第22話 正義の名の下に



 何故今になってまた思い出すのだろうか。あの時の記憶――燃え上がる家、カルロはただ1人自分を犠牲にした。あいつは一途なんかじゃないし、偉そうに指図するその態度には腹が立った。でも……あいつを馬鹿にされるのは何故か心がモヤモヤして許せなかった。馬鹿にしていいのは俺だけだと思ったからだ。そんな……俺含めカルロは家族を愛していた。だからあんな行動ができたんだ。

 

「アマデウス。俺がお前を背負って向こうまで渡る」

 

――でも、これじゃ俺はあいつの二番煎じか。身勝手

な自己犠牲……フリーには嫌われてしまう――だが、今の俺にできるのはこのやり方しかない。俺は父さんのようにはなりたくはない。でも、それでも、俺は!

 

「だめだ……ソル!それは、また新たな絶望を孕むだけだ!俺はお前のお兄ちゃんだろ?それは俺の役割じゃないか!」

 

いい……もういい。

 

「アマデウスは動けそうもないだろ。この炎の中、通るには早く通らなければいけない。俺の方が早く動ける、わかるな?」

 

ルナには合わせる顔がないな。

 

「そんなことしたら足はどうなる!?使い物にならなくなるんだよ。それをわかって言ってるのかい?」

 

昔、アマデウスにしたことを償えるなら。

 

「足がなくなるだけならまだマシだ。もう時間がない。アマデウスいいな?……俺のことをどんなに嫌いになっても構わない。行くぞ」

「……なるわけないだろ」

 ソルはアマデウスを背負い、炎の海に足を運ぶ。一歩一歩と確実に、油が染み込んだ靴に赤い炎が纏わりついてもなお、足を動かすのをやめなかった。じりじりと焼かれる痛みに耐えながら。進んでいく。

「着いたぞ?」

 ソルはアマデウスを背負ったままその場に倒れ込む。火がまだソルの体にまとわりついていた。

「待ってくれよ!貯めてた牛乳をかけてやるからな!」

 ビスはソルとアマデウスに空間の裂け目から大量の牛乳をかけてやる。すると火は消えた。しかし、傷は消えない――どうしてこんなことに……あの2人を信用するのはやっぱり間違いだった。

 空間の化身の力を使い2人を別空間に転移させる。急がなければ。パチパチと明るい炎は徐々に建物全体を飲み込んでいく。逃げるように建物の奥に進むと長い洋風な雰囲気を漂わせる廊下が続いていた。廊下を走って外に繋がる通路を探す。

「ここか!?」

ドアに体当たりをして鍵ごとぶっ壊す。開いた先に広がるのは森。

「とりあえず応急処置を……」

 アマデウスは神核の影響なのか軽い火傷で済んでいた。やけど脇腹と腕の傷が酷い……銃弾が体内にめり込んでる。ソルは足が駄目だめや、火傷がかなり酷い。改めて見るその痛々しい体に酷く落ち込んだ。

「ふぅ……こんなもんで大丈夫かな?ここら辺に病院でもあればいいんやけど」

 応急処置は一応これで大丈夫……それであとは病院に行けば……どこや病院。



「――そうか……命に別状はないんやな。よかった」

 ところどころ剥がれかかった椅子に1人座り、天井にある蛍光灯を眺めた。

 幸い、ソルとアマデウスの応急処置が終わったあとすぐに病院は見つかった。病院の先生が言うにはソルとアマデウスはしばらく病院で入院らしい。まあ、そりゃそうか。やけど、ひもうすのあいつらがそう簡単に俺たちを見逃してくれるわけないよな。また、鳥核を狙ってアマデウスを……もう俺がソルとアマデウスを守るしかない。でも、今の俺にはイーオンはいない。

 内ポケットから瓶と黒ずんだ拳銃を取り出す。

 他に契約している化身は「空間の化身」やけど空間から物を出し入れするぐらいしかできない。今俺が持っているのはこの拳銃だけ。


「……お兄ちゃん、どうしたの?大丈夫?」


 ふと、前から声が聞こえてきた。居たのは可愛らしい女の子だった。5歳?6歳?ぐらいの女の子が1人。急いで瓶と拳銃を見えないように隠した。

「大丈夫だよ。少し考え事をしてたんや。君は――」

 服は明らかに私服ではなく青磁色の病院の服。この女の子は入院してるのか……。

「私はここで暮らしてるんだ。何の病気かわからないけど。あ……私のクマさん見る?最近もらったんだ!」

「クマさん?」

「うん、クマさん!」

 少女はツギハギだらけの熊のぬいぐるみを掲げた。

「……?」

 よく見てみるとあることに気づいた。このぬいぐるみのタグには「臓器提供正義会」の文字がある。ということはつまり、この子は臓器移植を待っているってことか。大変やな……しかし、一体元気そうなこの子のどこが悪いっていうんや。臓器提供正義会――聞いたことがない。

「お兄ちゃんどうしたの?」

「……あ、いやまた考え事――」

「さっきからいろいろ考えすぎでしょー?」

 無邪気な笑顔。この子の顔を見ていると何故か懐かしいく愛おしく感じてしまう。

「……あ、忘れてた!今日は病院を探検するんだった。またねお兄ちゃん!」

「うん、あ……待って!君の名前は?」

「メメだよ。バイバイお兄ちゃん」

 羽があるような軽い足取りで去っていった。

 俺はまた、蛍光灯を見る。

 


「うーん……金。金金金――どうしたらいいっていうんや!はぁ、ソルとアマデウスの治療費なんて支払えんぞ。こればっかりは!」

 傾きかかった日で照らされた病院の中庭。俺は温かい木のベンチに座って空を眺めている。

「やっ!ビス!」

 銀髪男登場。

「アマデウス……!」

「いやー治っちゃったよ〜。お医者さんも予想してなかったみたいでね。治療費半分でいいってさ」

「神核のおかげやな」

「……そうだね」

「あ、もう気にしてないで。イーオンのことは」

「……優しいね〜。ビスは」

 中庭で遊んでいる子供たちを見ながら、2人ベンチに座る。

「フリーは無事だと思う?いろいろあって探せてないし。……フリーのことが心配や。ソルもやし、不幸鳥、シャーデンフロイデなんかもある意味心配やけど」

「そうだね。まあ俺が思うにフリーは無事だと思うよ〜」

「何でそんなことが言えるんや?」

「何となくかな。まあ無事だと思わないよりかはずいぶんマシだと思うよ〜。祈ろうビス。俺たちの旅の結末がより良いものになるように。イメージが大事なんだ。何でもそうだよ」

「そやな……そうしよう」

 俺は空を見る。

「ところでアマデウス。ソルは目を覚ましたんかな?」

「どうだろうね〜見にいってみようか」



「――そうか。よかった」

「心配させたね。ビス」

 いくつもの患者が横になっている中、カーテンで区切られた病室の窓際、ソルは意識を取り戻した。

 ソルいわく、これからは車椅子生活になるらしい。あの炎の中、人を背負って運んだのだから当然といえば当然だ。

「ところでソル。目を覚ましたばっかりで申し訳ないんだけど今問題が山積みでね〜。まず俺は思ったんだけど治療費に関しては払わないでいいと思うよ。この国の政府は腐ってそうだからね。俺たちが何をしようがしまいが狙われていることに変わらないよ」

「そうだな。確かにそれに関しては同意見だ。そう真面目にする必要はない。何せ敵はこの国なんだから」

「じゃあさっさとここを離れようや。どうせこの病院も腐ってるで」

「離れた後はどうするんだ?」

「ん〜フリーの安否が気になるからね〜。公安が何か知ってるとは思うんだけど」

「公安の本部に乗り込むとかは?乗り込んでフリーの安否を知ってるかどうか聞く――とか」

「しかし、ビス。俺たちだけで公安に勝てるだろうか?」

「……アマデウスの力が頼りになるな」

 アマデウスの力。苦痛の鳥核と永劫の神核。これらを使ってミコとヴァニタスを倒す。

「俺しか頼りはないみたいだね。時を止めたりする能力――まだせいぜい7秒ぐらいしか止められないけどやるしかない。ミコとヴァニタスは所詮人間。時を止めたら勝ちだろう?」

「そやな、俺が知る限り時を止めた中で動けたのはシャーデンフロイデと愉悦の神核で洗脳されてたお前だけやからな」

「確かに」

「……シャーデンフロイデが関わってこなければいいんだがな。というか、さっきから言いたかったんだがアマデウス。体は大丈夫な――」

 

 

「アマデウス……?」



 開いた窓の風の音が聞こえる。カーテンが揺れた。この病室にはソル、アマデウス、そして俺がさっきまで喋っていたのに。いない……アマデウスが。さっきまで話していたアマデウスが。忽然と唐突に何も言わず、何の音も立てず、ただ最初からいなかったみたいに。消えていた――。


「おーい?看護師はいないのか!?頭が痛くて痛くてたまらんぞ!」

「はーい!どうなされましたか?」

「頭がさっきから痛くて仕方がないぞ。何とかしてきれ!」


「でさー。もう大変だったよー?腎臓を移植したんだよ。腎臓だよ腎臓」

「でもよかったな!臓器提供してくれた人がいて」


「大丈夫?退院したら好きなだけお菓子買っていいからね。それまで我慢だよ?いい子だからできるね?」

「私頑張る!」

「うん、えらいねメメ」


 臓器移植済みの被検体10名。

 

・ウニイ ミカ

・クシノキ マリ

・フウタイ ケミ

・アメミヤ カミ

・アカサカ マリ

・ソヤマ テンジ

・アンヤ メメ

・ハンバラ コウ

・ヤマダ ジン

・テルミ タイヨウ


「フリー?」病室の真ん中、夕日に照らされた見覚えのある髪。

 

 臓器を移植した被験体10名はフリー・コルウス出現後、移植した臓器だけが消失し全員即死。死の現実を改変するのは鳥核のみであり、臓器自体にそのような力はないと判明した。期待するのは間違いだった。


 病室に広がる恐怖。10名の静かな死。止まる心拍。それを告げる無機質で高い音。

「ビス……一体何が?――――――――」


「フリー、なのか?いったい今までどこに……というかこの音は何や――――――――」


 血が染み込んだベットや床、医療器具または医療機器などについては臓器提供正義会が無償で提供する。


「何でソルの足はないんだ?あとここは……」


「フリー。俺は大丈夫だ心配するな。ここは――」


 出現場所については憶測に過ぎないが現時点では被験体が多く集まる場所を中心に出現すると考えられる。この予想が外れた場合は病院内の監視カメラを通じて至急その出現場所に向かうこと。

 出現後、正義遂行軍公安部がフリー・コルウスを殺害。遺体をコンテナで研究チームまで輸送する。


「――ヴァニタス。こちらは準備OKだ!さっさと仕事を終わらせよう!」

「了解」


 その場にいる看護師、一般患者の生死は問わない。





 

 

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