第25話 リスタート



「溶けた夢に浸るのは醜悪の化身〜永遠に目覚めぬ世界〜それとそれを守る者とつくる者〜嗚呼、なんて儚い世界なんだ〜無知は創造を創り、創造は夢を見る〜言葉にできないものを創るため、言葉にならないものを証明するため、そして、物語を始めるため――」

 死の化身は今日も夢から覚めた子羊に会いにいく。夢は覚めない方がいい。希望に満ちた楽しい夢なら、尚更。

 

「死の化身……」

 ビスはこの化身の名を知っていた。この化身の名は――死の化身テラー。まさかよりによってこんなときに現れるとは……運がない。

「セセセセカンドチャンスをやろうー!さあさあさあさあ眠りにつこうう。まだ夢を見ていたいだろう?さあさあさあ生を選べべべ!」

 ミコの周りにまとわりつく雲。煌めく星々。パチパチという希望を散らし、ミコは今生き返る――。

 数秒間の沈黙の後、廊下の中心に笑みを浮かべたミコが佇む。

 意味不明、ビスはその力に声が出ない。

 果たしてこれはどういうことなんや。こんな簡単に人が生き返るなんて、まるで神のおもちゃやないか……。どうする俺。ミコが生き返るなんて聞いてないぞほんとに――!?こんなのどう対処しろっていうんや。くそっ早くしないとソルが。

 

「ラストチャーンス!人生のラストチャーンス!」

 

 死の化身の声。鐘がゴンゴンと鳴り、胸の奥の鼓動と共鳴した。

 ライフルを持ち、迫り来るミコ。

「今ならやれる!私の力で夢を叶えられる!」

――まずいっ!この感じは、とてもじゃないがやれそうにない!

「くそっ、やるしかないんやろ!やるしか!」

 銃を握り、銃口をミコに向ける。

「うああああ!」バンバンと銃口から銃弾が花開くも虚しく虚空に散っていった。不自然なほどに軽やかにミコは銃弾をかわしていく。これは……もう逃げるしかない!

 急いで廊下の向こうを目指し、駆けていった。しかし、次第に足から血が吹き出し――床に倒れ込んだ。あがっと声を出す。ビスの背中を踏みつけるミコ。

 

「じゃあな」

「――待って」

 バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバン銃声の連続。背骨は砕かれ、血がドクドクと吹き出す。あられも無い方向に歪んだ生気のない少年は絶望の代名詞であった。

 これで確実に死んだだろう。

 これで正義は守られたのだろう。

 これで私の夢は叶うのだろう。

 いくつもの屍を積み上げた先に私が望む夢があるのなら、見させてくれ。いつか私を認めてくれよ。

「見させてくれよ、小鳥が囀る庭を――」

 そう言い、ナイフで自分の腕の肉を少しだけ削いだ。流れ出る血は床にポトポトと斑点を描き出す。

 ビスの死体、内ポケットから肉塊が入ったガラス瓶。少し錆びついた瓶を開けて、中の肉塊に自分の血液を垂れ流した。次第に肉塊はボビュボビュと蠢き出し、血液を飲み込んでいく。――これで、契約ができたはずだ。

 瓶を持ち、蓋を閉め、そっと服の中にしまった。

「さあ、仕事の続きをしよう!」

 空間の裂け目が現れ、別空間から2人、廊下に。フリーは死体のまま、ソルは意識がないままだった。ミコはそっとソルに銃口を向け、殺した。

「うーん……あと1人居たような気がするんだけどな。誰だっけ?あ、そっか。白髪の男!」

 銀髪の男。唯一今、気がかりな存在。苦痛の鳥核を持った奴だ。あの時は致命傷を与えたと思ったが……生きながらえるとはな。奴の名はアマデウス・シルウィウス・コリウス――病院についさっきまで居たはずじゃ……どこへ行った?

 廊下を歩きつつ、近場に誰かいないか目を配らせる。冷たい冷気が立ち込める中、ヴァニタスの安否を気にかけ、無線機を使って会話を試みようとしたが、ザーザーという不安を煽るノイズのみであった。知らない間にひっそり死んでなければいいが。

「居ないか……じゃあ、フリーを回収しよう!そしたら私は国からの評価が上がるに違いない!はは!夢が広がるな!」

 振り返り、廊下の中央――横たわるフリーの死体。近づいてその顔を覗きこむ。うん、死んでいる。鼻歌混じりの歌を歌い、死体を空間の裂け目に移動させた。これで仕事は終いだ。よく頑張った私!

 その時廊下の奥の方から誰かの気配。視線の先、そこに居たのはヴァニタスだった。

「ヴァニタス!いやぁ今回の仕事も楽勝だったな!まあ、このビス・クラヴィスには苦戦したけど。私の力で勝ったんだ」

「ミコ。まだ仕事は終わりじゃない。フリー・コルウスの死体の輸送がまだ残っているだろう。まさか、空間の化身と契約したのか?」

「ああ、私の血と引き換えにね」

「じゃあ、後は楽だな。ミコが研究チームまで死体、いや生き返ることを考慮するとその言い方はないな――フリー・コルウスを運べばいいだけだろう。まあ、白髪男の居場所が未だわかっていないのは難点だが、夢は苦痛に打ち勝てるものだろう?きっと大丈夫だ」

「……そうだな!」

「――そういえばミコ、あの時貸した園芸の本はまだ読み終えてないのか?」

「園芸の本?」

「おいおい冗談はやめてくれ。あの本をあの時確かにお前に貸したが。まさか忘れたんじゃないだろうな」

「忘れるわけないだろ!あの本だろ?確かに読んだ。だが、私には難し過ぎた。趣味を園芸にするのはやっぱりダメだよ」

「また1から趣味探しか。なら帰った後、俺に返してくれ」

「わかったよ!」

「あとそれと……ミコ。たまに俺はお前が二重人格なんじゃないかと思う。あの時のあれはなんだ?とてもじゃないが目に余るひどい光景だったぞ」

「な、見てたのか!?」

「少しだけな。遠くから窓越しに見えたんだ」

「そうか……あれはだな――」


 同時刻、贖罪を誓った永劫を司る神が戻る。

 目の前に広がる廊下の景色は――眼下に広がるのは、赤い赤い血溜まり。生気のない目で虚無を見ながら倒れていたのはビスだった。

「オルドから聞いたけど……こんな惨いなんて」

 思わず吐き気を催した。こんなのあまりにも酷すぎる。一体、ビスが何をした?なぜ、まだ青年の彼を、ビスを殺した?


「――そうか。それが君の答えか。なら僕は君が神に相応しいか常に見ておくことにするよ。あ、それとアマデウス、今ここから戻るっていうんなら1つ残念なことを伝えなければいけない。いいかな?」

 オルドは真剣な眼差しだった。

「ああ、いいよ……もう覚悟はできてるつもりだからね〜」

「じゃあ、伝えよう――今、フリーとビス、そしてソルの3人は死んでいる」

「は?……嘘だ!そんなことあり得ないあり得てはいけない……お前がやったのか!?オルド!!」

「まあまあ、落ち着きたまえよ。いいか?君は永劫の化身なんだ。これは試練みたいなものさ。今戻ってミコたちを殺すのも、過去に戻るのも君の自由だ。僕は君を手のひらで転がしたりしない」

「過去に戻る……なんで君は俺をここに呼び出したんだよ?」

「……君を救うためさ」

「俺がいたら助けてやれたかもしれないのにか?ふざけるのも大概にしてほしいね」

「はあ、いいかアマデウス。傲慢になるのはやめた方がいい。僕が呼び出さなきゃ君はあの時絶対死んでたんだぞ。力を使えず武器もない君に何ができた?」

「じゃあ助けてくれよ!君は神だろ!?」

 突然、蹴飛ばされるアマデウス。そのまま地の底に落ちていく。黒い渦の中、ゆっくりと。

「現実を見るといいよアマデウス。そして神として最善を尽くすんだな!」

「ああやってやるさ!神として人を救ってみせる――それが俺の使命だから!」


――廊下の窓からは月光。日は暮れ夜はとっくに訪れていた。俺はビスの頭を撫で、その場を去る。

 この物語は俺に託された。

 

「神として」


 永遠の物語を紡ぐため――今、歩く。





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る