第21話 軍人
「ん、この臓器はあっち置いておいて。あー、それは処分。それでこれはあそこに送っといて。ああ、これ?これは――正義の王に献上だね」
血が滴る、薄暗い部屋の真ん中。冷たい金属テーブルの上に無造作に置かれる腕、足、頭、髪の毛、臓器、目。
そして、灰色の羽毛。
誰もが正義だと思っていることは、正義とは限らない。正義感に駆られ行動するも結果が正義的とは限らない。その誤った正義感で自らを肯定する。正義のヒーローだと錯覚する。正義という都合のいい道具を利用して。
それでも正義の王は正義を突き通す。たとえ何人死のうと何が無くなろうと、自己を肯定するために正義を使用し続ける。
「――おっかしいな〜さすがに遠くには行ってないと思うんだけど」
「そうやなぁ。無事やといいんやけど」
ソル、ビス、アマデウスの3人は近くのカフェで休憩がてらにコーヒーや抹茶、団子を嗜んでいた。夏の空、異国のこの蒸し暑さには耐えきれなかった。
「……もしかしたら、かなり最悪なことが起きているかもしれない。ここにいるひもうす人たちは皆んな心優しいとはいえ、なかには外国人を訝しむ者も一定数いるだろうからな。フリーがそういうやつらの標的になっていても何らおかしくない。それと……この国自体が鳥核を狙っている」
「しかし、フリーは死と記憶の鳥核を持っているんだよ〜。一般人には到底敵わないと思うんだけど」
「アマデウス、この世界に鳥核は何個あると思う?」
「鳥核?ん〜考えたことないよ〜」
「――7つだ。鳥核はこの世界に7つだけある。今、フリーが持っている死の鳥核と記憶の鳥核。それとアマデウスが持っている苦痛の鳥核で合計3つ。残り4つ誰かが持っていることになる」
「ということは鳥核を持っているやつだったらフリーにもアマデウスにも対抗できるってことやな」
「そこで1つビスに聞きたいことがある。ビスは他の鳥核について何か知ってるか?」
「……他の鳥核なら3つ名前を知ってるで。死、記憶、苦痛の他にも夢、正義、自由があったはずや。で、最後の7つ目に関しては――」
少し向こうから発砲音。騒ぐ民衆。逃げ惑う民衆。見にいく民衆。
咄嗟に椅子から立ち上がり身構える。椅子が勢いよく後ろに倒れた。
「おいおい何だその刀は!!なまくらじゃないか!!貴様、もしかして刀を買うお金が無いのか?わかってるんだろうな……今は戦時中だぞ」
そんなことを1人の男に言う赤髪の女。マグマのようにドロドロと渦巻くその瞳の色で見つめられる男はガクガクと足を震わせていた。
そんな男を見て赤髪の付き添いであろう男が喋る。
「しょうがないだろう。彼はとてもお金があるようには見えない。ボロボロで黄ばんだ白いカーテンのような服、痩せ細った体、括られてあるが不衛生な長い髪――誰が見ても明らかだ。そうだな……なまくらを持っているだけでまだマシな部類に入るだろう。彼は貧乏人とはいえこの国に正義を誓う1人のひもうす人だ。それとミコ。これ以上喋らない方がいい。我々全員が馬鹿で無知だと思われたら困る」
「うーん、わからない!私には制裁を下す権利がある。なのでお前は留置所行きだ。しっかりとこの国に正義を誓って戦争に行け!そのときはピカピカの刀を用意しておくんだぞ!さもなければ……私のライフルでドカンだ」
「……はぁまったく。俺にはお前の正義がわからない。――おいそこのお前、こいつを留置所まで連れて行け」
「おいおい正義遂行軍所属のこのミコ様の正義がわからないのかヴァニタス?絶対舐めてるだろ!帰れ!」
「……」
「……ジョークだよ!島国独自のジョーク!本当にそう思って言ったんじゃない。」
この島国の軍人はどうもラフらしい。
ソル、ビス、アマデウスは立ち尽くす。
「ひもうすの軍?あれが?」
「なかなかに信じられないが、軍としての実力は追随を許さないものだ。正義遂行軍――正義の国として相応しい力を持っている」
「なかなかにすごい国だね〜」
「――おい!誰が泥水に顔を擦り付けて這いずり回る国家の犬だ!誰がそんなこと言った!?」突然の怒号。空気がピリついた。
赤髪の女はドロドロとした太陽のような目で辺りを見回しながら、こちらへと向かってくる。
「貴様だな……」
鋭く指された指の先にはソルの姿。
「すまないこの国に来たばかりでね。まだ何もわからないんだ。許してくれ」
「ほう……カルタ人か。私とヴァニタスと同じじゃないか。どこの国から来た?」
「国際平和維持国から」
「難民か……では、私たちについて来い。いいことを教えてやる」
そう言われ、3人は赤髪の女と利口そうな男に挟まれる形でついて行く。
賑やかな店の間にある暗い路地裏に入り、先にある木製のドアを開ける。じめっとした湿気にカビ臭い匂い。ドアの先には冷たい石でできた長い通路があった。コツコツと足音のみがひんやりとした通路に響く。
果たして彼女らについて行くのは正解なのだろうか?
「ソルさん、これ結構ヤバいやつなんじゃないんすか?俺たちは向こうにとっては異国のよくわからない連中ですし」
「……まだわからない。まあ例え彼女らが私たちに対して敵対意識を持っていたとしても何か情報を得られる絶好のチャンスだ。もしかしたらだが、フリーについて知っているかもしれない。今は我慢だビス」
そのとき、後ろから利口そうな男が口を開いた。
「そういえば自己紹介がまだだったな。俺の名前はヴァニタス。この国に忠誠を誓った立派な軍人だ。そして彼女が――」
「いいや!私が言う!私の名前はミコ。正義遂行軍のトップとしてこの国に忠誠を誓い、正義を守っている。まあそう畏まらなくてもいい。気楽に私と話そうじゃないか」
「おほん、一応言っておくがミコはトップではない。誤解しないように」
「はあ!?ヴァニタス、これは島国ジョークだよ?そんなのもわからないでよく私の補佐が務まったものだな。いいかヴァニタス、最近の世の中じゃお前みたいなものは敬遠されるんだ。よーく気をつけろ」
「わかったよ。この島国独自のジョークをしっかり、由来から言い回し、そしてどのタイミングで言うのかよーく熟考しておこう」
「堅苦しいなあ……ジョークっていうのは咄嗟に思いついて言うから面白いんだよ」
「はぁ……ミコ、今のはジョークだぞ――」
互いに自己紹介を終える頃には俺たちは通路の出口へと辿り着いていた。
「ここは……さっきの通路は一体……」
そこはワインの貯蔵庫だった。ワイン、だがしかし、ワインの匂いはしない。こんなものなのか?あの長い通路は何故ここに繋がっているのだろう?
「さっきの通路は酒類の密造者が昔作った避難用の通路だ。いつもは通れないように塞がれているんだが、今日は特別だ」
ふと、アマデウスがヴァニタスの顔を覗く。
「君とはどこかで会ったような……気のせいかな?」
「いや、気のせいではない。前に俺とお前は会ったことがある。あの雨の日、路地裏に居た俺にパンをくれたじゃないか。カルロ・コルウスについて尋ねてきただろう?裏切り者のアマデウス」
「!!」
目の前に樽が落ち、蓋が取れ、中からどろどろと床に広がっていく。
鋭く研ぎ澄ました目。アマデウスはヴァニタスを睨んだ。心臓の鼓動が早まり、冷や汗が出る。
――なぜ?こいつはカルロ・コルウスについて知っていた?しかも、俺のことまで。
「とでも言いたげだな――」
バンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンバンと樽を打ち抜いていく。油油油油油油油油油油油油油油――ワインではない。大量の油だ。
「ヴァニタス!走れ!」
「了解」
ヴァニタスは俺たちに背を向けて棚の奥へと走っていく。ミコがライフルを構え、油で塗れた床を滑りながら2発バンッバンッとアマデウスの腕、脇腹を目掛けて撃つ――腕と脇腹が見事に抉られる。
「くそっ!」
ビスがルガーp08を取り出してミコの額をめがけて――しかし当たらない。無慈悲にも銃弾はかわされた。ミコはビスに近づき、ライフルで頭を叩き、足で体を蹴り飛ばした。勢いよく棚にぶつかり、ビスは赤黒い血を吐く。
「ビス・クラヴィス。さようなら――」
「やめろ!!」
アマデウスが苦痛の鳥核を行使する。
しかし、目の前の魔女にとって苦痛など慣れたものだった。
「ヴァニタス、やれ」
その瞬間、眩い光が目に突き刺さってきた。視界が白くなる。
閃光弾――!?
目を開けるとミコとヴァニタスは消えていた。代わりに炎が辺り一面に広がり、3人を隔てる。そのうち2人、アマデウスとソルは炎に囲まれてしまった。
俺たちをよそ目にメラメラと元気に燃え上がる炎はヴァニタスがやったものだろう。そもそもここに来た時点で俺たちの勝敗は決まっていた。そもそもここにのこのことついて来なければ……!!
「くそっ、だめだ!辺り一体、油まみれだ!もうそこまで火が迫ってるぞ!!」
相手は敵国の人間。鳥核が狙いなのだろう。俺たちはここで炎に包まれ悲惨な死を迎える。灰と羽毛の玉を残して、安全になったところをミコとヴァニタスが回収。そういうことか……!
「……止まってくれ。止まれよ!」
「とまれとまれ」
「とまれ!!」
そう何度言おうと止まらない。無慈悲な現実は盛んに燃える炎だけを残して去っていった。時を止める――脇腹と腕を撃たれなければできていたのかもしれない。でも、とにかく、今の俺はあまりにも出血が多すぎる。止血しなければ……。
アマデウスは苦痛の鳥核を使って銃弾による激痛を完全に無くした。
「俺の、俺の責任だ……」
「ソルさんのせいじゃない!まだ何かできるはず!まだ何か!まだ何かあるはずやろ!?……ここで終わったらお終いや。何もかもが、バットエンドになってまうぞ!ソル!!」
「どうすれば……くそ」
時間がない。このままだとビスが言うようにバットエンドだ。どうする?――こんなときあいつはどうした!?あいつは!!あのくそ親父は!!
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