第8話 キスの音

「ここが寮かー!以外に綺麗なんだな!」


白鳥は四畳半の部屋を見回しながら、目を輝かせた。


「すげーすげー。青春って感じぃ!」


観光スポットさながらにスマートフォンで写真を撮っている。


「はは。俺から言わせれば、高校生なのに一人暮らししてるお前の方がすごいって。もしかして金持ち?」


聞くと、


「まさかー。実家が田舎過ぎて、近くに高校がないってだけ!借りてるのもボロアパートだよ。リフォームしてるから室内は綺麗だけどー」


白鳥は南側の窓を開け放つと、窓枠に両手をついた。


「ほら、あそこの水色のアパートわかる?あの2階の東側の角部屋が俺の部屋だから」


「どれどれ?」


覗き込んだ青木に、白鳥は小さなアパートを指さして見せた。


「今度は青木が遊びにきてよ」


そう言いながら窓枠に肘をつけて、身を寄せてくる。


「あ……ああ。今度な」


青木は微笑んだ。


果たして17日間でそのチャンスは来るのだろうか。


(そもそも17日間生きられるかさえわかんないけど……)


考えた途端に暗い気持ちになる。


今日――。最悪茶原が青木の想像通りに攻めたとして、そして白鳥がその誘惑に乗ったとして、それでも明日、白鳥と仲良くなった自分がジャッジに負ける可能性は少ない。


それでも今日、茶原の部屋に行ってほしくはない。


(行かないでって言うのも変だしなー)


青木は窓枠から離れると、ベッドの上に寝転んだ。


「あ、ずりっ!」


白鳥も横に寝転び目を瞑る。


(――人の気も知らないで、無防備なやつ)


「ふがッ!!」


青木は仰向けに寝転んだ白鳥の鼻を摘まんだ。


「なあ。茶原と白鳥って仲良かったの?」


聞くと、白鳥は大きな目で青木を見つめた。


「んー。茶原とは昔住んでた団地で一緒だったんだけど、近所同士、年齢関係なくみんな仲良かったからなー。その中の一人って感じ」


「ふーん」


「俺が引っ越して離れちゃったから、マジでここに来るまで何の付き合いもなかったよ」


だから、茶原が死刑になるような罪を犯したことも知らなかったのだろう。


意識していなかった幼少時代。

音信不通の数年を経て、高校で再会。

お互い成長した姿での再会は、なんだか気恥ずかしくて、緊張して……。


(なんそれ。学園BLの王道じゃねえか……!)


青木は思わずため息をついた。


「……茶原の相談って何かな」


「…………」


白鳥はころんとこ尖って青木を見つめた。


「俺、行かない方がいいかな?」


「は?」


驚いて白鳥をのぞき込む。


「俺、茶原の部屋に行かない方がいいと思う?」


「――――」


青木は目を見開いた。


「な……なんで?」


「…………」


白鳥はその質問には答えずに、僅かに頬を膨らませると、勢いをつけて起き上がった。


「だよな。この流れで行かないなんて、おかしいよな」


「あ、いや……」


「じゃ。部屋見せてくれてありがと!」


白鳥はそう言うと立ち上がり鞄を肩につっかけた。


「また明日、学校で」


そう言って手を上げると、白鳥は部屋を出て行った。


(――なんだアイツ……)


青木はぽかんと口を開いた。


何を考えてあんなことを……。


「………白鳥!?」


青木は扉を開けた。


そこには長い廊下が続いているだけで、白鳥の姿はもうどこにもなかった。


◆◆◆◆


「――どこだよ、アイツの部屋は……!!」


無論、自分たち死刑囚以外にも寮生がたくさん暮らす学生寮では、名前の札はかかっているものの、茶原の部屋がどこかはわからなかった。


「くっそ!これなら部屋番聞いておけばよかった!」


茶原のムカつく顔を思い出す。


自分はなぜ白鳥を、狼だとわかっている茶原の元へ行かせたのだろうか。

白鳥が行く気満々ならまだしも、あんなに迷っている感じだったのに。


(もしかしたら本能的に、茶原が自分を狙っているのがわかったのかもしれない)


もしそうだとすれば、白鳥は茶原の下心をわかっていながらも部屋に行ったことになる。

そんな押しに弱い彼が、茶原に言い寄られたら断れないかもしれない。


しかもあんなに無防備なのだ。

何もない方がおかしい……。


「くそ……!」


青木は廊下を走った。


「白鳥……!無事でいてくれ……!」



もちろんこれは、BL実験のためで、ひいては自分が死刑を免れるためで、さらには家族と再会するためだ。


もう生きては会えないと思っていた。

女手一つで自分を育ててくれた母親と、従順で良く懐いてくれた妹に、もう一度会いたい。

会ってまた3人で暮らしたい。


そのために今自分は、白鳥を探している。



自分だって不純な動機なはずなのに、青木はまるで正義のヒーローになったかのような気持ちで、白鳥を探し続けた。



◇◇◇◇


「あった……!!」


寮を端から端まで走り回って、やっとその字を見つけた。

青木は肩で息をしながら、【茶原亮】と書かれたプレートを睨んだ。


ドアノブに手を伸ばしかけて慌てて止める。


(……待て待て。急に部屋に入ってどうする!)


不審者以外の何者でもない。

それどころか、相談があると呼び出したのを知っているくせに部屋に割り込んだんじゃ、ただの失礼な奴でしかない。


何もできず、青木はゆっくりとドアに顔を寄せた。



「随分、青木のとこでゆっくりしてきたんだな」


茶原の声が響く。


「あー、いや。寮が広すぎて迷っちゃって」


白鳥が笑う。


なるほど、白鳥もこの広い寮の中で迷い、今しがた部屋についたばかりらしい。


「それで?相談って?」


白鳥が切り出す。


「――あのさ」


茶原の声が少し低くなる。


「俺、お前にずっと伝えてなかったことがあってさ」


「ん?俺に?」


白鳥がいつも通りの気の抜けた声を出す。


「俺、実は、小さいときからずっと――」


「ん?」


「お前のことが好きだったんだ……!」



「――――」


青木は両目を手で覆った。


予想通りだ。やはり仕掛けてきた。



「なあ?白鳥は?俺のことどう思う?」


ギシッと何かが軋む音がした。


(この2人、ベットの上にいるのか……?)


青木は目を見開いた。


「どうって、急にそんなこと言われても……!俺、茶原はガキの頃からずっと友達だって思ってたし」


白鳥の戸惑った声が響く。



「なあ、白鳥。俺たちもう、ガキじゃねえんだぞ」



(―――くっそ。王道なセリフ吐きやがって……!)


青木は奥歯を噛みしめた。



「白鳥……。好きだ……!」


「さは……んッ」


急に白鳥の声がくぐもった。


「……ん……んんッ……あっ……ん……!」


途切れる声に、クチュクチュと湿った音が混じる。


「ん……待っ……茶原……んんッ!」



(これは……)


青木は扉に耳を押し付けた


(――キスしてる……!?)




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