第2話:闇魔法使い、投獄されました。

北の森の闇魔族を殲滅したのち、ルシエル一行は王都へと帰還した。

その間、誰もが口を開かなかった。

いや、恐怖で口を開けなかった。


闇を纏い、一瞬ですべてを飲み込んだ闇の力。

その中心に立っていたのは、国中の皆から神の恩恵を受けたと称されていたあのルシエル・ノクスである。


王都、ハイリス城。

白亜の大理石で造られた謁見の間に、ルシエルは一人膝をついていた。

その前に立つのは、金の髪をなびかせるアルノルト・ヴァレンシア王。

そして、聖女であり、国王の一人娘のセリア・ヴァレンシアの姿があった。


セリアとルシエルは、ルシエルが神の子だと崇められ、教会で保護された当時からの仲である。セリアは目の前で起こっている光景が未だ信じられないようでまるで美しい石像のように佇んでいる。


「ルシエル・ノクス...報告を受けた。」

王の声は低く、だが怒りよりも悲しみに近い響きを持っていた。

「そなたは北の森にて闇魔法を行使した。事実か?」


ルシエルはゆっくりと頭を垂れた。

「はい。確かに私は闇魔法を使いました。」


 その瞬間、玉座の間にざわめきが走った。

 側に控えるヘルマン・ディアス伯爵が椅子を蹴るように立ち上がる。


「愚か者が! 闇魔法は神敵の術! それを使った者は、例え英雄であろうと――死刑だ!」

怒声が響き渡り、あたりは騒然とする。

だがルシエルの表情は変わらなかった。

どこか諦めているように俯いてただ国王の言葉を待っているようだった。


その姿を見てずっとルシエルを慕っていたリオネルが場に歩み出た。

その眼差しには抑えきれない想いが滲んでいた。

「失礼いたします。国王。私めがここで発言することをお許しください。」

「許そう。リオネル副官」

「ルシエル様は、確かに闇魔法をお使いになられました...しかし、北の森にいた魔族に通常魔法は一切効きませんでした。ルシエル様が闇魔法を使用していなければあそこにいた皆が死んでいたでしょう。」


だが、ヘルマン伯爵の怒りは止まらない。

「偽善を語るな! 闇属性を持つ者は神敵!例外は許されない!」

ルシエルは、どのまでも静かに痛みを抱えるように俯いた。


その姿を見て、王の手がゆっくりと上がった。

その動き一つで、場の空気が凍り付く。


「ルシエル。闇属性を持つ者は即刻処刑に値する。これは150年前からの掟だ。」

王座の光が淡く揺らめく。

セリアが息をのみ、言葉を発しようとしたその時、王はわずかに目を伏せ静かに続けた。


「だが私は知っている。そなたがどれだけこの国に尽くしてきていたことか。」


「ルシエル。お前は、私の息子のような存在だった。5歳の時に教会へ来て、わが娘セリアと魔法の研鑽を重ねてきた。そんなお前を誇りに思っている。」

静かに語られたその一言に、玉座の間の空気が揺らぐ。

セリアは唇を噛み、涙をこらえる。


「……だからこそ、私はお前を赦せぬ。だが、見捨てることもできぬのだ。」


「近年、魔族の魔力は増加の一途を辿っている。今後も闇魔法でしか倒すことのできない魔族が増えるやもしれぬ。」

王は立ち上がり、厳かに宣言した。


「ルシエル・ノクス。処刑を一時猶予とする。

 だが、条件を付けよう。」

ルシエルの眉がかすかに動く。

処刑を覚悟していた彼にとって、処刑を一時猶予という言葉は信じがたいものだった。


「ヴァンシャル牢獄に、属性検査で闇が出た子供たちが投獄されている。中には魔法を使おうとすると魔力が暴走し人を殺しかけた者、そもそも魔法が使えない者もいる。」


「ルシエル。その子供たちを1年以内に宮廷魔法使として活躍できるようにすれば死刑は不問とする。その間の監視役としてわが娘セリアを指名する。」


その一言で、謁見の間は重い空気に満たされた。

「お待ちください!国王陛下!そんな下賤な者と皇女殿下に関わらせるだなんて!ありえません!」

やはりヘルマン伯爵は納得できていないようで青ざめながら叫びだす。


一方でルシエルの監視役として指名されたセリアは父である国王の姿を横目で見て、ルシエルの方を見た。視線の奥に、複雑な光が揺れているもののやがて決心したように国王陛下に一礼した。


「承知いたしました。お父様。」

セリアの声は震えていたが、ルシエルの監視役として彼の傍にいる決意を固めた。


ルシエルは静かに顔を上げ、王へ向き直る。

「陛下、私は与えられた役目を果たします...今まで黙っていたこと。心よりお詫び申し上げます。」


アルノルト王は短く頷いた。父のような眼差しには、何か覚悟めいたものが宿る。

「許そう。ルシエル、本日よりルシエルはセリア城で暮らすように。」

「...はい?」

思わず情けない声が漏れる。

ヴァンシャル牢獄へと送られると思っていた彼は、理解が追いつかないようで何度も瞬きをした。





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