第28話 赤羽の告白


「確かに俺は、今回のBL実験に集められた死刑囚の一人だ」


赤羽は夕日の差す廊下に人の気配が確認してから前を歩き出した。


「…………」


身なりを整えた青木も、彼に続く。


「でも別に自分が犯した罪をお前に転嫁するつもりはないし、死刑は甘んじて受けるつもりだ」


赤羽は鞄を肩につっかけたまま言った。


「え……?」


青木は足を止めた。


「生き残らなくていいのかよ?」


聞くと彼は静かに振り返った。


「生き残ったところで、生きていく場所なんかねえよ」


赤羽は鼻で笑った。


「兄弟はいないし、両親は俺が犯罪を犯したことで離婚し、それぞれ別のところに住んでいて音沙汰なしだ。ダチも恋人も俺に死刑判決が出てからは面会はもちろん手紙さえ寄こさなくなった」


(恋人……)


青木は赤羽の寂しそうな顔を見つめた。


(そりゃいないはずないよな……ってそこじゃない!)


青木は自分の顔を両手でビンタしてから赤羽に向き直った。


「そんなの、俺もだよ。母さんも妹も面会に全然来なくなった。でもそれって死刑になるってわかっている家族を見るのが辛いからなんじゃないかなってずっと思ってた」


「――――」


赤羽は切れ長の目を少しだけ見開いた。


「お前の家族もさ、ダチも恋人もさ、そうなんじゃねえのかな」


「――だとしても、俺はもういいよ」


赤羽は小さく息をついた。


「殺人を犯した瞬間に、俺はもう死ぬことを決めてたから」


「――――」


日本での死刑判決は、今のところ殺人のみ。


(……そうか。赤羽だって人を殺して、今ここに居るんだ)


青木は知れば知るほどよくわからなくなっていく赤羽を改めて見つめた。



「じゃあ……なんで俺を助けたんだよ?」


青木は一番の疑問を聞いてみた。


「俺、助けたっけ?」


赤羽が少しおどける。


「助けただろ。他人払いをしないっていう方法で。……お前を死刑に追い込んだ俺を、憎んでるんじゃないのか?」


「俺がお前を憎む?なんでだよ」


赤羽はふっと笑った。



「俺の罪は俺だけのものだ。個人の判断で、揺るぎない信念で、俺は人を殺した。そこに後悔はないし、ましてやお前は関係ない」


青木はそう言い切る赤羽を見つめた。


自分はかつて、自分の殺人を、自分の罪を、こんなふうに考えたことがあっただろうか。


そもそもそんな揺るぎない信念で、アイツらを殺したのだろうか。



「なぜお前を助けたか、だったな」


赤羽は前に向き直った。


「しいて言うなら、お前が俺に似てるからだ」


「似てる……?」


「イジメられた妹のためにそのクラスメイトを殺したんだろ?ニュースで観たよ」


「――――」


「俺も自分の大事なものを奪われて復讐したクチだから、その気持ちはわかる」


「…………」


青木は目を見開いた。


「だから俺は、お前を応援する。白鳥にほぼ接触してない俺は選ばれるわけがないし、桃瀬と黒崎が死んで、残る死刑囚はあと一人。楽勝だろ」


赤羽は微笑んだ。


そうか。

茶原、黄河、桃瀬、黒崎、

青木、赤羽で6人だ。


つまりはあと一人。

白鳥の周りのどこかに、最後の死刑囚は潜んでいる。



「……勝てよ、青木。勝ってお前が生き残れ。待ってる家族がいるんだろ」


「赤羽……」



生き残りたい。


生き残って、迷惑かけた母親にも、

傷ついているだろう加奈にも、

ちゃんと謝りたい。


でも、自分が生き残った世界には、


こいつはもういない。



「……湿っぽい顔すんなって!」


赤羽はそう言うと、青木の肩を叩いた。


「痛……!お前、少しは手加減しろよ……」


青木がよろけると、赤羽は豪快に笑った。



◇◆◇◆


「しかし、最後の一人ってのはどこに隠れてるんだろうな」


赤羽が下駄箱からスニーカーを出しながら言う。


「うーん……それなんだけど」


青木もシューズにつま先を突っ込みながら首を傾げる。


「白鳥って、朝は立哨活動で日中はほとんど俺と一緒にいるし、放課後は委員会にがんじがらめにされてるしで、あんまりプライベートな時間ってないんだよな。夜も結構メールとかしてるけど、誰かと会ってる素振りもないしなー」


「……まあ、死刑囚の全員が全員、BL実験にやる気があるわけでもねーだろうしな」


赤羽は頭の後ろで指を組んだ。


「俺だって応援する奴がいなかったら、別に実験に興味なかったし。ましてやああいうキラキラ系の陽キャを落とせるなんて微塵も思ってないしな」


「じゃあもし俺がいなかったら、どう過ごしてた?」


「さあな。漫画読み漁ったり?あとは映画とか観たかもな。毎日何本も」


なるほど。そういう考えもあるのか。

ここまで接触してこないのだからそういう人物かもしれない。


「あとは、会いたい奴に会いにいったり?」


赤羽が昇降口の階段を下りる。


「――――」


青木はその後ろ姿を見つめた。


「……?なんだよ」


「いや、さっき恋人がどうとか言ってたじゃん?」


思わず目を反らす。


「死ぬ前に会いに行かなくていいのかなって思ってさ」


「――――」


赤羽は唇を結ぶと、


「いーんだよ。終わったことだ」


と短く呟いた。


「お前の方はどうなんだよ。お袋さんとか妹と連絡とったのか?」


「まだ。……てか実験のことバラさずに今の現状のことを説明するのって難しいと思うし。それに生き残れるって決まったわけじゃないから変な期待を持たせたくないし。ちゃんとクリアしてから連絡とるよ」


「そっか。それがいいかもな」



2人が校門を出た瞬間、


「……ッ!!」


すぐ後ろを歩いていた赤羽がぐいと腕を引っ張った。


「……なんだよ?」


「しっ!!」


赤羽が唇に人差し指を当てながら顎で路地をしゃくる。


「………?」


そっとのぞき込むとそこには、とっくに帰ったはずの白鳥と、もう一人男が立っていた。


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