第19話 セカンドジャッジ
「お」
いつもよりずいぶん早くに登校した赤羽が、青木を見て目を見開いた。
「今日こそは俺の方が早いって思ったんだけどな」
「……なんかあるの?」
青木はゆっくり振り返って赤羽を見上げた。
「日直」
そう言いながら鞄を机に下ろした赤羽は、
「昨日はよく眠れたみたいだな」
隈ひとつない青木のさっぱりとした顔を見て微笑んだ。
「……ああ。諦めの境地ってやつでな」
「諦め?」
赤羽が眉間に皺を寄せたところで、
「おはよう」
白鳥が教室に入ってきた。
いつのまに知り合ったのか、クラスメイトの何人かが手を上げる。
もしかしたらその中に他の4人の死刑囚がいるかもしれないが、もうどうでもよかった。
今日のジャッジで
(どう考えても、俺だ……)
青木は白鳥を振り返った。
「おはよう」
「……はよ」
白鳥は唇だけで微笑むと、静かに席に座った。
実験のことを言わず、
自分と黄河の正体を明かさず、
彼を信じさせる材料が、今の自分にはない。
「今日、モーニングコールに出なかったけど、ちゃんと起きられたか?」
聞くと、
「今日は早くに起きちゃったから、シャワー浴びてて。ごめん、出れなくて」
白鳥はいい奴だ。
こうして強姦未遂事件の容疑者にも優しく接してくれる。
これ以上、自分たちの
少なくとも、自分はもう彼を傷つけたくない。
「そっか」
青木は軽く咳払いをしてから続けた。
「お前、独り暮らしにも慣れて、ちゃんと自分で起きれてるみたいだし、もうモーニングコール要らないよな」
「え……」
白鳥の大きな目が見開かれる。
「明日からも寝坊すんなよ」
(もう明日には俺はこの世にいないからさ)
青木はキラキラと降り注ぐ4月の日差しがよく似合う、無垢で美しい白鳥を見上げて、ふっと微笑んだ。
◇◇◇◇
朝のホームルームが始まった。
昨日のことを否定も謝罪もしなかったからだろうか。
白鳥が何か言いたげな顔でチラチラとこちらを見てくる。
でももう彼に縋りたいとは思わない。
所詮ノンケの自分には、男との恋愛など、ましてや男を本気で落とすなど、はなからできなかったのだ。
覚悟もその気もない自分が、純粋無垢な彼を振り回すことはしたくない。
このBL実験が最終的にどんな結果で終わるのかはわからない。
だが、願わくば――
その瞬間、白鳥が幸せでありますように。
その後も、白鳥が傷つくことがありませんように。
『やあ、死刑囚諸君。健闘してるかい?』
担任教師の連絡事項の声に被せて、2日ぶりに聞く男の声が骨に響いた。
『突然だが、本日はもうぱっぱとジャッジをしちゃいたいと思いまーす』
(ぱっぱとって!)
青木は壁時計を見上げた。
まだ朝の8時30分だ。
前回のジャッジの9時間も前だ。
(まあ、いまさら焦ったって何か変わるわけじゃないけど……)
隣に座る白鳥を盗み見る。
「…………」
視線を感じたのか、それとも話しかける機会を窺っているのか、白鳥と目が合った。
『なんでこんな早い時間にジャッジをすることにしたかというとー』
こちらの戸惑いに関係なく、謎の声は続く。
『俺、今、めちゃくちゃムカついてるから』
「―――!」
なんだこの気迫は。
面と向かって言われているわけではないのに、全身に鳥肌が立った。
彼が何に怒っているのかはわからない。
その怒りによって自分たちがどうなるかはわからない。
ただ一つ確かなことは――。
『お前たちの中に、俺を名乗る不届き者がいたから!!』
そう。
黄河とこの声の人物は別人だ。
改めて聞いてみるとわかる。
この男特有の声の深さと息遣い。
(あいつ――やはり騙したのか!)
運営でもなく、協力者でもないとなると、やはりあいつは敵だ。
青木を陥れ、真っ先に殺そうしとていた死刑囚の一人だ。
「………ッ!」
嵌められた。
そう考えると悔しい。
死ぬほど悔しい。
しかしもう後の祭りだ。
『いいか、死刑囚共。常識外れのお前たちにはひとつずつルールを作らないといけないようだからここで明言しておく。今後、死刑囚同士で運営を名乗ったり、特別に運営が協力するなんて偽ったり、そういった類のBLとはなんら関係のない虚偽の発言は、一切禁止する。もし守れなかった場合は即刻死刑だ!』
男は息継ぎもなく一気に言い切った後、大きく息を吸った。
『それじゃあ、気を取り直して――ジャッジ!!今回の死刑執行は―――黄河利尋』
「え」
青木は思わず声を出した。
『ま、当然だよね。恋愛どころか人間の問題』
謎の声は深いため息をついた。
『今一度確認しておくけど、学校の中には運営側のスパイはいません。必要最低限で教師に指示は出してるけど、彼らはそれの目的はおろか、君たちの正体も知りません。あしからず』
「…………」
『君たちは実験のことだけを考えて、大いに励んでくれたまえ。以上!!』
そこで不快音と共に通信は途切れた。
すると突然、
「……いやだ!なんだよ、お前たち……!離せよ!」
廊下から叫び声がして振り返ると、扉の窓から二人の男たちに連れていかれる黄河が見えた。
「黄河……」
思わずその名前を呼ぶと、廊下の向こうの彼は、ギョロギョロとした目で、こちらを睨んだ。
「青木お前、ぶっ殺――」
その口は一人の男の手によって塞がれ、彼はそのまま廊下を引きずられていった。
「……今のって黄河君?」
「!」
背後から声が聞こえて振り返ると、
白鳥が朝陽を逆光に浴びながら、感情のない顔でこちらを見つめていた。
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