第53話第 兆しの訪問者〈ハラルド・ゲスト〉

 建国から幾度もの試練を乗り越え、蓮たちの国はようやく安定期に入りつつあった。

 王都には市場が立ち並び、各地から集まった人々の声で賑わいを見せている。

 工房からは鉄槌の音が響き、農村では新たに開拓された大地に緑が芽吹いていた。


 だが――静かな繁栄の裏には、新たな波紋が近づいていた。


◆ ◆ ◆


 その日、蓮は評議会の報告を受けていた。

 ノアが資料を広げ、冷静に説明する。


「周辺諸国の一部が、我が国の急速な発展を警戒し始めています。特に西方の都市国家連合リュミナ・コンソルシアは、貿易路の独占を懸念している様子です」


「まあ、これだけ急に人も物流も集まれば、あっちも焦るよな」

 カイエンが肩をすくめる。


「それだけじゃないわ」

 ミストが追加情報を表示する。

「西方だけでなく、北方の遊牧連合からも“使者”が派遣されるとのこと。名は――《ハラルド》。各部族を束ねる指導者であり、“灰狼の王”と呼ばれている人物です」


「灰狼の王……なんだか物騒な響きだね」

 ネフェリスが不安そうに眉を寄せる。


「でも、彼が来るのは好機かもしれない」

 リーナが剣を置き、真剣な目で言った。

「遊牧連合は戦闘力が高い。もし敵に回れば厄介だけど、味方になれば心強い」


 蓮はしばし考え込み、やがて頷いた。

「……受け入れよう。話を聞かずに拒めば、敵意を買うだけだ。俺たちは“未来を紡ぐ国”を掲げたんだ。まずは信頼を示すべきだろう」


◆ ◆ ◆


 数日後。

 王都の城門に、灰色のマントを羽織った一団が姿を現した。

 彼らは精悍な顔立ちをした戦士たちで、背には独特の装飾を施した槍や弓を背負っている。

 その中央を歩く男が――ハラルドだった。


 長身で、銀灰色の髪を後ろに流し、鋭い狼のような瞳を持つ。

 彼の歩みには威圧感があり、門兵たちですら息を呑むほどだった。


「……随分と立派な国になったものだな」

 低く響く声が、風に乗って広がる。


 蓮は仲間を伴い、城門前で彼を迎えた。

「ようこそ、遠路はるばる。我らの国へ。俺は蓮。この国をまとめる者だ」


 ハラルドはじっと蓮を見据え、やがて口角をわずかに上げた。

「お前が噂の“逃亡者王”か。……ふむ、ただの若造ではなさそうだな」


 リーナが思わず剣に手をかけそうになるが、蓮が手で制する。


「噂はどうあれ、俺たちは“ここに居場所を求める人々”を守りたいだけだ。それ以上でも、それ以下でもない」


 ハラルドはしばし沈黙した後、深く息を吐いた。

「……気に入った。口先だけの王なら、この場で狼の餌にしてやろうと思っていたが……お前は違うようだ」


 背後の戦士たちがざわめくが、ハラルドは手を上げて静める。


「だが勘違いするな。俺がここに来たのは同盟を結ぶためではない。俺は――“均衡の兆し”を追って来たのだ」


◆ ◆ ◆


 「均衡……?」

 イリスが思わず声を上げる。


 ハラルドは重々しく頷いた。

「北方の大地で、不可解な現象が起きている。星々がざわめき、夜空に“虚の影”が揺らいでいるのだ」


 ミストが目を細め、データを確認する。

「……確かに。観測値に揺らぎがある。これは以前、調整者アークと対峙した時の波動に近い」


「つまり、“次なる調整”が動き始めている……?」

 ノアが低く呟いた。


 ハラルドは蓮を見据え、言葉を続けた。

「我が民は星を読む。兆しが示すのは――“この国が試される時が近い”ということだ。俺はそれを確かめに来た」


 沈黙が広がる。

 蓮は拳を握りしめ、そして真っ直ぐにハラルドを見返した。


「試されるなら、受けて立つさ。俺たちは逃げるために国を作ったんじゃない。未来を選ぶために、ここにいるんだ」


 ハラルドの瞳に、わずかな笑みが浮かんだ。

「……いい目だ。ならば俺も、この目で見届けてやろう。お前たちが“未来の楔”となるかどうかをな」


◆ ◆ ◆


 こうして――灰狼の王ハラルドは、この国に滞在することとなった。

 彼の来訪は、新たな均衡の波乱を告げる“兆し”であり、同時に蓮たちの物語をさらに大きく動かす始まりでもあった。

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