第15話 真夜中の襲撃


夜、青木は共同浴場を出ると、共同スペースの自販機の隣のベンチに座り、意を決して白鳥に電話をした。


『も……しもし?』


彼は物の数秒で応じた。


『……びっくりした』


「なんだよ。ただの電話で大袈裟な。あー、もしかしてシコってたのか?」


いつもの男同士のノリでそう言ってしまってから、しまったと口を塞ぐ。


(これ、洒落にならんやつだった……!)


『……ッ!』


今さら撤回も出来ず、電話口で黙ってしまった白鳥の次の言葉を待つ。


『――も、もし、シてたって言ったら、どうする?』


(それってもしかして……俺を思って……?とか言えるか馬鹿!!)


青木は自分の頬をペチンと叩いた。


「冗談だよ!悪かったって!」


青木は大げさに笑うと、白鳥の自慰行為を想像しそうになった自分の思想をむりやり捻じ曲げた。


「今日、なんか俺、ずっと寝てたらしくてごめんな?」


『ううん。別に。めっちゃ疲れてたんだなーって思って』


白鳥はケラケラと笑った。


「教師に起こされても起きないって余程だよなー」


『――記憶あるの?』


「いんや?全くないっ!」


青木はベンチに足を上げ膝を立てながらもう一度笑った。


「赤羽が教えてくれたんだよ」


『……赤羽って、青木の隣の席の?』


「そーそ」


赤羽は青木の隣の席ではあるが、白鳥にとっては隣の隣の席だ。話したことはないのだろうか。


『ふうん……』


白鳥は感情の読み取れないあいまいな相槌を打つと、それきり黙ってしまった。


「……あー。ええと。明日も立哨指導とかあんの?」


話題を振ると、


『うん、ある』


白鳥のわかりやすい暗い声が返ってきた。


『2年生の先輩で特に俺にひどく当たる人がいて、マジで憂鬱だよ……』


「だからそれ絶対金髪のせいだって。染めろよ。黒でも茶色でもいいからさ」


『――無理なのっ!』


「無理って言ってもさー」


そこまで言ったところで、青木は目の前に立っている人物を見上げ、言葉を切った。


『――もしもし?青木?』


電話口の白鳥が訝しがる。


「あ、ごめ、大丈夫。なんか風呂がそろそろ終わりの時間らしいから、急いでいくわ」


『あ、うん。おけ』


「じゃあな!」


そう言ってスマートフォンを切ると、その人物を見上げた。


「……驚いた。お前も寮だったんだな。


そこにはタオルを肩に垂らした、赤羽が立っていた。


「ああ……俺も今知った」


赤羽はいいなんて言ってないのにベンチの隣に腰かけると、ふうと大きく息を吐いた。


「なんだよ?」


「お前さ」


同時に口が開く。

青木は赤羽に譲って口を閉じた。


「お前、もしかしてここに強制的に入れられたクチ?」


「――は?」


「あ、だからいや、あの」


赤羽は言葉を選ぶように頭を掻いた。


「別にここに来たかったんじゃないのに、ある日突然入れられたのかってこと」


なぜか赤羽の顔は必死だ。


(別にここに来たくなかったといえばそうだけど、ある日突然入れられたってのもそうだけど……あれ?もしかしてそのこと言ってる?)


青木もパニックになりながら彼を見上げた。


もしかして赤羽もそうなのだろうか。

執行待ちの死刑囚で、突然ここに連れて来られたクチなのだろうか。


「赤羽、もしかして……」


「あー、何でもねえ。忘れてくれ!」


赤羽は立ち上がると、水滴を飛ばしながら前髪を直した。


「ま、でも同じ寮なら、これからお前がもしぶっ倒れたとしても、運んでやれるな」


赤羽はため息をつくように笑うと、


「お前、どこの部屋?」


「4階のキッチンの隣」


「俺、3階の東の角部屋。ヒマな時とか来ていいから」


「お、おう」


「じゃあな。しっかり寝ろよ」


青木の頭にまた手を置くと、スタスタと行ってしまった。


(今のってそういう意味……?いやまさかな)


青木は手を置かれた頭を自分でも撫でながら考えた。


もし彼が死刑囚で、BL実験の参加者であるなら、白鳥に関心を示さないのはおかしいし、青木に優しくするのはもっとおかしい。


しかし他の5人の正体がわかるまで油断はできない。


(でも……)


青木は遠くなった赤羽の赤い髪の毛を眺めた。


(あいつとは争いたくねえな……)



「――ん??」


わずかに違和感を覚えたが、このときはすぐに忘れてしまった。



◇◇◇◇


「さあ、今日も今日とて勉強勉強!」


青木はやけくそ気味に声を張り上げた。


白鳥との関係は進展しないのに、ジャッジは3日おきにやってくる。

今、なんとなく白鳥といい感じだからと言って、これが長く続くかはわからない。


急展開が常なBL漫画界で、形勢逆転どんでん返しの一発逆転があるのは百も承知だ。


(白鳥の心をつかんでおくならエロは必須だ……!もし万一モブに襲われたとしても「俺、アイツとじゃなきゃ嫌だ…!」このセリフさえ引き出せればいい)


そのためには……。


青木はスマートフォンで「ゲイ エロ動画」と検索を掛けた。


「――うっ」


反射的に吐き気がこみ上げる。


今宵も長い夜になりそうだ――。



◆◆◆◆


いつの間にか寝てしまっていたらしい。

勝手に連続再生になっているスマートフォンからは、気色の悪い男の喘ぎ声がする。


瞬きを繰り返しながらゆっくりと腕を上げ、スマートフォンの画面を切った。


たちまち部屋が暗くなる。


(あれ?俺、照明切ったっけ……)


考える間もなく、何かが顔に押し当てられた。


「……うぶッ……!!」


息ができない。

枕か布団を顔に押し当てられたまま、掛け布団で身体をくるまれる。


(……な……!?)


わけもわからず抵抗するが暗闇でよく見えない。

押し付けられているせいで息も出来なくてパニックになる。


「ううううッ!!ぐううう!!!」


そのうちにどうやったのかはわからないが、上半身はくるまれた掛け布団で完全に動きを封じられてしまった。


そのとき、


「ゔッ……!!」


わき腹に激痛が走った。


2回、3回。


強烈なパンチだかキックだかわからない衝撃と痛みが走る。


「……ゴッ……!」


と今度は何かを押し付けられたままの顔に衝撃が走った。


その後はもう何が何だかわからなかった。

全身に走る痛みと衝撃。


それに対して身体を丸め少しでも衝撃を和らげることしかできない、地獄のような時間。


(これ……俺、死ぬのか?)


青木は暗闇の中、目を開けた。


(……いやだ)


歯を食いしばる。


(加奈の元に帰るんだ……!)


青木は口を開いた。


「……ああ、なんだ。お前かよ」


なぜその言葉が出たのかはわからなかった。

だが相手がだれであろうか、その言葉が一番効果的だと、本能でわかった。


「――――!」


今まで散々好き勝手していた人物は青木から離れると、逃げるように去って行った。


顎を軽く振ると、押し当てられていた枕がベッドから転げ落ちた。


攻撃してきたということは、間違いなく実験の参加者。つまりは死刑囚。

顔を隠してから襲ってきたということは、おそらく青木とすでに面識があるやつだ。


誰だ?

クラスメイトはなんとなくだが把握はしている。あの中にいるのか?

わからない。

わからないが、


「クソが!!!!」


青木は暗い部屋で叫んだ。


「ジャッジで順番にぶっ殺していけばいいんだろ?」


青木は暗闇を睨んだ。


「やってやるよ。フェラでもセックスでも……!」



「……けほっ」


喉から血がせり上がってくる。


確固たる決意とは裏腹に、全身の痛みに悶え、青木はしばらく動けなかった。




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