第29話 最後の刺客


「だから何回も言わせないでください!」


珍しく白鳥が険しい声を出している。


「俺は、青木を待っていたので、あなたを待ってたわけじゃないんですよ!」


「――白々しい。俺を待ち伏せして闇討ちにでもするつもりだったんだろうが」


(あれは……緑川……!?)


どうやら律儀にも青木の帰りを待っていた白鳥が、偶然学校を出てきた緑川に捕まったらしい。


「そんなことを俺がすると思いますか?」


白鳥が鼻で笑う。


「そもそも闇討ちされるかもしれないと勘違いするほど身に覚えがあるなら、行動を改めた方がいいんじゃないですかね!」


白鳥が緑川を突き飛ばして行こうとすると、


「…………」


彼は白鳥の目の前の壁に手をついた。


「――じゃあ改める」


「はあ?」


壁ドンされる形になった白鳥が緑川を睨み上げる。


「どうぞご勝手―――んんッ!?」


その後の白鳥の言葉は続かなかった。


罵声を吐こうとした彼の桜色の唇は、緑川の唇が塞いでいた。



「……な……なにするんですかっ!!」


白鳥は緑川を突き飛ばすと、真っ赤な顔で袖で唇を拭きとった。


「ふざけんのもいい加減にしてください!」


「……ふざけてなんかねーよ」


緑川が切れ長な目で白鳥を睨む。


「お前が行動を改めろって言ったんだろうが」


「はぁっ!?二度と委員会以外で近寄らないでください!」



白鳥はそう言い捨てると、逃げ去って行った。



「……なるほど。最後の死刑囚は、ずっと白鳥の隣にいたってことか」


赤羽は物陰から緑川を睨みながら、腕を組んだ。


「でもさ、あんなの逆に嫌われてんじゃねえか。余裕だろ」



「――逆だ!」


青木は頭を抱えた。


「……やられた!」



ケンカップルからの唐突なアタック。

絆されてからはスピードメス堕ち。


これぞBLの王道……!


「とにかくこのままじゃまずいっ!」


目を見開いた青木に、


「何がまずいのかのか知らねえけど、ジャッジは明日なんだ。今の時点でこんな感じなら別に焦ることもないだろ」


「そうか……明日か!」


桃瀬たちのせいでジャッジのことを忘れていた。


明日がジャッジ。

明日で決まる。


となればこのまま勝ち逃げも――


そのとき、不快な音が骨に響いてきた。



『――やあ。死刑囚諸君。健闘してるかい』


明らかにこちらの声を聴いている謎の声は、楽しそうに笑った。


『事件を知らない奴もいるから一応教えてやると、一般生徒たちにこの実験や死刑囚であることを漏らした奴らがいて、即刻処刑された』


「…………」


青木は陰から緑川を見つめた。


彼はブロック塀を睨んだまま動かない。

やはりこの声は彼にも聞こえている。


『おかげでその一般生徒に口止めをするために、多額の費用を使うはめになった。無駄な出費を抑えるためにもこれからは他言無用を貫いてくれよ。いいな』


また緑川を覗き見る。


彼はブロック塀を見つめたまま、小さく頷いた。


(真面目かっ)


心の中で突っ込みながらさらに耳を澄ませる。


『そんな事件もあって、この実験への予算が大幅に縮小された。残り3名しかいないことだし、ちゃっちゃと結果を出そう』


謎の声は勝手に話を進める。


『次のジャッジで全てを決める。そのとき何人が生き残っていようが、白鳥にとって一番好きな人物が、この実験の勝利者だ』


(次のジャッジ……。つまり明日か。それなら赤羽が言った通り絶対に勝てる!)


青木は小さくガッツポーズをとった。



『ただし、それじゃあまりにも唐突なので、1日間の猶予をやろう。ジャッジは明後日の朝6時』


謎の声は笑いながら言った。


『明日1日で全身全霊をかけて、白鳥を落とせ!楽しみにしてるぜ?死刑囚諸君!』



不快音がして通信は切れた。



「明日、1日……」


青木はやっと歩き出した緑川の背中をのぞき込みながら呟いた。


「んなの余裕だろ。1日であいつに何ができるんだよ」


赤羽が後ろから笑う。


「俺もいるんだから、頑張れよ。な」


「―赤羽」



青木と緑川。


どちらが勝つにしろ、明後日の朝には処刑される赤羽は、夕日をバックに微笑んだ。

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