第10話 今わの際の友情


(――結局、一睡も出来なかった……!)


青木は登校し席に座ると、一昨日に委員会決めをしたままになっている黒板を睨んだ。


さすがに今日はモーニングコールをする気にはなれなかった。


(だってあっちも嫌だろうし……)


茶原の席を見る。

彼もまだ来ていない。


『別に俺は、気持ち悪くなんてなかったし』


そう言った白鳥の温度のない顔を思い出す。


(あれって絶対、俺のことを軽蔑したって目だよな……)


ため息をつく。


(だってそうだろ。好きでもない奴にキスされたら、しかもそいつが男だったら、さらに幼馴染だったら――)


「おええッ!」


自分の腐れ縁の幼馴染の男を思い出し、青木は思わず机でえずいた。


「何お前。今度は具合悪いの?」


「……!?」


慌ててふりかえると、机に通学鞄を置いた赤羽がこちらを見下ろしていた。


「怪我したり、顔色悪かったり、軟弱な奴だな」


赤羽は呆れたように睨みながら、ドカッと自分の席に座った。


「――ま。限界が来たら言えよ。また保健室に連れてってやるから」


ぶっきらぼうに言うと、だるそうにスマートフォンを弄り始めた。


「…………」


青木はその横顔を盗み見た。


(さんざん疑ってたけど、こいつってきっと死刑囚じゃないんだよな?だって俺に普通に話しかけてくるし、白鳥に興味なさそうだし)


「なあ。赤羽……で名前あってる?」


話しかけると、


「あ?……ああ」


赤羽は視線をスマートフォンに固定させたまま、片眉だけ上げた。


「赤羽さ。俺が今、お前にキスしたら、どう思う?」


「…………」


色素の薄い切れ長の目がじろりとこちらを睨む。


「――ぶち殺す」


「ですよね!」


青木は机に突っ伏した。


(ほらな、これが健全な男子の反応だって白鳥!)


ということは。

ということはだ。


「!!」


青木は顔を上げた。


(白鳥ってもしかして、元からゲイなんじゃね?)


懐っこい性格。

近い距離。

男の部屋に行きたがる理由。

キスされても気持ち悪がらない神経。


そして――。


を蔑視した青木への軽蔑。


(これ、もう絶対アウトじゃん……!!)


青木は再び机に突っ伏すと、呻きながら肩を震わせた。


「……おい?悩みがあるなら聞くぞ?」


赤羽が戸惑いながらも声をかけてくれる。


「……あがばね゛……!!」


青木は涙と鼻水が入り乱れる顔を上げ、赤羽に手を伸ばした。


「お……おでには……いもうどがいるんだ……」


「はあ?」


赤羽の片眉がまた上がる。


「その妹が、幸せにくらしてるかどうか、虐められたり蔑まされたりしてないかどうか、1年に1回でいいから、見でぎでぐれないか……?」


「なんで俺が。自分で行け」


呆れたように首を傾げる赤羽に、


「おではもう死ぬがら~!!」


赤羽の腕に縋りついたところで、


「お前ら、何やってんの?」


振り返るとそこには、眉を顰めた茶原と、俯く白鳥が並んで立っていた。


「あ、いや、これは別に……!」


青木は袖で涙と鼻水を拭くと、2人を見上げた。


「一緒に登校とは仲良しだな!」


テンパって要らんことを口走る。


「ま、まあな!」


茶原がふんぞり返るが、白鳥は青木とは目も合わせずに目を逸らした。


「じゃ、茶原。放課後な?」


「ああ、わかった!」


茶原が握りこぶしを突き出すと、白鳥はふっと笑って笑顔でグータッチをした。


(――これは……どっちだ?)


青木は顔を顰めた。


(もう付き合ってんのか?それとも今日の放課後2人で話し合うのか?)


どちらにしてももう自分の付け入る隙はない。


(あーもう終わった!!)


「――赤羽~!!」


青木は振り返ると、赤羽の腕にまた顔を擦りつけた。


「頼む!妹を頼むよぉ!!」


「……あああああ!鬱陶しい!」


赤羽のため息が耳元で聞こえた。


今わの際を覚悟したの中で、いっそのこと赤羽くらい身体ががっしりしていて、声も低く男らしい奴の方が、自分はアリかもなんて、青木は人生で一番馬鹿らしくて意味のないことを思った。



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