第14話

「それでは、肉体冗長性確保検討委員会を始める」と議長が言う。

 ゼナ星人たちは、地球人のシナプス同期システムを参考に、自分たちの種族にそれが応用できないか研究を続けていた。それが完成したのがつい先日のことだった。

「地球人は、我々とは違い、成人後はひとつの人格につき二つの肉体を持ち、冗長性を持たせるというシステムを採用している。それについて説明してくれるかな、オミナ博士」

「はい。まず、歴史的な経緯からご説明します。かつての地球人は、有害な遺伝子変異が広がった結果、年に一%程度の確率で皮質統合不全症という症状により死亡するようになっていました。その中で形成されたのが二体体制です。ひとつの人格につき二つの肉体を持つことにより、人格の継続性が失われることを防ぐというのが目的です。二つの肉体は、夜ごとに、五〇%の確率で、いずれかが送信元として選ばれます。もう一体にはシナプスデータの差分が送信され、記憶が上書きされます」

「そのメリットにはどういうものがあるかな」と議長は促す。

「初めは皮質統合不全症への対策として始まったこの体制ですが、結果として、他のさまざまな要因による死も防ぐことができました」とオミナ博士は続ける。「そのことには多くの利点があります。まずは、個人に属する知識が失われることを防ぐという点です。二体は毎晩ブリーフィングを行うため、ほぼ同じ知識を維持することができます。差分は一日分しかないため、例えば、新しい発想を得た数学者が、その発想をもう一体に伝えるということも難しくありません」

「なるほど」

「次に、親しい人の突然の喪失という事象から解放されるという点です。特に子供にとって、親が死ぬということのショックは計り知れません」とオミナ博士は言う。「私としては、この点は特に大きな利点だと考えています」

「ありがとう。このシステムのデメリットもあるのかな」

「はい、あります。ただし、これは地球人には必ずしもデメリットとは受け止められていないのですが——死というものに対して慣れるという点です。この体制では、人々の精神は、毎日五〇%の確率でしか次の日に持ち越されません。これは、精神に注目すると、毎日五〇%の確率で死ぬのと同じようなものです。一方、肉体は使い捨てのものとして扱われ、損傷があると交換されます。このため、地球人は精神・肉体の両面において、死に対する感覚が鈍麻しています」

「それは、まさに我々が利用したところだ」と参加者のひとりが言う。「死への恐怖が曖昧になった結果、我々の間引きに対してまで鈍感になったわけだからな。それは確実にデメリットだろう。将来、地球を狙って、また別の種族がやって来ないとも限らない。種族の繁栄を考えると、我々がそれを採用することは、非常に危険なことだと言わざるを得ない」

「その懸念はごもっともです」とオミナ博士は答える。「我々が地球人と同じ道を歩んではいけません。地球人が我々の間引きに脆弱だった理由のひとつに、夜中に一斉に同期を行っていたという点があります。これは、同期の時間帯をずらすことで対応できます。また、同期装置のハッキングが可能だったのは、それが常時ネット接続されているということによるものです。二体間の同期のためには、本来はその必要はありません。肉体補充の際などにはリモートでのデータのやり取りの必要がありますが、そのような場合には、リモートでのデータの送受信は別デバイスで行い、そのデバイスと同期装置の間では物理メディアでデータを移動するといった方法が考えられます」


                * * *


 委員会は最終的に、可能な限りの対策を施したうえでの二体体制の採用を決めた。急激な肉体数増加を防ぐために、二体体制移行には枠が設けられたが、その枠は常にいっぱいになった。

 ゼナ星人が徐々に二体体制に移行する一方、地球人は着実に数を減らしていった。そして、人口が数百人になったあたりで、その減少は勢いを増した。全体数が少なくなることにより、マッチングプログラムが算出する相性値が基準を上回る男女ペアが激減したのだ。

 あえて相性がよくない相手と結婚することもないと思って独身を選ぶ者が増え、最後の地球人たちは、子供を作ることなく、二体ずつ、同期後不覚醒によって死んでいった。ゼナ星人は、最初の会合の後も、何度かそれへの対策を申し出てきたが、そのたびに地球人に断られてきたのだった。

 そして、成人したゼナ星人がすべて二体体制に移行したころのある朝、最後の二体の地球人は、目を覚ますことなく静かに息を引き取った。


                * * *


 数世代が過ぎた。

 ゼナ星人の二体体制は、次第に利便性を重視する方向に進んでいった。同期装置はネットに常時接続するようになり、肉体補充時の面倒なデータ移動はなくなった。そして、時間帯をずらした同期も、最終的には廃止されることになった。


 全員が同時に同期を行う最初の夜。

 地球上の灯りは、夜になった部分から、少しの時間差を置いて整然と消えていった。

 その無防備さは、誰かを誘っているようにも見えた。


 ===エピローグ===


 ある日、セリオン星の偵察部隊が、隕石を装って、誰にも気づかれずに太平洋に着水した。


 彼らの出身惑星であるセリオン星はタレン星との二重惑星であった。セリオン星で文明を築いた彼らの一部は無主の地であったタレン星に植民し、二つの惑星はしばらくは平和に共存していた。しかし、タレン星の植民者が自分たちに遺伝子改造を行い、元のセリオン星人とは交配のできない別種族となるとともに、タレン星人はセリオン星を、自分たちが「劣等種族」とみなすセリオン星人から奪い、自分たちのものにしようとした。戦闘が始まると、セリオン星人の劣勢は間もなく明らかになった。不利を悟ったセリオン星人は、交渉の結果、セリオン星を放棄してスペースコロニーに移住することで殲滅を免れた。セリオン星人は、いまや帰るところのない宇宙の流浪の民となり、安住の地を探していた。


 数日後、申し合わせておいた森の中の集合地点に集まったセリオン星人たちは、地球の状況についてお互いに報告し合った。

「来る途中、海岸で四本指の手袋を見つけた。どうやらこの星の住民は四本指らしいな」

「ゴーストタウンを見つけたんだが、そのドアや天井の高さからすると、我々よりは少し背が低いようだ」

「いや、山の中で転落死したような白骨死体を見つけたが、我々より背が高く、指は五本だったぞ」

 その中で、先に集合地点に到着し、実際に住民を観察していたセリオン星人たちが言う。

「我々はこの目で住民を確認したから確実だ。彼らの身長は我々と大差なく、また指は六本だ」

 彼らは困惑した表情を浮かべ、顔を見合わせる。

「どうやら、この惑星については、もう少し調べる必要がありそうだな」


 目立たないように地質調査を行ったセリオン星人たちは、数々の遺物の年代鑑定ののち、驚きの声を上げる。

「どういうことだ。少なくとも、十一の異なる種族による文明の痕跡がある」

「外来の種族による征服を繰り返してきたということか。それにしては、戦争による破壊の痕などはなかったが」

「何か、文明の滅亡をもたらすような要因があるんじゃないか。火山噴火とか、放射能とか」

「そういうことがあったら、埋葬されていない死体が数多く残りそうなものだ。しかし、そういう形跡もない」

「何らかの病原体という可能性はないだろうか」

「いや、どの種族もそれぞれ別の起源を持つ生命のようだ。それらにすべて感染可能な病原体なんて考えられない」

「それにしても、これだけの数の文明が、理由もなく滅びるというのは不自然だな」

 セリオン星人たちはしばらく、その不可解な状況の解釈をめぐって話し合う。

「ひょっとして……」と、若いセリオン星人がつぶやく。「呪い、とか」

「馬鹿なことを言うな」と、他のメンバーたちは即座に否定する。「我々が宇宙を超えてここまで来られたのは科学技術のおかげだろう。呪いだなんて、くだらない」

「でも……」彼は不満げだが、根拠を示せるわけもない。彼は諦めて黙る。

「それより、面白いニュースがある。この惑星の住人たちは、実に奇妙な生態をしている。彼らは、ひとつの人格ごとに二つの体を持っていて、それを夜ごとに同期しているんだ」と一人が言う。

「ひとつの人格ごとに二つの体か」と別の一人が言う。「確かに面白い。同期中は無防備だろう。本部に報告したら、コンピューターがいい計画を立ててくれるかもしれないな」

「ああ」

 彼らは、終の住処となる惑星の獲得の期待に胸を膨らませ、この惑星の現生住民の生態を報告すべく、資料をまとめるのだった。

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二体文明 @hiroshima_pot

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