第2話 俺は一般人を殺すつもりなんかねぇ

「あぁ、思い出しただけでイライラする。なにが危険物だよっ」


 昼休みになり、ようやく一人になる時間を得た俺は、別館三階にある空き教室で一人昼食を頬張っていた。食べているのは、雑穀が混じった黒パン一枚だけだ。


(そういえば、今朝のアイツらって誰だったの?)

「先生に決まってんだろ」

(そっちじゃなくて、先生たちの後ろで笑ってた奴らよ。アンタも気がついてたんでしょ?)

「あぁ、アスパラたちのことか。アイツらがどうかしたのか?」

(絶対にアイツらよ。先生たちに嘘の報告したの)

「だろうな」

(アンタ、アイツらになにしたのよ)

「べつに悪いことはなにもしてねぇよ。アスパラたちが弱った兎に石を投げて点数を競ってたから、泥団子をアスパラに当てて、『今の何点だ?』て言っただけ」

(っぷ、アハハハ! アンタ最高だわ)

「だろ?」


 黒パンをすべて食べ終えた俺は、椅子から立ち上がり空き教室を出た。

 次の授業は算術か、なんて考えながら廊下を歩いていると、「早くよこせよ!」と階段の方から聞き覚えのある男性の怒声が聞こえてきた。


「今の声、アスパラだよな」

(行ってみましょう)


 アスパラの声が聞こえた階段の方へ向かってみると、小柄でそばかすが散った顔の男子生徒が涙目で壁まで追い詰められていた。その前では、憎たらしい笑みを浮かべながら男子生徒を囲っているアスパラたちの姿があった。


 アイツはたしか……。


 俺は壁に追い詰められている男子生徒に見覚えがあった。名前はコルン・ブラジウン。昼休みや放課後は校内にある図書館に入り浸り、誰かと会話しているところを授業以外では一度も見たことがない。俺と同じ一年の魔宝特別生徒だ。


「あの魔宝は、おじいちゃんから貰った大切なもので……」

「あぁ? 魔宝使いってだけで入学できた平民風情が、口答えすんじゃねぇよ! カテナ、鎖の首輪コルルムチェーン


 アスパラの言葉に応えるように、右手にある腕輪の宝石が輝き、鎖が飛びだす。鎖はコルンの首に蛇のような動きで巻き付き、首を絞めた。


「アスパラの奴、こんな場所で魔宝を使いやがった」


 校内で先生の許可なく魔宝を使用するは校則違反だ。

 バレたら注意だけじゃ済まされねぇぞ。


 アスパラは鎖を操りコルンの体を壁から引き離し、階段から落ちるギリギリのところまで移動させた。コルンがあと一歩後ろに下がれば、階段から落ちることは間違いない。


「や、やめて、ください」

「落ちるのは嫌だよなぁ? アハッ! アハハハハッ!」


 苦しそうに涙を浮かべるコルンを見て楽しそうに笑うアスパラたち。そんな不快な笑い声を聞いていると、思い出したくもない記憶が脳裏に浮かび上がってくる。


(あの子、なんでやり返さないのかしら)

「意味がねぇからだ」

(どういうこと?)

「アスパラたちは根に持つタイプなんだよ。やり返し損だ」


 まあ、コルンにはやり返す度胸もなさそうだけどな。


(なら、アスパラたちを殺せばいいじゃない。アンタならできるでしょ)

「……簡単にそんなこと言うんじゃねぇよ」


 なんてことないように呟くドラコに対し、気づけば俺は普段よりも低く冷たい声で返していた。


「俺は一般人を殺すつもりなんかねぇ」

(あっそう。せっかく戦えるチャンスだと思ったのになー)


 だが、このままアスパラたちをほおっておくのも、気分がわりぃな。


「ドラコ、アスパラたちの中で魔宝使いは何人いる?」

「魔宝使いはアスパラって奴だけね。その他は、魔宝を使う力は持ってないわ」

「つうことは、実質一対一。楽にコルンを助けられそうだな」

(はぁ? アンタがあの子を助けるメリットなんてどこにもないじゃない) 

「メリットならあるぜ。虐めから救ってやれば、俺の評判も少しは変わるだろ」


 それに、虐めている奴がアスパラだったらなおさらだ。先生からの俺の評判を上げてアスパラの評判を下げれば、今朝みたいなことは起こらなくなるに決まってる。


(ふ~ん。まあいいわ。とっととアイツらボコボコにしましょ!)

「お前の力は借りないからな」

(なんでよ!)


 そんなもん、割に合わねぇからに決まってんだろ。

 こんなしょうもない理由で退学してたまるか。


 俺はギャーギャーと喚くドラコを無視して、アスパラたちに近づいていった。


「おい、ダッセェことしてんじゃねぇよ」


 俺の声に反応して、アスパラたちが振り返る。


「あれぇ、誰かと思えば、先生たちに怒られてたタイトくんじゃありませんかぁ」


 挑発的に呟くアスパラ。その脇にいる二人も、アスパラと同様ニマニマと笑っていた。脇にいる二人の名前は本当に知らん。とりあえず長髪の方をカピリ、太っている方をアデプスとでも呼んでおくか。


「僕たちのどこがダサいか言ってみてくださいよぉ」

「こんな弱そうな奴を相手に、三人がかりで虐めてるところがまずダッセェよ。あ、そういえばお前ら、三人でお手々繋いでも兎に近づくことすらできなかった、臆病者だったな。わりぃわりぃ、それなら仕方ねぇか」


 そう言って鼻で笑ってやると、アスパラたちは眉間にしわを寄せ、握りしめた拳をわなわなと震えさせていた。


(タイト)

「わあってるよ」


 俺はいつでもアスパラたちが襲いかかってきてもいいように重心を落とした。


「愚か者め!」

「コロス!」


 カピリとアデプスが二人同時に襲いかかろうとしてきた。しかし、アスパラが無言で右手を上げ、二人を止める。


「なあ、タイト。僕たちがなんで、こんな場所でコルンを脅していたかわかるか?」

「人目につかねぇからじゃねぇのか?」

「それもある……が、それだけじゃない。カテナ、鎖の護手キロテカチェーン


 アスパラの上げた右手に、ジャリジャリと音を立てながら鎖が巻きついていく。音が鳴り止んだ時には、アスパラの右手は素肌が見えないほど鎖に覆われていた。


「ここじゃあ悲鳴が先生まで届かねぇからだよぉ! このクソったれがぁ!」


 そんな叫び声とともに、アスパラは鎖を巻きつけた拳を俺の顔面目掛けて飛ばしてきた。すかさず俺は体をひねり、横にずれて拳をかわす。


「うわっ⁉」


 その時、アスパラの背後にいたコルンが短い悲鳴を上げた。見るとコルンは、足を踏み外したのか、アスパラの振り上げた腕が当たったのか、理由は定かではないが、今にも階段から落ちそうになっていた。


「危ねぇ!」


 俺はアスパラの拳をかわしてから、流れるようにアスパラの横を通り過ぎてコルンの腕を掴んだ。間に合った、そう思い安堵の息を吐いた。しかし、ジャリジャリと音を立てる硬いなにかに、背中を押すように叩かれバランスを崩してしまう。


「やばいっ」

「うああぁああ!」


 ひたすら声を上げるコルンを抱きしめ、俺はゴロゴロと階段を転げ落ちた。肩、背中、尻を段差にぶつけ、体中に激痛が走る。ようやく階段を転げ終えた俺はすぐさまコルンの顔を見た。


「おい大丈夫か?」

「は、はい、大丈夫です。タイトくんは?」

「俺はなんともねぇよ」


 と、強がったものの、背中と肩に走る激痛により、思うように動けないでいた。


「あれれぇ、今、タイトがコルンを突き落としたように見えたぞぉ」


 アスパラが俺たちを見下ろしながら憎たらしい笑みを浮かべて呟いた。


「あぁ? てめぇ、なに言って――」

「我も見たぞ」

「オラモオラモ!」


 カピリとアデプスがアスパラの言葉に同調し始める。


「はい、見~ちゃった見~ちゃった」

「「せ~んせいに、言ってやろ~」」


 アスパラたちはぴょんぴょんと飛び跳ねながら歌い始めた。


 コイツらぁ、一発殴ってやらねぇと、どっちが上かわかんねぇみてぇだなぁ!


 アスパラの挑発に我慢ならなかった俺は、すぐにアスパラたちの顔面をへこますために立ち上がろうとした。しかし、コルンに服の袖をギュッと掴まれ、止められてしまう。見れば、コルンはなにも言わず首を横に振っていた。


「見損なったよタイトくぅん。噂に比べて随分とダサい男みたいだねぇ」

「あぁ? その変な噂を流したのはてめぇらだろうがっ! このクソどもがっ!」

「あ、バレてた?」


 アスパラたちは、これまた楽しそうに笑いやがった。気色悪い。


「タイト、覚えとけよ。この僕にダサいって言ったこと、後悔させてやるからな」


 吐き捨てるようにそう言って、アスパラはカピリとアデプスとともに去っていく。


「おい、逃げんな! コルンに謝れよ!」

「もうやめてください、タイトくん」

「はぁ?」


 俺は未だに袖を掴んでいるコルンの手を払い、コルンを睨みつけた。


「なんだてめぇ?」

「た、助けていただいたことには、感謝しています。で、ですが、この事は誰にも言わないでください。お願いします」


(この子、馬鹿なの?)


「お前はそれでいいのかよ」

「はい。僕は気にしていませんから」


 コルンの下手くそな作り笑いに、俺は思わず拳を握りしめた。


「なんでもかんでも我慢することが強さだと思ってんなら、大間違いだからな」

「え?」

「その我慢はな、アイツらの方が悪いに決まってんのに、正しいと認めてるようなもんだぞ。自分の方が正しいと思うなら、ちゃんと抵抗しろよ」


 気がつけば俺は、そんなことを口走っていた。すると、なぜかコルンは悔しそうに歯を食いしばった。


「それは、タイトくんが強いから言えることなんですよ。僕には、できません」

「……あっそう。お前がそれでいいなら俺はなにもしねぇよ」


 見た感じ怪我はなさそうだし、一人でも大丈夫だろ。


 俺はコルンをその場に残して階段を下ることにした。


(タイトいいの? あの子の協力がないとアンタの評判は変わらないわよ)

「別にどうでもいいよ。それに、コルンがなにもしねぇなら、俺がなにしたって無駄だ」


 去り際、最後にもう一度だけコルンの顔を見た。コルンは眉をひそめて唇を噛んでいた。その怒りが俺に対するものなのか、アスパラたちに対するものなのか、はたまたコルン自身に対するものなのか、俺にはわからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2026年1月15日 22:10
2026年1月16日 22:10
2026年1月17日 22:10

白き制裁のDRAGONEWT 此岸之 芥 @haru86008600

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ