第23話 贖罪
招かれたのは7神。居るのは1神。黒く暗い空間に豪勢な木製のテーブルと椅子。
「あーあー、聞こえますかー?マイクは大丈夫みたいだね。じゃあ始めよう」
……!?何だこれは。手が縛られてる。足もだ。
よく見てみると、俺の自由を奪っているのはこの鎖だった。じたばた体を動かしても強力な力でテーブルの上からは逃れられない。くそっ!
「誰なんだい?こんなことをしたのは」
大きいテーブルの上、仰向けのまま頭を動かして辺りを見る。大きな椅子が多数。
奥の方から誰かの足音が。耳を澄ませ、神経を集中させる。
「こんにちはアマデウス。僕の名前はオルド。秩序の化身をやっている。君をここに連れてきたのは君が神としてふさわしいか判断するためだ」
「だとしても急すぎるんじゃないかな〜?今すぐにでも帰らせてくれ!!」
「それはすまない。僕たちはせっかちなんでね。早く終わらしたいんだ。君が1番よくわかっているだろ?永劫の化身なんだから」
「ああ、時間は有限だからね〜それにしてもここはやけに暗いね。他にも神様が来たりするのかい?」
オルドはガラス瓶を机の上に置く。中でグチュグチュ動いている肉塊が入ったそれはピクルスが入った瓶ほどの大きさ。
「なんだいそれは。正直に言って気持ち悪いな」
「それは致し方がないよ。……ここは、この空間の化身によって作られた。あと、他にも来るかと言われたら、まあ来るね。僕が招待したんだから。席の数を数えてみてくれアマデウス。あと何人ここに来るのかわかるよ」
1、2、3……全部で7個。全て空席。本当に神様はせっかちなのか?
そのとき、どこかから涼しい風が。
「あー、モッリスか。アマデウス――平和の化身がそろそろ来るよ」
「まさかこの目で見れるとは……」
「彼女は中々人間の前には現れないからね。化身である僕でさえまだ数回しかあってないよ」
「――こんにちは」
お淑やかな声色、ヤギのような目、朽木のような角――まさに平和の象徴。帝国国民なら子供の頃からみんな見て教えられてきた存在が今目の前に居る。
オルドはモッリスに手を差し伸べた。
「こんにちはモッリス。1番は君だね――」
しかし、手を取ることはなかった。
「この方が永劫の化身……アマデウス・シルウィウス・コリウスですか。まったくもって神秘を感じませんね。イーオンがマシに見えるぐらいです」
「それはどうも……」
やはり神は傲慢だ。というか、つい最近まで人間だったのだから神々しくないのは仕方がないのでは……。
「それにしても秩序の王。私は化身なんかに興味はないのですが。私が真に愛しているのは人間です。アマデウス・シルウィウス・コリウスがいくら見た目が人間だからと言っても私は――」
「――かわいいぃいぃ!!」
じっくりと細長い目で見られると変な汗が出る。モッリスはどうやら俺の魅力に気付いたみたいだ。至るところを覗き込んではつついてくる。手と足を鎖で縛られた俺には何の抵抗もできない。変な神だ……これが平和の象徴。なのか?
「これがアマデウスの体。やっとこの手で触れました。いやーやはり他の生命体と違い、毛が少ない分、手で触るも骨の形がわかって可愛らしいです。特にこの背中!触ると背骨の形がよくわかります。可愛らしい……素晴らしい……生命の神秘。ああ、どうしましょう。アマデウスを私のもとに――いいやだめですよね?この方には想い人が……いやでももうカエルムはいない。でも、流石に持って帰るのは申し訳ないというか欲張り過ぎというか。いいや!そしたら体の一部分だけでも欲しい。化身となった人間――興味深いです。是非ともアマデウス。そのピンクの目を一つ私にくれませんか?ほんの少しだけでもいいのです。ほんの少しでもいいのですよ?」
顔を両手で包まれる。ぬくもりが頬に伝わってくる。
「い――」
頬を沿って流れる涙。煌めく桃色の眼。
「だめだモッリス。アマデウスに手を出すのは。人間が好きなのはよーくわかった。今すぐアマデウスから手を離せ。何かあったら平和の化身相手でも僕は容赦しない」指さすオルド。
「ごめんなさいねー。争いはやめましょうか。残念ですが他の人間で我慢します。これも平和のためですもの」
「それでいい」
「なら帰っても?」
「その前にモッリス。君はアマデウスが平和を脅かす存在だと思うか?」
「愚問ですね。彼は所詮生まれたばかりの化身ですから、いざというときは私の所有物にします。白銀の髪もピンクの目も全て私の物です。へへっ」
「そうか」
モッリスは静寂を残して、風に巻かれ消えていった。これで1体化身はいなくなったわけだが……危うく、さっきはモッリスに自分の目をあげるところだった。熱心な平和主義者なら簡単に差し出していたところだろう。愉悦の化身と似たようなやり方。掠めた既視感。あの時みたいな強烈な洗脳。普通、自分の目を差し出すなんて考えられないかもしれない。でも実際思ってしまった。神に差し出したいと。心の底から平和な気持ちで満たされて、何もかも許し受け入れられるような。恐怖も苦痛も憎しみもいらない。幸福と喜びと平和と――愛おしい感情が溢れてたまらない。
古くから行われてきた生贄なんかも、こんな感じなんだろうか。
「他の神は来ないのか……」
オルドは小さく呟いた。顎に手を当てる。
「そうだな、僕は決めたよ。アマデウス――今から君にとってとても大切な2択を迫ろうと思う」
「2択?何だいそれは……」
秩序の神が提示する2つの選択肢。
「僕が示す2つの選択肢はこうだ。君が永劫の神核を僕に渡す代わりに、僕に君たち、ソル、フリー、ビス……君にとって大切な人たちを永久的に秩序の神の名において安全を保障させるという選択。今の君たちの状況を考えるにぴったりだと僕は思う。次に、君が神核を僕に渡さない代わりに、君が神核を持つに値するか僕が常に監視してあげるという選択。アマデウスはどうしたい?僕は君の気持ちを尊重しよう」
「2択しかないのかい?そんなの気持ちを尊重するとは言えないんじゃないかな……」
「そうか残念だな。僕はかなり親切なことを言ってるんだよ?神核を渡すか渡さないのか――どちらを選んでも君に利益がある。アマデウス、よく考えてくれ。今フリーたちはどうなってる?命が危うい状況じゃないのか?今君は永劫の神核を使って彼らを救えるのか?僕の助けを借りるのが賢明な判断だと思うけどねアマデウス。もちろん僕の力を借りた後に神核をくれたっていい。さあどうする?」
差し伸べられた手のひら。
果たして神核を渡して渡していいのか?永劫の神核――ビスなら渡さないだろう。しかし、皆を救えるのなら渡すしかないのか?しかしそれは駄目だ!ビスの、ビスの思いを踏み躙る最低な行為になってしまう。……渡さないのなら俺は永劫の化身として生きていくことになる。俺にはこれから何ができるのだろうか?今まで神の操り人形だったこの俺に。
ついこの間ビスに言われたことを思い出す。
「――お前に何ができるっていうんだよ!?上手いように神に手のひらで転がされて何も思わんないのか!?イーオンを殺したならその分いろいろやってくれるんやな!?頼むぞアマデウス」
ビスにはまだ――皆んなにはまだ何もしてやれてないじゃないか。コルウス家を痛めつけ、ビスの相棒を殺したのにも関わらずソルは俺を火の中から自分を犠牲にして救ってくれたじゃないか。皆んなはこんな俺を受け入れてくれたじゃないか。いくつもの命の上に俺は今こうしていられる……何も救えない情けない俺でもやれることはあるだろ?……なら今の俺が皆んなにしてやれることは、罪を償う贖罪の方法は――。
アマデウスは差し伸べられた手を強く叩く。
「もう散々なんだよ……神に手の上で転がされ続けるのは!」
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