第12話 ファーストジャッジ


『茶原亮』



その名前に、青木も茶原もキョトンとした顔で見つめ合った。


「えっ」 


「は?」



バンッ。


渇いた音がして、


ちょうど謎の声が響いてくる場所。

ICチップを埋め込まれた首元あたりが吹っ飛んだ。


「…………!」


飛び散った肉片が、ボトボトと踊り場の床に落ち、その上に首と後頭部の大部分を失った茶原の死体がどさっと倒れた。



茶原亮。


彼が人生で一番最後に見たものは、


自分が殺したくて殺したくてたまらなかった男の、


ポカンと口を開けたマヌケ面だった。



『えっとー。今回の実験の中で、ターゲットへの他人のアタックを妨害するような行為がみられましたー』


謎の声は、人一人が死んだことには何のコメントもせずに、間延びした声で続けた。


『まあルールに入れてなかったのも悪かったので、今回だけは見逃す。でも今度からはターゲットを前にした死刑囚同士の妨害行為は禁止とする』


謎の声はそう言うと、また下品な笑い声を出した。


『では、次はまた3日後。健闘を祈る!』



ブツン。

不快音を残して、通信は途切れた。



「茶原……?」


もうこと切れていることをわかりながらも話しかける。

勿論答えない。



「なんで……だって、あいつ……」


呆然と立ち尽くしていると、



「青木?そこにいるのか?」


階下から声がした。



「――白鳥」


青木が踊り場から覗き込むと、彼は気まずそうにこちらを見上げた。


◇◇◇◇


さすがに茶原の死体を見せるわけにはいかず、青木は白鳥を無人の中庭に誘った。


「茶原は?一緒に出てったよね」


白鳥が花壇の前に置かれたベンチに座った。


「ああ……。なんか、急に転校しなきゃいけなくなったからって」


彼はもう帰ってこない。だから出まかせを言うしかない。


「なんか知らんけど、俺に白鳥を頼んでいった」


嘘も方便だ。

こうなりゃ利用してやる。


「そっか……青木に……」


白鳥は目を伏せると、小さく笑った。


「やっぱ、アイツには何でもお見通しだったんだな」


その柔和な横顔に、青木は意を決して聞いてみた。


「いいのか?あいつを行かせて」


「うん。俺はアイツの気持ちに答えられないから」


白鳥はハッキリとそう言うとため息をついた。


「え、だってお前、キス、気持ち悪くなかったって……」


「気持ち悪くはないけど、もっとしたいとは思えなかった」


「なんだ……」


青木は大きくため息をついた。


「……俺はてっきり、お前が茶原を好きなんだと思ってたよ」


「え、どして?」


白鳥が大きな目を見開く。


「だって、俺が昨日助けた時、顔真っ赤だったし」


「……それは……!」


「だからお邪魔しちゃったんだなーって思ってたよ」


苦笑いしながら言うと、


「あれは違くて……」


白鳥は昨日よりもさらに真っ赤に顔を染めながら言った。



「――助けに来てくれた青木が、あまりにかっこよかったから……!」


「……え」


「って、言わせんなよ、もう!」


林檎のように真っ赤になった白鳥が手で口元を隠す。



(――なんだこれ。なんだこのカワイイ生き物は……!)



気が付くと青木は、白鳥の手をどけて、その唇を奪っていた。


「……んっ……んぅ……」


白鳥の鼻から息が漏れる。


茶原はこの後、舌も入れたのだろうか。


でも――。


(いや、さすがに無理だな。ノンケの俺にいきなりディープはハードルが高い……!)


青木はギュッと白鳥を抱きしめた。



「あ――。ヤバい。襲っちゃいそ……」


BL漫画で何百回と見たことのあるセリフを口にする。


「今日はここでやめとく。身体目的とか思われたくないし」


そう言いながら優しく突き放す。


(よし、上手く誤魔化せた!)


心の中でガッツポーズを作ったが、


「――青木は、俺とこういうことして、気持ち悪くない?」


白鳥が痛いところを抉ってくる。


「そうだな、不思議と!」


無理して答える。


「男か女かってのは関係なくて、お前だからかな!」


これまたBL漫画で何十人もの攻めが言っていたセリフを吐く。



「――俺も。俺も、男となんてあり得ないって思ってたけど、なんだかお前は違うみたい……!」


白鳥は頬を染めると、小さく咳払いをして立ち上がった。



「じゃあ俺、今日、風紀委員の集まりあるから行くわ」


「風紀委員?お前が?」


夕日をキラキラと照り返している金髪を見ながら青木は笑った。


「しょうがないだろ。いいの残ってなかったんだから」


白鳥も笑うと、一歩、二歩と、後退を始めた。


「じゃ、また明日学校で」


「うん。じゃあな」


しかし白鳥は足を止めた。



「今のはさ、って思えたよ!」



「え……」


「じゃ!」


白鳥は手を振ると、校舎の中に走っていった。




彼の姿が見えなくなるのを待ってから、青木は拳を握りしめてしゃがみ込んだ。


そして、



「…………よっっっっっっしゃあああああ!!」


両手を空に降り上げながら立ち上がった。



「これ、もらっただろ!!!絶対アイツ、すでに俺のこと好きだって!!」


これはなんとかイケメンの部類に自分を産み落としてくれた母親に感謝するしかない。

もし無事に家に帰れたら、ステーキでもフォアグラでも、何でも好きなものをご馳走してあげよう。


(いや。もし帰れたらじゃない。帰るんだ、絶対に……!!)


絶望的とも思えた窓に光が差してきた。


(あとは俺が覚悟を決めて、男を抱けるようになるだけだろ!)


そうと決まれば寮に帰ったらさっそく総復習BL漫画だ。



「やってやる!絶対に……!!」



青木はもう一度ガッツポーズをとると、夕日に向かって雄叫びを上げた。



◆◆◆◆


「やば。あまりにぎこちない可愛いキスをみてたら勃ってきちゃった……!」


無人の生物室から中庭を覗いていた生徒は、チャックを開けて自分のイチモツを上下に扱きだした。



「……青木………あッ……茶原を奈落の底へ突き落とすのには成功したみたいだけど、んんっ……君は絶対に……はあ……この勝負には……アッ……勝てないよ?」



一人でガッツポーズをとっている青木を見ながら、だんだんと手が早くなる。



「だって君は……ノンケだか……らッ……ああッ!」


先端から飛び散ったものが生物室の床を汚す。



「はあっ……はあ……は……」


荒い息を吐きながら、再度中庭に佇む彼の横顔を見つめた。



「青木浩一。あの塩顔、ニュースでチラッと見た時から、めっちゃタイプだったんだよなぁ……!」


男はそう言うと、下唇を舐めて笑った。






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