第16話 男を抱く決意


「なんかお前さ……」


隣の席の赤羽がこちらをのぞき込んでくる。


「ここ、腫れてない?」


そう言いながら右の頬をつねる。


「痛っ!」


「おっと、悪い」


赤羽は笑いながら持っていた鞄を机に置いた。


「どうしたんだよ?」


「ベッドから落ちた」


「はは」


信じたか信じないかはわからないが、赤羽は鞄を机の脇にかけると、いつものように足を投げ出して座った。


(やっぱり目立つか……)


青木は赤羽につねられた頬を摩りながらため息をついた。


しかし実は重傷なのは服を着たら見えない部分で、腹を中心に赤く腫れあがっている。

明日にはきっと青くなってもっとひどい状態になっているだろう。


(ああイラつくマジで。俺を誰だと思ってんだよ。12人の人間を殺した殺人鬼だぞ。ぶっ殺してやるからな、マジで)


そんな不穏なことを思いながら貧乏ゆすりをしていると、


「おはよ!」


白鳥が隣の席に座った。


「おう。今日もモーニングコール前に起きてて偉かったな。もう立哨指導終わったのか?」


聞くと、


「終わった~。今日は例の先輩なぜかいなかったからさー。早めに解放されたよ」


「そりゃよかった」


青木は白鳥の顔を見つめた。


「……なに?」


大きな目が見開かれる。


「あ、いや。朝から数学とかだりーな」


青木はそう言うと、教科書を叩きつけるように机に出した。


「全くだね~」


微笑む白鳥は、


青木の顔の腫れに気づかなかった。



◆◆◆◆


「今日も委員会?」


白鳥がいそいそと準備をしているのを眺めながら聞くと、


「うん。まあね……」


白鳥はうんざりしたように笑いながら言った。


「お前さ、委員会行った後ってまっすぐ帰ってる?」


「え?」


白鳥が金髪を揺らしながら振り返る。


「どういう意味?」


「あー、いや。委員会の奴と飯行ったり、クラスメイト達と遊びに行ったりしてねえのかなって思ってさ」


「……なわけないでしょ。クラスメイトなんて、青木以外とほぼ話してないし、委員会では苦手な先輩から逃げまくってるしさー」


その発言に何かが引っかかった。


「……青木?」


「あ……いや、そうか。大変だな、お前も」


「まあ風紀委員が忙しいのも4月いっぱいらしいからさ。なんとか頑張るわー」


白雪は立ち上がり、こちらを見下ろした。


「青木は……?」


「え」


聞き返されるとは思っていなかった青木は目を見開いた。


「だから、放課後っていつも何してんのかなって思って」


「あー……」


部屋でゲイビを見てますとはさすがに言えない青木は、目を細めた。


「なんもしてないよ。部屋でボーっとしてる」


「そうなんだ。1人で?」


やけに食いついてくる。


「?一人だよ、もちろん」


「そっか……!じゃあ、気をつけてね!」


白鳥はそう言うと、片手を上げて教室を駆け出して行った。


「――――」


青木は教室の中を見渡した。

部活。帰宅。塾。遊び。

各々の目的のために、それぞれのパートナーと共に散っていく生徒たち。


白鳥を追いかける者はいない。

それどころか目で追う者さえも。


青木の脳裏をある予感が走る。


(もしかして、他の死刑囚って、このクラスじゃないんじゃねえの……)


「お前、まっすぐ寮に帰んの?」


振り返ると赤羽が立っていた。


「ああ、悪い。ちょっと俺、担任に用があるから職員室回ってから帰るわ」


そう言うと、


「わかった。じゃあな」


彼はあっさりと帰っていった。



「ふう」


青木は誰もいなくなった教室で大きく息を吐いた。


(4月いっぱい、か。俺、5月まで生きてるのかなー)


生きていたとして、この学校に残っているのだろうか。


そんなことを思いながら背もたれに身体を預け、天井を見上げていると、


「あ、やっぱり」


声が聞こえてきた。


「待っててくれたってことでいいのかな?」


スタンスタンと教室に入ってくる上履きの音に、青木は首を傾けた。


そう。待っていた。

この男が来るのを――。


「……いいね。その目。ヤル気になった?」


男は青木を見つめながら、軽く握った手を口の前でしごいて見せた。


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