第13話 死刑囚③黄河利尋
「浣腸かシャワー浣か……」
寮に帰った青木は、自室のベッドの上に寝転んだ。
kinbleにログインし、保存したBL漫画を片っ端から引っ張ってきて、その部分だけを抜粋して読む。
どうやら男同士の準備のためには、この2択が必要らしい。
「さらにローションを塗り込んで、ヤッてる最中にも適宜付け足しながら……って、めんどくせ!!」
青木はスマートフォンを放り出した。
女のようにベッドに押し倒して、
『あ、待って。シャワー』
『いいから……』
『ええ?もう……!』
見たいな流れで行くのはほぼ100%不可能らしい。
しかも準備しなきゃいけないのは受け側。
つまりは白鳥に準備を強要するということだ。
(今日の会話からして、あいつも元々はノンケだってことだよな。それなのに「準備お願いできるか?」とかは無謀な気がする……)
頭の上で両手を組む。
(てかあれ?俺が攻めでアイツが受けでいいんだよな?見た目からしてそうだと思い込んでたけど、アイツが攻めをやりたいなんていったらどうなるんだ?俺、ケツに挿れられるのか?)
脳内が軽くパニックになる。
(ケツに……アレを……?)
青木は一旦は放ったスマートフォンを手繰り寄せた。
「だめだ。漫画で知識を得ようとしている時点でおかしいんだ。こっからは実写だ。ゲイビで本物を観ねえと!」
――――15分後、青木の部屋からは盛大にえずく音が聞こえてきた。
◇◆◇◆
「おはよう!……て、今日もまた目の下に盛大な隈を作ってるな」
隣りの席に鞄を置いた白鳥は、青木を見るなり苦笑いをした。
「ああ。ちょっと昨日の夜ゲイビ……動物動画を観すぎてな」
青木は机に突っ伏したまま、白鳥を横目で見た。
「そういうお前は今日は早いじゃん。モーニングコール前から起きてたし」
「あ、うん。実は頭髪の立哨指導があってさ」
なるほど。白鳥は『風紀委員』と書かれた腕章を腕に巻いていた。
「てかそんなナリで立哨指導して、『金髪に言われたくねえよ!』とか言われない?」
「……言われるよね。絶対」
白鳥が目を細める。
「こんな頭をしてる俺が悪いんだけど、風紀委員の先輩の中にはきつく当たる人もいて、大変だよホント」
「……それって頭を黒くすればいいだけじゃね?」
「いや。それだけは譲れない!」
「……頑なだな」
「じゃ、俺、行ってくるね!」
「お、おお!頑張れよ!」
わけのわからないことを言い残すと白鳥は、教室を後にした。
「あいつもタイヘンダナー」
机の上に再度突っ伏す。
白鳥は――
綺麗な顔をしていると思う。
肌も白いし、線も細いし。
ゲイビデオに出てくる毛むくじゃらのクマだの筋肉粒々のゴリラとは違うとは思う。
しかし――。
(……生えてるもんは生えてるし、ついてるもんはついてるんだよなー)
昨日観たビデオの中で、肛門に真っ黒な陰茎を挿されながら、縮れ毛の中でブラブラと上下していた男のソレを思い出す。
「……う……おえッ……」
再び小さくえずいた青木を、
「お前、また具合悪いの?」
隣の席の赤羽が呆れたように笑った。
◇◇◇◇
――ゃん。
――ちゃん?
――お兄ちゃん?
「……加奈!!」
はっと青木は瞼を開けた。
誰もいない教室。
いつの間にかオレンジ色に染まった黒板。
「――え?」
わけもわからずボーっとしていると、
「……お前寝すぎ」
低い声に慌てて振り返ると、隣の席で赤羽が足を投げ出して、スマートフォンを弄っていた。
「え、今何時?」
「5時。夕方の」
「は?」
青木は口の端に垂れた涎を手首で拭いながら、改めて教室を見回した。
「すごい熟睡っぷりだったぞ。教師が起こしても起きないくらい」
そう言うと赤羽はスマートフォンを鞄に突っ込み立ち上がった。
「白鳥は?」
「ああ、なんか風紀委員があるとかでとっくにいった」
その言葉に安堵する。
委員会があるんじゃ、他の5人はおそらく接触できない。
念のため後で電話しておけばいい。
それよりもこんな中途半端な感情で、白鳥と二人きりになる必要がないことに青木は胸を撫でおろした。
「眠れてちょっとはスッキリしたか?」
赤羽が微笑む。
「ああ、うん」
「それはよかった」
赤羽は鞄を肩につっかけた。
「え。ってか、待っててくれたのか?」
驚いて見上げると、
「別に。暇だっただけ」
――ポン。
自分よりも大きな掌が、青木の頭を包んだ。
「あんま無理すんなよ」
赤羽はふっと笑うと、片手を上げて教室を出て行ってしまった。
「……なんだあのイケメン」
誰もいなくなった教室で、青木は一人呟いた。
こんな実験などではなく、普通に入学して、普通に出会っていたら、彼とは良い友達になれたかもしれない。
じゃあ白鳥とは?
(まあ……かわいいとは思うけど。ああいう太陽みたいにキラキラ眩しい奴って、本当は苦手なんだよな)
青木は天井を仰ぎ見た。
(俺、あいつのこと、抱けるのかな……)
そもそも自分はゲイではない。
腐男子になったのも、BL漫画が大好きだった妹の加奈の影響だ。
『お兄ちゃんお兄ちゃん、大ニュース!』
加奈の少し鼻にかかった声を思い出す。
『米田ロウ先生の「どうしても触れたい」の続編が決まったの!!またあの二人に会える!』
『まさかの続編かよ!楽しみだな!』
『お兄ちゃん、聞いて!東本恵子先生の、「スイートクラスメイト」のサイン会当たっちゃった~!!』
『マジか!すげーじゃん!一緒に行こう!』
少し体の弱い加奈は、自分にとって宝物だった。
加奈が少しでも興味があるものは理解したいと思ったし、同じ時間と興奮を共有したいと思った。
だから加奈がすすめてきた漫画は全部読んだし、ボイスCDもBLゲームも全部買った。
つまり、それだけだ。
BLに興味があったわけでもないし、ましてや男同士のあれこれに興奮するわけではない。
(せっかく白鳥がこっちを意識してくれてるチャンスだってのに……!)
青木が眉間に皺を寄せていると、
「やあ、健闘してるみたいだね」
例の声が響いた。
「……今度はなんだよ……!」
耳を澄ませる。
「死刑囚、青木浩一君?」
(……ん?)
違和感があった。
いつもは骨を伝わってくる例の声が、耳から聞こえる。
「っ!!」
振り返るとそこには真っ黒なオカッパ頭の小柄な男が立っていた。
ガタンッ。
思わず勢いよく立ち上がり、椅子が後ろに倒れる。
「……お前、実験の首謀者か?」
この学校の制服を着ている年齢不詳な男は、大きな目をギョロギョロさせてこちらを見つめた。
「青木くんってさ、見るからにノンケだよね」
男は質問には答えずにフフフと笑うと、青木に歩み寄った。
「そのままじゃいくら白鳥に好いてもらっても、本当の意味では彼を落とせないよ。君もうすうす気づいてるんだろ?」
男は耳まで届かんとする大きな口を左右に広げて笑った。
「特別に助けてあげようか?」
「……ッ!」
下半身に違和感を覚えて青木は視線を落とした。
自分の股間はその男の小さな手に握られていた。
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