第三部
第12話
同期後不覚醒が始まってから七十五年。地球人の人口は、それが始まった当時の一〇〇分の一程度になっていた。
徐々に人口を減らした地球人は、初めは都市を、次には大陸を、ひとつひとつ放棄していった。そしてついに、最後の大陸が無人となり、地球の全人口は、南半球の海に浮かぶ二つの島に集まることになった。
その背後には、ゼナ星人による巧妙な誘導があった。彼らは、他の地域では同期後不覚醒率を高めに調整する一方、その島々ではそれを七〇〇〇分の一に保っていた。そのほかにも、ネットでの世論誘導も継続的に行っていた。いわく、少なくなった人口が散らばっていると非効率で、文明の維持に支障が生じる。自然な過疎化に任せるのではなく、未来を見据えて、計画的な縮小を目指すべきだ、と。それは当を得た意見でもあった。
島々への地球人の移住が完了した後、満を持して、月本部のゼナ星人を乗せた宇宙船が地球に降り立った。早速、ゼナ星人と地球人との首脳会談が設定された。
「地球へようこそ。ゼナ星から地球までは十光年以上も離れているとのことですが、どういったご用事でいらっしゃったのでしょうか」
「実は、我々は住むところを探しているのです」と、ゼナ星人代表はまずは事実通りに話を始める。「我々を育てた星であるゼナ星は、地磁気や地殻活動などの問題で住みにくくなり、我々はシリンダー型のコロニーに分散移住しました。しかし、地上生活への憧れは捨てがたく、我々は安住の地を求めて探索を続けてきました。その中で、あなたがたの惑星を見つけ、その環境のすばらしさに感銘を受けました。つきましては、ぜひ空いているところに住まわせていただけたらと思いまして」
「なるほど、そういう事情だったのですね。ところで、地球のことはいつごろお知りになったのでしょうか」
「数百年前です。実は、すでに多くのコロニーを太陽系近くまで移動させてあります。また、我々は月の裏側に基地を作り、失礼ながら、そこから隠れて観察させていただいておりました。もう七十五年になります」
七十五年。もちろん、偶然ではあり得ない。ゼナ星人は、地球人の間引きが自分たちの手によるものだと匂わせ、反応を見るつもりだった。地球人がかつて持っていた大量破壊兵器はすでに無人の大陸に打ち捨てられている。自分たちがされてきたことに地球人が気づいても、時すでに遅しだ。
しかし、しばらく他のメンバーとひそひそ話し合ったのちに地球人代表が発した言葉は、ゼナ星人の予想に反し、穏やかなものだった。
「そうだったんですね。ちょうどそのころ、我々のほうでは、何らかの原因で二体が——我々の二体体制についてはご存じだと思いますが——同時に目を覚まさなくなることが増えました」
「それはそれは」と、地球人の意図を計りかねながら、ゼナ星人は無難に相槌を打つ。
「奇妙な偶然もあるものですね」と地球人代表は続ける。「我々はその同期後不覚醒の対策を探していたのですが、見つからないまま、現状の人口になってしまいました。つきましては、我々が使わなくなった土地については、お住みいただいてかまいません。相応の対価がいただければ、民意も納得するでしょう。例えば、ゼナ星の科学技術の提供など」
「はい、まったく問題ありません」とゼナ星人はほっとした声で言う。なるほど、そういうストーリーで行くということか。とにかく、これで目的達成だ。これ以上間引きを続ける必要もないだろう。対策を見つけたという体で、おしまいにするか。
「技術といえば、同期後不覚醒の件ですが……」とゼナ星人が切り出す。
「いえいえ、その件は我々のほうで原因究明に向けて鋭意調査を行っておりますので、ご心配には及びません」と地球人代表は先回りして慎み深く辞退する。
* * *
赤い腕時計をしたベンは、二体用のマンションのリビングで、ゼナ星人と地球人の首脳会談をテレビで見ていた。
インターホンが鳴る。娘婿のダニエルとその妻のサラ、そして孫のサムだ。
「おじいちゃん、こんにちは」
「いらっしゃい。よく来たね」
サムは九歳。ベンの血がつながった孫だ。娘のリリーが三年前に不覚醒になり、ダニエルが再婚した後も、ダニエルはサムを遊びに連れてきてくれる。ありがたいことだ。
「もう一体は散歩に出ているよ。どうも、昼間一緒にいるのは慣れなくてね」とベンは言う。定年退職後は二体とも家で過ごす人も多いが、ベンはそうではなかった。
「私たちのもう一体は家でグレースの面倒を見ています」とサラは言う。二年前に生まれたサラの子供だ。可愛い盛りだろう。
テレビから、首脳会談の様子が聞こえてくる。
『……その件は我々のほうで原因究明に向けて鋭意調査を行っておりますので、ご心配には及びません』
「どうやら、私たちの暮らしはあまり変わらなそうだな」とベンは言う。
「そうですね、実は心配していたんですよ」とダニエルは笑う。
ダニエルの仕事のひとつは、同期後不覚醒となった遺体を引き取り、処分場まで運ぶというものだ。ルーチンワークではあるが、それなりの人気があった。
「おじいちゃん、チェスをしようよ」とサムが言う。ベン譲りでチェスが好きなのだ。
「ああ、いいよ。準備するから待っててね」
ベンは棚からチェスボードと駒を取り出す。ベンの祖父ケンから受け継いだものだ。ボードは角がすり減り、駒はひっかき傷だらけだったが、遊ぶうえでの問題はなかった。
サムのチェスはそれほど強くない。ベンは、手加減して指しながら、最近亡くなった三人目の妻のローレンのことを考えていた。
* * *
ローレンはベンが五十五歳のときに再婚した相手だ。七十八歳まで二体だったが、一体が交通事故で止まり、その後八十二歳で癌にかかっていた。
癌は、人類が今に至るまで根絶できない病気のひとつだった。ローレンは、死の前の時期は病院で緩和治療を受けていた。
「私、死ぬのが怖い」ベンがローレンを見舞いに行ったある一日、ローレンはベンに言った。「薬で抑えてもらっているけど、それでもすごく痛いときもあるし、息苦しいし、体もガリガリになっちゃったし。自分が死に向かっているというのが怖いの」
死への恐怖。それを感じる人はごくまれになっていた。七十五歳の肉体補充停止まで同期後不覚醒にならずに生き延び、その後一体が止まり、それからさらに病気にかかるといった、かなり珍しいケースだ。だが、ローレンはそれに該当していた。
「あなたがうらやましいわ」とローレンはベンに言うのだった。「あなたはまだ二体だから、不覚醒になって、私みたいな苦しい思いをしないでいいかもしれないわよね」
数年前、一体者用のヘッドギアが発売された。この機械は、二体者用のもののように五〇%の確率で送信元と送信先を選ぶのではなく、常に送信元として機能する。送信先は、ネットの先のサーバーだ。仮想人格としての復活の可能性のためというのが表向きの理由だった。
しかし、実際の目的は別にあった。このヘッドギアは、二体用のヘッドギアとほぼ同じソフトウェアを使用し、同じ脆弱性を持っていた。その結果、このヘッドギアをつけて眠った一体者は、二体者と同じように、七〇〇〇分の一の確率で同期後不覚醒になるのだった。安楽な死の可能性を諦めたくない一体者は、これに希望を託していた。
ローレンも、癌の発覚後、一晩だけこれを使ってみたことがあった。可能性は低いが、安らかに死ねるかもしれないと思ったからだ。しかし、その夜は睡眠導入剤を飲んでもなかなか寝つけず、翌朝目が覚めたときは、冷や汗でパジャマがびしょ濡れになっていた。
一体が止まって以来、ローレンは、夜寝ると、翌日の朝、自分が確実に目を覚ますということに慣れてしまっていた。二体時代には、自分が目を覚ます確率が五〇%でも四九・九九%でも大した違いはないと思っていたのに、目を覚ます確率が一〇〇%になった今となっては、そこから少しでも下がるのは、それとはまったく違うことのように思えた。その後、ローレンが一体者用のヘッドギアをつけることはなかった。
「君も、寝ている間に苦しまずに逝けるかもしれないよ」とベンは気休めを言った。
「そうだといいわね」と、気休めだとわかりつつも、ローレンは答えた。
一か月後、ローレンは苦しみながら、混濁した意識の中で亡くなった。
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