第13話

 ベンにとって、それは苦い思い出だった。なぜ、確率による死が全員に与えられないのか。

 ベンは、これまで見送った人々のことを思い浮かべる。父親のジェームズ、継父のエリック、そして母親のローラ。若くして不覚醒になった姉のソフィア、三人の子供に恵まれた妹のクロエ。みな、眠りの中でこの世を去って行った。

 確率なのだから、最後まで当たらない者が出てくることは避けられない。わかっていても、ベンは理不尽さを感じずにはいられなかった。私ももう八十代後半だ。いつ一体が止まっても不思議ではない。そうなると、ローレンのようになるかもしれない。そうならないためにも、健康に過ごし、危ない行動を避けるようにしなければ。

「おじいちゃん、おじいちゃんの番だよ」とサムに言われ、ベンは我に返る。

「ああ、ごめん。ちょっと待ってて」とベンは答え、自分が有利になりすぎないような一手を考える。


                * * *


「同期後不覚醒の話題を出したときの地球人代表の様子は不自然だったな」とゼナ星人高官の一人は言う。「対策を見つけたという口実で、間引きを止めようと思ったんだが」

「ちょっとコンピューターに聞いてみるか。おい、説明してくれ」と別の高官がコンピューターに向かって話す。

「計算通りです」とコンピューターは返事する。「地球人の生態から判断すると、肉体的・精神的な死への恐怖が薄れていると推測できました。我々はそれに、ちょっとした確率の揺らぎを与えただけです。結果として、地球人は間引きを計算に入れた社会システムを構築することになり、それなしの社会には戻れなくなっているのです」

「なるほど」と最初の高官が言う。「例えば、遺体引き取り業者が失業する、とかか」

「それだけではありません。毎日の五〇%の記憶引き継ぎに加え、低確率の同期後不覚醒が加わることにより、大部分の地球人は、日々近づく存在としての『死』から解放されているのです。運悪く長生きしてしまい、『死』と直接向き合うはめになった人、また、そのような人と親密だった人は、その運命をつらく思っています。例えば、このように」

 コンピューターはベンのネットの投稿を画面に映す。それは、ローレンの最期の苦しさと、自分がそうなるのではないかという恐れについて書いたものだった。

「それは当たり前のことだろう」と二人目の高官は言う。「生き物である限り、その終わりが苦しいものであることは避けられない。我々だってそうだ。私の父も母も、地球の地面を踏めないことを心残りに思いながら、高齢から来る体の衰えや病気によって苦しみながら亡くなった。それは運命じゃないのか」

「地球人は違う意見を持っているようですね」とコンピューターは返事をする。「それは、我々がもたらしたものですが」


                * * *


 ゼナ星人の地球到来から一年ほど経ったある日、ベンは同期後不覚醒でこの世を去った。それが、ベンの投稿をコンピューターの画面で見たあるエンジニアの手によるものだということは、そのエンジニア本人以外は誰も知らなかった。ベンに同情した彼女は、ある適当な一日にベンが不覚醒になるように、特別な処理を入れたのだった。

 同じような立場の人すべてにそのようにすることはできない。そうしてしまうと、確率によって死がもたらされるという前提そのものが崩壊してしまう。それでも、自分が偶然目にした人ぐらいは死の恐怖から解放してあげたい。自己満足だとは思いながらも、彼女はその気持ちに従ったのだった。


                * * *


 ゼナ星人のコロニーから地球への移住は着々と進み、かつて地球人が住んでいた地域すべてに広がっていった。一方、地球人は、同期後不覚醒によって人口を急速に減らしていった。名目的に残っていた同期後不覚醒対策委員会は、うやむやのうちに解散した。


 長い年月が過ぎた。

 地球人の人口は約五万人——成人後の二体者を計算に入れると約九万体——になり、保護区の面積もそれに応じた小さなものになっていた。


 ゼルラは二人の子供を連れて地球人保護区に来ていた。夫のダマクが一か月前に事故で亡くなり、落ち込んでいたところだった。その様子を見て、友人が勧めてくれたのが保護区訪問だった。人生について考えるのによい場所だと言うのだ。

「地球人保護区へようこそ。ガイドのルーカスです」青い腕時計をつけた地球人ガイドが挨拶する。

「こんにちは、ゼルラよ。よろしくお願いします」

 二人の子供たちは、自分たちと異なり鱗のない地球人を興味深そうに見ている。

「ゼルラさん、よろしくお願いします。本日は、地球人生態歴史博物館のご見学ということでよろしかったでしょうか」

「はい」

 ゼルラも子供たちも、地球人の歴史や生態については教科書や動画などで知っていた。それでも、実在の地球人から話を聞くことは、異なる体験になるだろうと思っていた。

「それではご案内します」

 博物館には、地球文明の歴史に加え、二体体制の歴史にも重点が置かれていた。

 皮質統合不全症の発生、それへの対策としてのクローン、脳の同期、汎用型の肉体のストック、一体停止時の補充、また同期後不覚醒など。今では、同期後不覚醒は、地球人の生態の一部として説明されていた。


 昼食時間は自由行動で、午後からまたルーカスと合流した。今回のルーカスは赤い腕時計をつけていた。

「あら、腕時計の色が違うのね」

「はい。生態展示の一環として、午前と午後で別の体が担当しています。といっても、会話ログで引き継ぎをしていますので、午前中のことも把握していますよ」

「そういうことね」とゼルラは感心する。

 午後は保護区の散策だった。

「同じ顔をした人たちを二人ずつ見かけるということはないのね」とゼルラは聞く。

「そうですね。二体が別々の生活をすることによって、同時に停止することを防ぐというのが、二体体制の趣旨ですから」とルーカスは答える。

「あなたは二体体制の恩恵を受けたことがあるの?」

「はい。実は、一体が農作業中に機械に轢かれたことがあって」とルーカスは答える。「その一体は止まってしまったんですけど、その後肉体が補充され、今では二体に戻っています。観光ガイドになったのはその後からです。一体停止経験者のほうがガイドに向いていると言われていますので。停止時の動画もありますが、ご覧になりますか?」

「いいえ、けっこうよ。実は、夫のダマクも農作業中の事故で亡くなったの」

「そうとは知らず、失礼しました」とルーカスは驚いて言う。身内を亡くしたゼナ星人が訪れるのはよくあることだったが、自分の一体の停止原因と同じ死因というケースは初めてだった。

「いいえ、大丈夫。あなたのご家族はそのことでショックを受けたりしなかったの?」

「はい、ご存じのように、地球人にとって、一体の停止は何でもないことなので。妻も子供も、私が一体の間は外食クーポンが配られるので喜んでいましたよ」

 ゼルラはしばし無言になる。この人の奥さんと私とで、自分の夫に起こったことは同じなのに、どうして私だけつらい思いをしているんだろう?

 帰途、ゼルラはその気持ちを子供のオーヴェンとオミナに話す。

「私たちも、地球人みたいだったらよかったのに」

「でも、地球人はそのせいでぼくたちに滅ぼされたんでしょ」とオーヴェンは言う。

「そうよ。学校では、私たちが地球に来たころに、たまたま地球人の同期後不覚醒が始まったって言ってるけど、実際は私たちがやったというの、みんな知ってるよ」と、オミナは少し罪悪感を持った様子で言う。

 ゼルラは否定しない。そのことは公然の秘密だった。

「確かにそうね。でも、亡くなったお父さんのことを考えると……」

 オーヴェンとオミナは沈黙する。彼らも、父親が生きていてくれればという気持ちは同じだった。

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