開戦! 空リプ合戦〜ヘタレ=ジカキの意地〜

 さて、何をするかって?

 決まっているだろう。SNS エアリプ攻撃だ。


「号令! 互助会員着席! 総員、指はスマホの上!!」

 

 僕の号令とともに、メンバーは戦闘態勢に入った。

 

『どう解釈したらからレモになるわけ』

『Sっ気溢れる唐揚げ紳士なんて唐揚げ紳士とは言わない』

『唐揚げ紳士優しいから……檸檬の成長を見守るパッパだから⋯⋯間違っても紳士から檸檬犯さないから……』

『てかどうでもいいわ。からあげ食べよ』

『なんで檸檬が砂糖漬けにされてんだよ。お前誰だよ』


 画面の向こう側へ、僕らは一斉に矢を放つ。ストトトト……と、スマホを操作する音だけが辺りに響いた。


『解釈違いが流行りそうで生きづらい』

『棲み分けしてよ』

『いや棲み分けとかじゃなく界隈から姿を消してほしい』


 攻撃は徐々にエスカレートしていく。

 最初の躊躇いはどこへやら。みんなゲヘゲヘと悪い笑みを浮かべている。……ハイになってるなぁ。


『国語のおべんきょしたことあります? おすすめですよ〜』


 中には、生物兵器――毒マロを作るやつも現れた。 

 これは……。僕は率直に思った。相手に直接攻撃するのは度が過ぎてるんじゃないか? さすがに報告するか、と思い、ちらりと委員長を窺い見る。


「ふっふっふっ。カミ=エカキめ、うちの〈野生の公式〉を返してもらうわよ!」


 ――って、毒マロ主お前かよ!


「あ、匿名だからヘタジカキが書いてることにするわね!」

「最低ッスね! あとヘタレ=ジカキです!」



 朝方で戦地は閑散しているとはいえ、向こうも黙ってないだろう。

 遂に〈からレモ〉軍勢の反撃が始まった。



『からレモで何が悪いの? 捏造を楽しむのが二次創作でしょ?』

『こんなとこで文句言ってないで、自分の創作で納得させればいいじゃん。まあ見ないし読まないけど』

『原作愛って何。公式グッズを買わずに内輪の頒布物ばかり買ってる人たちに何が分かるの』

『あまあまれもん。はちみつ漬けもおいしいよ』

『や、棲み分けってどの口が言ってんのさ。お前らが突っかからなければ済む話だよ』



「クッ……!」


 歯軋りの音が漏れた。

 心を抉る発言の数々。強い、強すぎる……!

 向こうは少数精鋭だが、個々の言葉の力が強く、1発の威力がとてつもなくデカい。正直侮っていた……これぞマイナーの底力か。


「何なの……そこまで言わなくても……」

「ひどいよ」

「『総じて捏造』とか言われたら返す言葉ないじゃない……」


 手痛いカウンターを喰らい、ひとり、またひとりと撃沈していく。


「みんな!!」

「ヘタレ……くん…………」

「!? ジウマさん! しっかり!」

「も……だめ…………」


 ジウマさんの身体も地面に吸い寄せられ――ばたり。深い眠りについてしまった。


「ジウマさん!? ジウマさーーん!!!!」

 

 オタクのメンタルは、基本的に豆腐だ。

 ひとたび鋭い刃を向けられると、繊細な心はボロボロに砕け散ってしまう。

 

「畜生……畜生ッ! からレモ軍団め、絶対に許さないぞッ!!」


 憎しみの連鎖は止まらない。

 ……でも。だからこそ、僕らは戦うんだ。怖いから戦う。臆病だから戦う。僕は最後まで諦めない。みんなの仇を必ず取ってみせる!


 燃え盛る思いを力に! 僕は筆を取った。


「オタクの早口なめるなよ!! うおー!!!!」


 夢中でスマホを叩く。

 140文字、280文字、420文字……1000文字! 僕は順調にツリーを繋げていった。

 そうだ。僕は腐ってもヘタレ=ジカキ。下手でも字書き!


「下手でも続けてきたんだ! 下手でも好きなんだッ! 作品数30ブクマ0の根性、見せてやるッ!!」


 ――でも、見てしまった。


 僕の指ははたりと止まる。

 逆境で熱くなった身体が急激に冷えていく。そして、周りの音が消えたような錯覚。

 感じたのは動揺、絶望。心の折れる音だ。血の気が、引いていく。

 

『唐揚げ紳士の指先が檸檬の輪郭をなぞる。それは単なる肉汁と果汁同士の接触ではない。意思と意思の伝達による融解である。唇の弾力が檸檬の頬に触れ、んっ、と声が鼻に抜けた。甘い息遣い。混ざり合う互いの温度。唐揚げ紳士の鼻腔にも柑橘系の香りが広がり紳士の夜の静脈を打ち続けるアドレナリンが今、衣を越えて――宇宙を焦がし始めた』 



 バァンッ! 割れんばかりの轟音が鳴る。



「何言ってるのかさっぱり分からないッ!!!!」



 気が付けば、悲痛の叫びをあげていた。


 なんという呪文詠唱。攻撃じゃないのに気力をごっそり持って……かれた……。

 ぐらりと身体が傾き、僕もあえなく地面に倒れ伏す。


「はっ、ははは……」


 どうして読んでしまったんだろう。いや、頭では理解している。これは交流厨の宿命さだめだ。与えられた供給全部に目を通す習慣がある僕にとって、高尚字書きはもはや天敵と言っても過言ではない。


 ……違うな。これは言い訳だ。僕に〈からレモ〉創作を読む義理はない。


「上手いや……」

 

 ただ、僕にはない感性が、羨ましかったんだ。

 瞼が重い。僕はゆっくりと目を閉じる。

 

 涙が一筋、頬を伝った。

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