第54話 灰狼の誓約〈ウルフズ・オース〉

 王都に「灰狼の王」ハラルドが滞在することになってから数日。

 その存在は市民の間でも大きな話題となっていた。


「なあ、本当にあの人が“灰狼の王”なのか?」

「北方をまとめてるって聞いたぞ。あの獰猛な遊牧民たちを……」

「まるで獣のような眼光だった……」


 畏れと好奇心が入り混じる噂が広がる中、ハラルドは王都の片隅で兵士たちの訓練場を訪れていた。

 彼の周囲に集まった兵士たちは緊張しながらも、興味深そうにその動きを見守っている。


「槍を構えるなら、獲物を狙う狼の気持ちでやれ」

 低い声で言いながら、ハラルドは一振りの槍を手に取った。

 軽く突きを放つだけで、空気が裂ける音が響く。


「……す、すげえ……!」

「これが北方の王……」


 兵士たちがざわめく。

 ハラルドは口角をわずかに上げた。

「悪くない。お前たちには“守るための力”がある。ならば――俺が誓いを立てよう」


◆ ◆ ◆


 一方、蓮は評議会に仲間を集めていた。

 そこにはイリス、リーナ、ミスト、カイエン、ネフェリス、ノア、そして招かれたハラルドの姿がある。


「北方で起きている異変は放置できない」

 ミストが淡々と報告する。

「星々の揺らぎは拡大を続けています。このままでは周辺世界に“均衡の干渉”が波及する可能性が高い」


「つまり、また俺たちが戦うことになるってわけか」

 カイエンが苦笑混じりに呟く。


「その覚悟があるなら、話は早い」

 ハラルドが腕を組み、鋭い視線を投げる。

「俺は北方の民を導く王。だが同時に、星の兆しを読む者でもある。均衡の影が迫るなら、俺は狼の名に懸けて抗おう」


「……あなたが一緒に戦うってこと?」

 ネフェリスが目を丸くする。


「そうだ。ただし、条件がある」

 ハラルドは椅子から立ち上がり、蓮に近づく。

「蓮、この国の王よ。お前が“逃亡者”ではなく“創世者”として立つ覚悟を示せ。それができるなら、俺は灰狼の誓約を捧げよう」


◆ ◆ ◆


 場の空気が張り詰める。

 蓮は少しの間、黙ってハラルドの眼を見返した。

 その瞳はまるで、本物の狼のように鋭く、嘘や弱さを許さない。


「……俺は逃げて、この国を作った」

 蓮はゆっくりと語り出す。

「でも、今は違う。逃げ場じゃなく、“未来を創る国”にしたい。俺たちは均衡に振り回されるんじゃなく、自分たちで進む」


 その言葉に、仲間たちが頷いた。

 リーナは剣を掲げ、力強く言う。

「私も誓うわ。この国を守り、未来を切り拓く」


 イリスもまた、柔らかく微笑んだ。

「あなたが選んだ道なら、私は隣に立ち続ける」


 カイエンやネフェリス、ノアもそれぞれ言葉を重ねる。


 ハラルドはしばし沈黙し――やがて、右手を胸に当てた。


「よかろう。ならば俺も誓おう。灰狼の血にかけて、この国と共に戦うことを」


 彼の言葉と共に、重い空気が解けた。


◆ ◆ ◆


 その夜。

 王都の広場では、ハラルドを迎えての祝宴が開かれた。

 肉を焼く香ばしい匂い、果実酒の甘い香りが漂い、民は歌い踊る。


 ハラルドは大きな杯を掲げ、一口で飲み干した。

「悪くない酒だ。北方の硬水ではこうはいかん」


 民衆の間から笑い声が上がる。

 その様子を見て、蓮は安堵の息をついた。


「……仲間が増えるって、やっぱりいいな」

「ええ。きっとこれからの戦いは厳しくなる。でも――」

 イリスが蓮の手を取り、優しく微笑む。

「あなたはもう一人じゃない」


 蓮はその言葉に力強く頷いた。


◆ ◆ ◆


 こうして――

 「灰狼の王」ハラルドが正式に加わり、蓮たちの国は新たな同盟を得た。


 だが同時に、北方から迫る“均衡の影”が確実に現実のものとなりつつある。

 未来を紡ぐ楔は、さらに重い選択を迫られることになるのだった。

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