ、最後の一撃を放った。
星命共鳴装置が輝き、虚の裂け目に向けて収束する。
轟音と共に、闇は押し戻されていった。
◆ ◆ ◆
戦いが収まった時。
雪原には静寂が戻り、極光が穏やかに揺れていた。
「……ひとまずは、退けたか」
ハラルドが槍を突き立て、荒い息を吐く。
蓮は肩で息をしながらも、前を見据えた。
「でも、これで終わりじゃない。これは“始まり”だ。均衡の影は、まだ完全に消えてない」
ミストが頷く。
「観測値もそう示している。むしろ、これから本格的な干渉が始まる」
イリスが蓮の隣に立ち、空を見上げた。
「だからこそ……あなたの国が必要なの。未来を紡ぐ楔として」
蓮は彼女の手を強く握り返し、言葉を返した。
「ああ。必ず守る。俺たちの国を、そして未来を――」
極光の下で、仲間たちは新たな戦いの予感を胸に刻んだ。
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