僕らのオタク戦争
やまさき
降臨! コエデカ=オオテ委員長
☆ ☆ ☆
『唐揚げ紳士と夜の檸檬』
正装で唐揚げ専門店を営む変人――通称・唐揚げ紳士。そこへ突如、フリーターの檸檬が夜バイトとしてやってきた。檸檬はガサツで軽薄な性格で、紳士との相性は最悪。2人は何度も衝突を繰り返す。
しかし、外はカリッ、中はジューシーな唐揚げのように。唐揚げの脂っこさを和らげる檸檬のように。次第に互いの心も、深く絡み合っていく。
唐揚げに檸檬をかけるかどうか。この永遠のテーマにひとつの答えを与えた、伝説のBL小説。
☆ ☆ ☆
ここはドージン学園 レモン科。
レモンという新鮮なイメージとはかけ離れた、腐った学び舎だ。
このクラスには、小説作品『唐揚げ紳士と夜の檸檬』専門に学ぶ生徒が集っている。その中でも僕らは、通称〈レモから〉の創作に勤しんでいた。
ここで、勘のいい人は気付くだろう。タイトルでは、唐揚げ→檸檬の順に単語が並んでいるのに、どうして檸檬が左側にいるのか。
答えは簡単。檸檬が〈攻め〉だからだ。
ドージン学園寮〈互助会〉の一室。
柔らかい陽差しが降り注ぎ、にわとりの声で目覚めるのどかな朝――の、はずだった。
まどろむ僕の意識をぶった切るかのような、けたたましい通知音が鳴り響く。
『至急! レモン科互助会メンバー、直ちに集合!』
ああ、またか。まあでも、今回はオギャってないだけまだマシだな。
僕はベッドから身を起こし、薄暗い視界の中、壁に視線を這わす。じっと目を凝らすと、時計の針はまだ朝の4時を指していた。
隣のベッドから、もぞもぞと布の擦れる音がした。
「んー……またぁ?」
ルームメイトのジウマさんだ。彼女もむくりと起き上がり、眠そうな目をこする。
「おはよう、ジウマさん」
「うー、ねむ……。おはよー、ヘタレくん。今度は何だろ……?」
「さあね。どうせしょうもないことだよ」
「そーだね。この前はPV抜かれただけで騒いでたもんね。日が暮れるまでヨシヨシしたっけ」
もうヘトヘトだよ。ジウマさんは欠伸をこぼしながら、のろりとベッドから降りた。
『なんで誰も来ないの!? 急いで降りてきなさーい!』
「マズいな。このままだと機嫌を損ねてしまう」
「うん。じゃあ急ごっか」
お互いに顔を見合わせ、こくりと頷く。今は泣き言を言ってられない。僕たちは急いで下の階へと向かった。
下の階に降り、会議室の扉をそろりと開ける。既に何人かの生徒は集まっていたみたいだ。
「委員長? 今、何て」
「だから、戦争するのよ」
机の上に仁王立ちしている1人の少女。この方こそ我らが委員長、 コエデカ=オオテ様である。絵も描けるし小説も書ける。おまけに美人。つまり神というわけだ。……人柄さえ見なければ完璧に違いない。
「最近、からあげ科が調子づいてて目障りでしょう? みんなは言いづらかっただろうけど、うち、みんなを代表して言ってあげる」
会長はびしっと指差し、堂々と言い放つ。
「あいつらは原作を心から愛していない! 全人類の敵よ!」
「な、なんだってー!?」
これは初耳だ! 思わず大声で叫んでしまった。
「なぁに? なんか文句あるわけ? ヘタ=ジカキ」
「ひッ!」
凍てつくような視線に背筋がピンと伸びる。
「じ、自分、ヘタレ=ジカキと申します! すんません! 寝ぼけてました!」
「ふぅん?」
更に詰め寄ろうとする委員長の足元で、会議室の机がギシリと軋んだ。額から嫌な汗がとめどなく流れている。
もしここで機嫌を損ねたら、彼女が寝落ちするまで通話に付き合わされることだろう。僕はカウンセラーでも彼氏でもないので、もちろんそんなのはお断りだ。
どう切り抜けるか考えを巡らせていると、ジウマさんが僕と委員長の間に身体を割り込ませる。
「あ、あの! こいつ交流厨で! 毎晩夜中まで感想送りあってるみたいで大忙しなんです!」
「ちょっ! ジウマさん!?」
違う! 僕にとって交流は義務なんだ!
小説が下手である以上、繋がりを絶やしたら生きていけないだけに過ぎない。
というかそれ、地雷だから!
「ふ、ふーーん? 交流に現抜かしてるなんていい度胸じゃないの」
「い、委員長! あの!」
他の生徒がおずおずと手を挙げた。
「からあげ科の人たちに喧嘩売ったら私たち、校則破ることになるんじゃ……」
恐らく、話題を反らしてくれているのだろう。その隣の生徒も発言する。
「そうですよ! 相手は節度を守ったオタクです。攻撃を仕掛ける私たちの方が悪者になっちゃう!」
彼女たちの言う通りだ。
ドージン学園にはとある校則がある。それは【逆カプは棲み分けよ】というもの。破れば相応の処分が下ること間違いなしだ。
委員長は腕組みしたまま、さも当然かのように、
「悪いわよ。二次創作するなら鍵かけなきゃ」
ブーメランッ!!
これはとんでもないド正論ブーメランだぞ! 互助会メンバーにも命中! これは大ダメージだ。
「あれ? どうしたのよみんな」
委員長は自身の失言に気付かず、ポカンとしていた。
「私は関わりたくないんだけどな……」
淀んだ空気が漂うなか、誰かがぽつりと呟く。
「私も。学科のこと親に内緒で進学してるから、穏便に済ませたいのに」
「自分が気に入らないだけじゃないの……?」
次から次へと上がる不満の声。気が引ける、もう無理、ついていけない、筆折ろうかな。委員長の顔がみるみるうちに真っ赤になり――やがて、「うるさーい!」と一蹴した。
「逆らったやつはイベント呼ばないわよっ! RTもしない! それでもいいの!?」
「うっ……」
弱音を吐いていた面々だけでなく、全員の顔が引き攣った。嫌な沈黙を委員長はものともしない。
彼女は、どんっと机を踏み鳴らす。
「よーし、フォロワーのみんなー!! からレモを根絶やしにしなさーい! みんなの思いを背負って、あたしも頑張っちゃうんだから!」
朝っぱらの大声に、みんな反射的に耳を塞ぐ。
おいおいおいおい、デカいよ声が。心の中でツッコミを入れつつも、僕は大きく息を吸った。
「っしゃあ! 開戦じゃー!!」
拳を突き上げ、声高に叫ぶ。こうなりゃヤケだ。
続けざまに積極的な勇者が声を上げ、高揚感が増していく。
小説内で檸檬は言った。『嘘でもいいから吠えてみろ。全身の汁をぶちまけちまえ!』と。
「うそほえ汁ぶち!」
「うそほえ汁ぶち……!?」
「いえーい! うそほえ汁ぶちー!!」
寝不足による変なテンションが伝播し、終いには大熱狂となった。
「うそほえ汁ぶち! うそほえ汁ぶち! うそほえ汁ぶち! うそほえ汁ぶち! うそほえ汁ぶち! うそほえ汁ぶち! うそほえ汁ぶち!」
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