第20話 雨降って地固まり、雷雨が訪れる


「今日は2年生の体力テストが長引いてて、委員会始まるのが少し遅いんだ」


放課後、自分から話しかけてきた白鳥は、無表情でそう言った。


「青木、ちょっと時間ある?よかったら話さない?」


青木は小さく息を吸った。

自分も話したいと思っていた。


――主に、今日のジャッジについて。


「いいよ。どこで話そうか。学校から離れない方がいいんだろ?」


「うん。放送で招集かかったらすぐ委員会始まるから」


「じゃあ、あそこは?世界史の授業で使った視聴覚室」


「いいね」


立ち上がった2人を、


「――――」


机に頬杖をついた赤羽が、横目で見ていた。



◇◇◇


生徒の姿がない特別棟への廊下を歩き始めると、


「黄河の件、聞いた?逮捕されたって」


前を歩く白鳥が振り返らないまま聞いてきた。


「ああ……。なんだっけ?不純異性交遊だっけ?」


「相手が11歳の少年とかヤバいよね」


白鳥は鼻で笑った。


おそらくは運営側が準備した、黄河を強制的に連れていくための嘘だとは思うが、彼も死刑囚の一人。内容はもしかしたら当たらずも遠からずなのかもしれない。


彼が青木を襲う目には、それだけ迫るものがあった。


「……うッ!」


彼の下半身を思い出すと、まだ胃の中身がせり上がってくる。


「――つまり、そういうことだよ」


白鳥が低い声を出した。


「そういうこと?」


「あいつは、そういうクソ野郎だったってこと」


「…………」


普段の白鳥からは想像もできない言葉に、青木は思わず言葉を失った。


「ついたよ」


白鳥は振り返った。


「電気つけると、誰か来るかもしれないから、そのままでいい?」


斜陽が照らす薄暗い教室で、白鳥と青木は向かい合った。


「まず……」


先に口を開いたのは青木だった。


「昨日のことは誤解を与えるようなことをしてごめん。今日、ちゃんと口をきいてくれてありがと」


青木は頭を下げた。


これは白鳥が放課後話しかけてくれなかったとしても伝えようとしていた言葉だった。


黄河に騙されていたとはいえ、自分の言動や行動で、彼を傷つけてしまったのは紛れもない事実。

そして白鳥がそれでも青木を無視したりせず、ちゃんと話をしてくれたのも事実だ。


「うん……」


白鳥は少し視線を下げた。


「誤解なんて――してなかったからね」


「……え」


青木は顔を上げた。


「実は俺、声をかけるもっともっと前からいたんだよ。青木の部屋の前に」


「えッ!?」


軽くパニックになりながら口を塞ぐ。

昨日、自分と黄河はどんな会話をしていた?


「だから、青木が俺との行為のために練習してくれていたことも、黄河相手には反応しなかったことも、初めからわかってたんだ」


「――――」


青木はポカンと口を開いた。


「あれ以上声をかけなかったら、2人がセックスしちゃうと思ったら、居てもたってもいられなくなって……」


「なら昨日、そう言ってくれればよかっ――」


「そうだとしても!嫌だったから!」


白鳥はキッと青木を睨んだ。


「俺のためだろうが、俺とのためだろうが、嫌なもんは嫌だ!青木が他の男とそういうことするなんて……!」


「…………」


青木はまじまじと白鳥を見つめた。


潤んだ大きい目。

赤く染めた頬。

引くつく小鼻に、

噛みしめた下唇。


こんなに魅力的な男が――。


(本気で俺のこと、好きなんだな……)



「……ごめん。悪かったよ」


青木は一歩前に出ると、白鳥の華奢な肩に両手を置いた


「もう、白鳥以外の男とは絶対そういうことしない」


「――ホント?」


白鳥が上目遣いでこちらを見つめる。


「うん。本当」


そう言うと、彼はやっとホッとしたように笑った。



――なぜ彼が、自分を好いてくれたのかはわからない。


必死になって話しかけたのが嬉しかったのかもしれないし、寮の部屋に呼んだことで急激に距離が縮まったのかもしれないし、茶原から守ってあげたことで感動したのかもしれない。


いずれにせよ、彼が本当に自分を好いてくれているなら、応えるまでだ。


彼が一番、望む方法で。


少なくとも――この実験が終わるまでは……。



「あのさ、試したいことがあるんだけど、いい?」


白鳥は微笑んだまま、青木を見上げた。


「試したいこと?」


青木が目を見開くと、


「うん」


そう言った途端、白鳥はその場に膝をついた。


「……え?え?」


青木が見下ろすと、



「黄河で反応しなかった青木のここが、俺の口で勃つかどうか」


白鳥は青木のベルトに手を掛けた。



◇◆◇◆


「……ッ……ん……うッ……」


橙色に染まった夕陽が、教室に緋色の影を落とす。


2人しかいない教室の中に、自分や黄河が立てた音よりも艶っぽく色気のある音が響き渡る。


「青木……」


白鳥が一旦、口からソレを出し、手で扱きながらこちらを見上げる。


「気持ちいい?」


「……ヤバい!」


そう言うしかなかった。

だって青木のソレは、今にも爆発しそうなほど腫れあがっていた。


「嬉しい!」


白鳥は美しい顔で微笑むと、また彼の顔にはどうみても似合わない自分の赤黒いソレを咥えた。


(前言撤回。……全っ然アリだわ)


青木は白鳥のキラキラ輝く金髪を撫でながら思った。


(白鳥相手なら嫌悪感を抱くどころか、余裕で勃つ……!)


無意識に前後に動いてしまう腰に、白鳥が嬉しそうに笑う。


(このままなら、フェラどころかセックスも夢じゃない!)


「マジでヤバい、白鳥。出そう……!」


とてもこらえきれず、片目を瞑りながら言うと、


いいお、出しえいいよ、出して


白鳥が青木のソレを咥えながら言った。


「ダメだって……!お前に、そんなこと……!」


いいあらいいから


「あっ……ああッ……あ……は……」


青木が腰を何度も痙攣させながら達したのと、


『風紀委員の皆さんは、今すぐ3階、多目的教室に集まってください』


校内放送が響いたのは、ほぼ同時だった。



◆◆◆◆


小柄な男は、視聴覚室からそそくさと出てきた白鳥を認め、隣の教室に身を隠した。



「――すげえ顔真っ赤。人間の神秘ー」


同じく隣の教室に隠れた長身の男が、彼の後ろからのぞき込んだ。


「何をしてきたんだろうね?」


小柄な男が呟くと、


「何をって」


長身の男が返す。


「しっ」


小柄な男が唇に人差し指を当てると、視聴覚室から青木浩一が出てきた。


カチャカチャとベルトを締めている。


「フェラかセックスだね」


青木が十分に通り過ぎたのを見計らってから、小柄な男は言った。


「え。もうそこまで進んでるの」


大柄な男は頭を掻く。


「茶原ってやつも、黄河のクソ野郎も、ろくに役に立ちもしないで殺られやがって」


小柄な男は、その女子のような容姿に似合わず、乱暴な言葉を吐いた。


「もう傍観するのはやめにした」


振り返ると、大柄の男は嬉しそうに微笑んだ。



るの?俺たちで」


「ああ犯る。僕たちで」


小柄な少年は細い指を組むと、関節をポキポキと鳴らした。


「男なんて見たくもなくなるほどのトラウマを埋め込んでやる……!」



その時、背後に何かが動いたのを感じ、小柄な男は振り返った。



「……なんだ。あんたか。脅かさないでよ」


大柄の男も彼を見下ろした。



「あの作戦で動くのか?」


「そうだよ。君も一緒に犯る?なんてね」


笑った小柄の男に、



「……犯る」



は静かに答えた。





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