第11話

 子供たちを学校と保育園に送り、ジェームズの遺体引き取りに対応した後、ローラたちは相談する。

「やっぱり再婚したほうがいいよね」

「それはそうよ。ソフィアはまだしも、ベンとクロエのことを考えると、私までいなくなったら困るしね」

 赤い腕時計のローラは、腕時計のボタンを押して話しかける。

「パートナー不覚醒者用のマッチングサービスに登録して」

「わかりました」

 適切な情報がサービスに送信され、早速マッチングが始まる。

 しばらくして、腕時計が結果を伝える。

「ローラさんの勤務先の、数学教師のエリック先生が二か月前から登録されています。年齢は五十三歳。子供は成人して一人暮らしの十九歳の男の子と、小学生の十一歳の女の子です」

「あら、エリック先生、そうだったんだ。あんまり話す機会がなかったけど、悪くなさそうな人だよね」

「デート申請してみようか」

「うん、そうだね。アシスタント、デート申請お願い」と今度は青い腕時計のローラが時計に話しかける。

 申請の送信後、一分も経たずに、「承諾されました」と腕時計が告げる。

「早いね」

「パートナー不覚醒者は、再婚までの間、マッチングに専念できるように一体分の休業手当が出るって言うもんね」

 ローラはしばらく電話でエリックとテキストのやり取りをしていた。二体の電話は同期されているので、相談しながら入力している。ほどなくして、デートの時間と場所が決まった。

「どっちが行く?」と、赤い腕時計のローラが聞く。

「今日の色は青だから、私じゃない?」

 ローラも、他の多くの人と同じく、色が一致したほうが望むほうを選ぶというやり方を採用していた。

「あ、行きたいんだ」と赤い腕時計のローラはからかうように言う。

「わかってるでしょ、私なんだから」と青い腕時計のローラは答える。お決まりの茶番だ。

 どうやら、エリックとのデートは、希望が持てそうだった。


                * * *


 同期後不覚醒を前提とした社会システムは、ゆっくりと、しかし着実に、組み立てられていった。職場では、いつ不覚醒になっても引き継ぎができるように、予定後任者ペアを形成するようになった。ペアの片方が不覚醒となった場合、もう片方がその仕事を引き継ぐ。そのために、普段から時々お互いの職場に行き来するのだった。

 予定後任者は低リスク労働の一体にのみ設定された。高リスク労働のほうは、以前から、一体が失われたときなどのために個人への依存を少なくするようになっていたので、引き継ぎの必要はほとんどなかった。


                * * *


 待ち合わせ場所には、エリックが先に着いていた。

「エリック、お待たせ」青い腕時計のローラが声をかける。

「こんばんは、ローラ。職場で会うときと全然印象が違うね。きれいだよ」とエリックが答える。

「ありがとう」

 お世辞だろうとは思っても、悪い気はしなかった。


 雰囲気のいいレストランで、二人は食事しながら会話をする。

「最近、新しい人が増えたよね」とローラが言う。

「そうだね。学校は生徒が減らないから、後任者を受け入れるほうになりやすいよね。他の職場では規模を縮小しているところが多いみたいだけど。ジェームズさんの職場はどうだった?」とエリックは尋ねる。不覚醒パートナーについての話題はタブーではなかった。

「ジェームズのオフィスの仕事は旅行代理店だったんだけど、人口が減ってるからこの地域からの撤退も検討してるみたい。オリビアさんはどういう仕事をされていたの?」とローラはエリックの不覚醒パートナーについて尋ねる。

「オリビアは市役所と介護施設の職員だったよ。やっぱり市役所のほうは人員を減らしているそうだ。人口も減っているみたいだしね」

「人口といえば、この地域は不覚醒率が高めみたいね」

「うん。実は、それで引っ越しを考えていたところだったんだ」と、エリックは近くの大都市の名前を挙げる。

「あら。私たちもそこに引っ越そうかと思っていたところ。一番上のソフィアが来年成人で、一番下のクロエが小学校に入るから、そのときにしようかと思って」

「うちのシャーロットは来年中学校なんだ」とエリックは答える。「タイミングがいいな」

 デートはいい雰囲気のまま終わった。エリックとローラは次回のデートの約束をし、その日はそのまま別れた。


 ローラの夜のブリーフィングの時間。

「じゃあ、私からね」と赤い腕時計のローラ。その日の色と腕時計の色が違うほうからというのがローラの習慣だった。普段であれば、そちらは電気工事士をしてきたほうのはずだが、その日は家にいただけだった。「私のほうは晩ご飯はピザにした。何だかお祝いみたいで、ちょっと気が引けるけどね」

 一応は、ジェームズが不覚醒になったことを喜ぶのは悪いことだという意識が少しはあるのだった。

「クロエはどうだった?」

「お父さんは遠くに行ったという話を信じてくれたみたい。ソフィアとベンも口を合わせてくれたし」

「そっか、よかった。ビデオ通話とかしないで大丈夫かな? あの、人工知能が顔と声を再現して通話相手になってくれるというあれ」

「会いたいと言われたらでいいと思うよ。今のところは問題なさそう。人工知能は一時しのぎにはなるけど、再婚するときに話が複雑になるしね」

「それもそうね」

「そうそう、エリックとはどうだった?」と赤い腕時計のローラが聞く。

「長いから、まずは書き起こしを読んで」

 赤い腕時計のローラはそれを読み、感想を言う。

「普通ね」

「そう? 私は雰囲気とか声とかが気に入ったけど」

「そういうのは伝わらないもんね」と赤い腕時計のローラは残念そうに言う。


 次の日に記憶を引き継いだのは、デートに行かなかったほうのローラだった。一体は家に残り、もう一体は高校に出勤する。

 高校に出勤したローラは、偶然エリックに会う。

「あ、エリック先生、おはようございます」

「ローラ先生、おはようございます。昨日はどうも」

「実は、私じゃなかったんですよ」とローラは笑う。「次回は残るといいですね」

「実はぼくも」とエリックは苦笑する。

 二人の距離が縮まるのには、もう少し時間がかかりそうだ。


                * * *


 不覚醒が始まって以来、人々は、生活に余裕が出てきたことに気づき始めた。パートナー不覚醒者はパートナーの遺産を受け取るため、人々の資産額は増えていった。天然資源やエネルギーにも余裕が生まれた。

 一方で、懸念された人手不足はそれほど深刻にはならなかった。二体体制以降、機械から人間に戻り始めていた仕事は、再び機械が多くを担うようになった。また、不覚醒は二体の老人も対象となるため、高齢化はさほど進まなかった。

 不覚醒の唯一のマイナス面は、もちろん、その対象者が死ぬということだった。それでも、生活の余裕を考えると、自分の意識の引き継ぎ率が五〇%から四九・九九%程度に落ちることは大したことではないと密かに考える人は徐々に増え、誰も口には出さないまま、静かな多数派となっていた。こうした雰囲気の中で、同期後不覚醒対策委員会の仕事は、ますます形だけのものになっていった。また、人々もそのように望んでいた。

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