第3話警察取調べ
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### 第3話 警察取調べ
事件の翌朝。わたしは旦那のマンションのキングサイズベッドで目を覚ました。昨日までの私が寝ていたサイドじゃない、旦那がいつも使っていたほうで。シーツに残る、あいつの匂いが気に食わなくて、全部ひっぺがしてやった。窓から差し込む朝日が気持ちいい。最高の目覚め。
リビングに行くと、つけっぱなしの大型テレビがワイドショーを流していた。
『昨日、銀座で発生した通り魔事件。逮捕された夫は容疑を否認しており…』
ああ、やってるやってる。わたしは淹れたてのコーヒーを片手に、ソファに深く腰掛けた。画面には、憔悴しきった旦那の顔写真。ウケる。
今ごろ、どんな感じかな。
狭くて、グレーの壁に囲まれた取調室。パイプ椅子に座らされて、目の前には気の抜けたコーヒーと、カツ丼…は、まだ早いか
目の前の刑事は、昨日から寝てないのか目の下にクマを作って、面倒くさそうにボールペンをカチカチ鳴らしてる。
「だから! やってねーよ! みりゃわかるだろが!」
旦那の叫び声が、部屋に虚しく響く。きっと顔を真っ赤にして、血管を浮き上がらせてるんだろうな。みっともな。
でも、刑事は気のない返事をするだけ。調書に目を落としたまま、顔も上げずに。
「うん。そうだね? 昨日は奥さんと買い物に来てて、腹が立って、それで刺したと」
「話聞いてんのか! やってないって言ってんだろ!」
「はいはい。それで、きみがやったんだね? うん。ナイフの指紋もきみのものと一致したしね」
もう一人の刑事が、分厚いファイルを机にドン、と置く。
「動機はこれだろ。『誰でも良かった』と。社会への不満、家庭でのストレス。よくある話だ」
ああ、もうシナリオは完成してるんだ。可哀想に。どんなに叫んでも、どんなに無実を訴えても、彼らの耳には届かない。彼らが聞きたいのは、自分たちが作ったストーリーを肯定する「はい」の一言だけ。
旦那の抵抗は、どんどん弱々しくなっていくんだろうな。最初は怒鳴って、次は泣き落としにかかって、最後は諦めて、虚な目で頷くだけになる。目に浮かぶようだわ。
ハハッ。
想像しただけで、コーヒーがもっと美味しくなる。
最高のエンターテイメント。主演:ウチの旦那。観客:アタシ一人。贅沢すぎる。
テレビのコメンテーターが「身勝手な犯行に憤りを覚えますね」なんて神妙な顔で言ってる。うんうん、そうだよね。ほんと、身勝手。アタシを退屈させた旦那が、ぜんぶ悪い。
さて、と。
わたしはスマホを手に取った。そろそろ次のステージに進まないと。
まずは弁護士に電話して、「夫を信じています。どうにか助けてください」って、涙声で訴えてやろう。完璧な悲劇のヒロインを演じないとね。
それが終わったら、次は誰に電話しようかな。
連絡先リストをスクロールしながら、アタシは口笛を吹いた。たくさんいる「彼氏」の中から、今日の気分に一番合うアクセサリーを選ぶみたいに。
アンタが作ったその絶望、アタシが有効活用してあげるね
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