第4話# エピローグ
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### エピローグ
あれから、一年。
季節はすっかり一周して、世界は何事もなかったかのように回ってる。アタシの世界も。ううん、アタシの世界は、前よりずっと快適に、最高に回ってる。
旦那が住んでたマンションはとっくに売り払った。今は湾岸エリアにそびえ立つタワーマンションの最上階がアタシの城。床から天井まである窓の向こうには、宝石をぶちまけたみたいな東京の夜景がキラキラしてる。
わたしはシルクのガウンを羽織って、ソファに深く身を沈める。グラスに注いだシャンパンの泡が、静かにはじけて消えていくのを眺めるのは、最近のお気に入り。
その時、テーブルに置いていたスマホが短く震えた。ニュース速報のポップアップ。
『銀座通り魔事件、〇〇被告(夫の名前)に本日、死刑判決が確定』
ああ、やっと終わったんだ。
裁判の間、健気に夫を支える妻を演じるの、結構ダルかったんだよね。マスコミの前でやつれたフリして俯いたり、弁護士の前で「信じてます」って泣いてみせたり。最高の演技だったでしょ? アタシ、女優になれたかも
わたしは通知を指でスワイプして消すと、興味を失ったようにスマホを放り投げた。
グラスに残ったシャンパンを一気に飲み干し、大きな窓へと歩み寄る。眼下に広がる、無数の光の粒。あの光ひとつひとつに、平凡で、退屈な人生を送ってるヤツらがいるんだ。
とりあえず、あいつは死刑確定だから♪
アタシのせいだって、最後まで気づかなかったのかな。まあ、どっちでもいっか。ごくろうさん
さーて。
この退屈な世界で、アタシを次に楽しませてくれるオモチャは、どこにいるのかな?
わたしは夜景に向かって、悪戯っぽく微笑みかける。
「次! つぎ!」
喉の奥から、乾いた笑いが込み上げてきて、止まらない。
「ハハハ!」
高らかな笑い声は、静かなリビングに虚しく響いて、分厚いガラスの向こうの美しい夜景に、ゆっくりと吸い込まれていった。
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### (回想)
シャンパンの泡を見つめながら、ふと、思い出した。
思えば、スーパー🛒でアイツのポケにいっぱいお菓子詰め込んでたっけ
まだ「仲良し夫婦」を演じるのが楽しかった頃。週末に二人で買い物に行って、わたしがお菓子コーナーで商品を吟味するフリをしている隙に、ぼーっとしてるアイツのコートのポケットに、板チョコとかガムとか、パンパンになるまで詰め込むの。
そして会計後、出口でブザーが鳴るわけでもないのに、万引きGメンのオジサンがすっと現れて、アイツの肩を叩く。
「ちょっと、ちょっと!」
アイツの、あのキョトンとした間抜けな顔。最高だった。ポケットから出てくるわ出てくるわ、身に覚えのないお菓子の山。
「ち、違う! 俺じゃない! なんで!?」
必死に弁解するアイツを、わたしは少し離れた場所から見て、笑いをこらえるのに必死だった。何回も、何回もやったな、アレ。私服の警備員に「また君か」って顔されるくらい。
ああ、そういえばパチスロも。
アイツが台に夢中になってる横で、アタシはドル箱からメダルを数枚つまんで、アイツの財布に少しずつ入れてやった。音がしないように、そーっと。
帰りにメダルを交換して、景品カウンターに向かう途中、屈強な店員に腕を掴まれて。
「お客さん、財布の中見せてもらえます?」って。
財布からジャラジャラ出てくるメダル。ポカンとするアイツ。
結局、その店、出禁にされていたわ。
なんで俺が、って最後まで納得いってなかったな。
ぜーんぶアタシ。
ぜーんぶ、アタシの仕業。
あの頃から、そう。
アイツはアタシの罪をなすりつけられて、慌てふためく最高のオモチャだった。
スーパーの万引きが、パチスロのメダル泥棒になって、最後は銀座の通り魔になっただけ。
本質は、なーんにも変わんない。
さあ、ごちそうさま。
次のオモチャは、もっとスリリングだといいな
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