第9話 失態


「白鳥!!」


壁に跳ね返るほどドアを開け放った青木を、ベッドの上で重なる2人が振り返った。


(ん……?)


白シャツのボタンは外され、胸がはだけられているが、下はベルトもちゃんとしていて、スラックスのチャックも下りていない。


(硬くなったのって……乳首かいっ!紛らわしい言い方しやがって!)


心の中でツッコミを入れる。


「んだよ、てめえ……!」


茶原が眉間にいくつもの深い皺を寄せながらこちらを睨む。

伊達に死刑囚じゃない。今にも人を殺しそうな形相だ。


「青木……?」


ムクリと上体を起こした白鳥がこちらを見上げてくる。


その目尻には確かに光る涙があった。


「白鳥。行くぞ……!」


青木は白鳥の細い腕を掴むと、茶原を突き飛ばすようにして彼を引き起こした。


「おい、白鳥……!」


茶原が必死な声を出す。


「行くなよ、白鳥……!」


「うるせえよ!」


青木は茶原を振り返った。


「本気だろうが何だろうが、突然同意もなしにこれは無いだろ!白鳥の気持ちをちゃんと考えたのかよ!?」


メインヒーローっぽいセリフを言ってみる。


「――――ッ」


茶原はよほど悔しいのか、白鳥の前だというのに、小鼻を引くつかせた。


青木は茶原が言い返してこないうちにと、ドアノブに手を触れた。


「白鳥……!待って!!」


その声に、反射的に白鳥の足が止まる。


「俺、本気なんだ……!だから、その」


茶原はベッドの上で正座になりながら白鳥を見つめた。


「俺とのこと一度本気で考えてほしい!頼む!!」


「――――」


青木は鼻から息を吸った。



悪くないセリフだ。


しかしBL漫画的にこのセリフを吐くのは――。


(……当て馬ライバルキャラだけなんだよ!!)


青木は白鳥の手を掴み直すと、


「行くぞ」


茶原の部屋を出た。



(――幼馴染系、当て馬オツ!!!!)


確かな勝利感があった。


そう、この瞬間までは。



白鳥を寮の玄関まで引っ張っていったところで、


「もう、いいでしょ……」


小さな声が聞こえて、青木は慌てて手を離した。


「ごめん!痛かったよな?」


「いや別に、そういうことじゃないけど」


白鳥は目を反らすと、青木が掴んでいた手首を摩るように摩った。


(――あれ?この反応……)


青木は口をポカンと開いた。


(もしかして、喜んでない……?)


白鳥は俯いたまま静かに呼吸を整えている。


「大丈夫?ちょっと休むか?」


自動販売機脇のベンチを勧めると、彼は素直にそこに腰を下ろし、両手で額を覆った。


「ごめ……今、混乱してて……!」


無理もない。


青木はどこか冷めた気持ちで、今、人生で一番混乱しているであろう、美少年を見下ろした。


(リアルの世界に住んでるノンケが、急にBL漫画の世界に引きずり込まれてるような状況だもんな。混乱しないわけがないって)


実験が行われているとは露知らず、しかも当人は何も悪いことをしていないのに、7人もの死刑囚たちに狙われている彼に、同情にも似た感情がこみ上げる。


しかし、だからといって――――。


(悪いな白鳥。諦めるわけにはいかないんだ……!)


青木はベンチの隣に座ると、汗ばんだ背中に手を触れた。


「びっくりしたよな」


「びっくりなんてもんじゃないよ……まさか茶原があんなこと……」


白鳥は大きく息を吐くと、顔を拭うように両手を頬まで滑らせた。


まさかと思われるくらいだ。おそらくは茶原もノンケなのだろう。

昔の彼を知っている白鳥だからこそ、困惑も大きいのだ。


「ああ、でもどうしよ。俺、茶原にひどい態度とったかも。あんなに真剣に言ってくれたのに逃げたりして」


どこまでもお人好しな白鳥は、この期に及んでまだ相手の心配をしているらしい。


(だから付け入られるんだって)


青木は小さく息をついた。


「いやいや、あんなの100パー茶原が悪いよ。だって、女ならまだしも好きでもないヤローにあんなことされたら、誰でもドン引きするだろ。フツーに気持ち悪いって」


そう言うと、


「……………」


白鳥は顔を真っ赤にしてこちらを振り返った。


(ん?なんだこの顔……。なんでこんな真っ赤にしてるんだ?)


青木は白鳥を見つめ返した。


(これ、怒ってる?え、今の流れで怒るきっかけあった?)


考えてもわからない。

1つの可能性を覗いては。



(――まさか、白鳥お前……)


また目を反らし、顔を真っ赤にしながらわずかにフルフルと震えている白鳥をのぞき込む。



(茶原のことが好きなのか……?)



「そもそも、どうして青木は茶原の部屋に来たの?」


白鳥は恨めしそうな顔でこちらを見上げた。


(……ええ!迷惑だったってこと!?)


「なんで、止めたの……?」


目尻には涙まで浮かんでいる。


(……ええ!止めてほしくなかったってこと!?)


今度はこちらが混乱する。


(まさかあれか?白鳥は自分でも意識しないうちに茶原のことがそこそこ好きで、さっきのキスやら愛撫やらで目覚めちゃって、結局は止めないでほしかったのにぃ!とかそういうことか!?)


脳内の青木は頭を抱えた。


まずい。

白鳥を落とすどころか嫌われてしまっては元も子もない。


(だって明日がジャッジなのに!)


この瞬間に嫌われてしまっては、イコール明日の死刑が確定する。


(早く謝らないと……!)



「め……」


「め?」


白鳥が眉間に皺を寄せる。


「迷惑だったなら、ごめん……!」


「――――」


白鳥は無言ですっくと立ちあがった。


「あ……帰る?白鳥くん?」


しかし白鳥は答えずに出入り口に向かった。


「……なあ?」


思わず声をかけると、



「俺、ちゃんと茶原に答え出す」


白鳥は振り返らないまま静かに言った。



「――別に俺は、



ハンマーで頭を強く打たれたような衝撃が走った。


やってしまった。


今このタイミングで、絶対に破ってはいけないタブーを犯してしまった。


茶原の部屋に踏み込みさえしなければ、とりあえず明日のジャッジでの死刑は回避できたのに。


「嫌い」


その感情は、「普通の人」や「知らない人」よりも低く重い。


(つまり、ビリは俺……?)


青木は目の前が真っ暗になった。



今になってやっとわかった。

残る5人が無言を突き通した理由。


野放しにしておけば、俺か茶原のどっちかが焦ってやらかすだろうと踏んで傍観していたのか。



「しくった……!」


青木は両手で頭を抱えて座り込んだ。



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