第24話 d(!!)



「ここは――病院だ」


 困惑の後、混乱。――ベッドにはいくつも患者の死体、そしてそれを見て絶望する親族の姿。

 そして、奥のベッドに横たわるソル。見てみると父さんの両足はない。

「病院?何で?」

「それは色々と……というかフリー。俺たちといない間に何があった?どうして急に現れた」

 互いに距離を置いて喋る。

「まあ……話せば長くなるな。とりあえず他の場所でお互いに話そう。ここじゃ他にたくさん人がいる」

「確かに……そうしよう」

 ソルたちに近づこうと、足を踏み出す。その時、病室のドアが大きな音を立てて開く。

 

「――また会ったなお前ら!!」


「?」元気で明るい声色に振り返ると同時に冷たい銃弾が頬をかすった。咄嗟に記憶の鳥核を使い、ライフルを持った複数人の記憶を忘却させる。その複数人の中には赤い髪を持つミコの姿もあった。

 何だこいつら?急に撃ってくるなんて――「逃げろフリー!そいつらは!」

 どうやらこのままだとやばいらしい……今のうちにこの時間を使って父さんとビスを!!

「くそっ!!」

 ガラスの破片や棚で散乱した床を走り抜け、ソルとビスを掴んで中庭に面した窓ガラスを突き破る。光が屈折し、光り輝くガラス。反射したガラスの奥に見えるのは屋上にいる――ヴァニタス。

 先の尖った銃弾が一発。放たれた。

 回りながら空気を突き破る銃弾はフリーの首を狙って進み、その凶悪さを光らせる。顎の下、ドクドクと脈打つ頸動脈。

「――フリー!!」

 現れた空間の裂け目。ビスの咄嗟の判断だった。空間の化身の能力により、凶弾は異空間へと消えていく。

「チッ」スナイパーライフルをリロード。薬莢が飛び出て、カランと金属音。

――目の先には差し迫る地面。そして感じる死への道。まずいこのままだと……2人とも!フリーはソルとビスの下にいく。

「痛っ……」

 腕が骨折したか……待てこの感触は。

 下に目線を動かすと、どちゃ!と鈍い音を立て下敷きになったフリー・コルウス。手足がありえない方向に曲がり、血溜まりを青磁色の草のカーペットにつくった。――死体の上に乗るソルとビス。

「嘘やろ……おい、ソル!」

 ソルは意識を失っていた。体をゆすっても反応しない。フリーは……生き返るのか?こんな簡単に死にやがって。とにかく今は。

 ソルとフリー、血だらけの両者を空間に移す。ソルも死なないことをただ祈り、体中が苦痛に蝕まれながらも真っ暗な南棟内に入る。

 ヴァニタスは今屋上に居て、ミコたちは北棟に居るのなら南棟はひとまずは安全なはず……ビスは誰もいない南棟内を駆けていく。

 ここからどうするかって話やけど、どうする?ポケットにはハンドガンだけやぞ……いや、ああしたら――。

 感じた気配――振り返ると、そこには。

 

「ミコ!!」

 

「ここでお前を殺そう!ビス・クラヴィス!」

 

 靡く前髪。名はミコ。

 両者、銃を構え射撃。ミコの銃弾を空間の裂け目に――そして、ミコの背後から銃弾を出現させる。しかし、避ける。

 瞬時にビスの目の前に空間の裂け目を出現させ、そこに連射。ミコの四方八方に銃弾が現れる。しかし、これもかわす。いや、かわすというよりかは転移が正しいように思える。ミコは俺の背後に現れた。やっぱり、ミコは夢の鳥核を――。

 銃弾が片耳の横を通ると同時にライフルを掴み、溝落ちを蹴飛ばした。ミコは冷たい廊下の上に体を打ちつけ、オボッと声を出す。

「これで最後」

 ミコの胸の上に空間の裂け目。銃弾が一発放たれ――「待って……」ミコはライフルを離し、手から届かない距離まで滑らせた。

「どうしたんやミコ?散々俺らのことを弄んだくせして命乞いでもするんか?さすがにそれは虫が良すぎる話やろ。なあ」

「すまない、本当にすまない。私なんかが虫が良すぎることしようとして。でもごめんなさい……ごめんなさい。すみません、謝りますごめんなさい。命を私なんかが奪おうとしてごめんなさい……私なんかが。わたひなんかが……排水溝に詰まった泥以下で、掃き溜めに住んでるゴミまみれの虫以下で、なんの価値もない生きてる粗大ゴミ、いや生ゴミ、いや死体に集る気持ち悪い蛆虫の私なんかが夢なんて見ちゃってごめんなさい。こんな私なんて気持ち悪いですよね……こんな顔して軍人で人を殺すのになんの躊躇いもないこんな女でごめんなさい。赤い髪もこの体この性格もなんの存在価値もないです。もうなんでもしてください……涎でも唾でも顔にかけてください。あ……つぁでも殺すのだけはやめてくれゃあさい。それ以外はなんでもするので。どんな汚いドブでも気持ち悪い虫でもなんでも食べるので、殺すのだけはやめてほしい……です。あ、反抗してごめんなさい。犬語でも豚語でも蛆虫語でもなんでも喋るので殺さないで、ください」

 震える声、次第に涙をポロポロと垂らしながらミコは床に深く頭を擦りつけて土下座をし始めた。冷えた床、ぐしゃぐしゃな赤髪、見下すビス。

 困惑――ただそれだけ。

「待てやミコ。急に態度変わりすぎやろ。二重人格やないか。……急にそんなこと言われても困るで。ほんま」

 そう言い頭を掻いた。

「そや……ミコ。なんでもするって言ったよな……じゃあ、夢の鳥核を俺に渡せるか?」

 夢の、鳥核。そっと頭を上げる。ビスに鳥核を渡すそれは死を免れることができるということ。しかし、それをしてしまうと夢は……失ってしまう。長年思い描いてきては希望としてこの胸に抱いてきた刻んできた夢を――小鳥が囀るあの庭を手放すことになってしまう。果たしていいのか?あの日々を、あの努力を、無駄にしてしまうのか?でも……死ぬのはやっぱり怖い。いやだ……死にたくない。こんなところで、こんな誰もいない病院の廊下で死ぬなんていやだ。いやだよ……でも、私の夢が遠のいていくのも嫌だ。

 ミコの頭にポカポカと浮かぶ数多の記憶。あの頃の日常と家族と暖かい庭。


 春の日差し、破屋の隣、父と2人。

「ねえ、なんで私はあの庭に入っちゃダメなの?」

「……すまないミコ。あそこには入っちゃいけないんだ。あそこはここらとは違うお金をたくさん持った人たちの土地だからね。本当に……入らせてあげたいのは山々なんだけど駄目なんだ」

「なんでお金がないとダメなの?」

「それは……はあ、この世界はそういう世界だからだ」

 鉛色の空、飛び交う怒号、兵士が数百人。

「……っ」

 死んだ顔、穴の空いたヘルメット、血が吹き出し、地獄で死んだ。

「走れ!走れ!死にたいやつは殺して死ね!!」

 

 頭を抱えて涙を流してニヤッと笑った。

「私は……まだ夢を見てもいいのか……?もう、死んでもいいのか?」


「――おいミコ。早くしろ。早く鳥核を俺に渡すんや!」

「渡せない……」

「はあ?なら、お前を殺すしかないんやが……」

 ビスは銃口をミコの額に当て、トリガーに指をかける。ミコの少し吊り上がった口から、はあっと白い溜息。くすんだ赤茶の目は何もない無機質な床――遠くにある何かを見ていた。光などはない、冷たい目になっていた。

「……夢がないなら生きていても仕方ない。生きていても、希望がないなら存在価値はない。ふふ、いい。これでいい。私の夢は叶わない。それが私の物語の結末だ……ビス、今ここでこの場所で私の夢とはほど遠いこの場所で私を殺してくれ。死ですら私の夢は殺せないからな。誰にも私の夢は奪えない。死なんか――今の私には怖くはない」

「それがお前の答えか。じゃあな」

 薬莢が転がる。額から彼岸花。

 そして、切り裂くような叫び声。病院の廊下――突如、奥の方から何かがやってきた。香る匂いはサウンドウッド。暗闇を照らすのは数多の輝き。愉快愉悦にも溺れぬ一つの真実は愉快な死のみ。破竹の勢いで迫る廊下を駆けていくこの思いは全て――世界への祝福。全てを賭けて人生をやり直すセカンドチャンスの到来。変わる世界に踊る心。夢を終わらせ、夢を見させ、叶え、崇められ、恐れられ、ただ平等で唯一の存在。バッドなエンドにハッピーエンド。この世界の秩序を保ち、均衡を保つもの。いくつものハートの下、虹がかかる廊下の先、煌めく雲の中、現れたのは死の化身。

 ビスの手から落ちる拳銃。

 

「セカンドチャンスをやろうー!」

 




 

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