Ep.11 — 海峡のモスキート、銀色の熊鷹

台湾 澎湖諸島 馬公市 / 民宿「海鳴り(ハイミン)」

語り手:ジェイムズ・「ジミー」・サカモト(68歳 / 民宿経営者・元台湾空軍 第3戦術戦闘航空団 中尉 / ニッケイ台湾人)


台湾海峡に浮かぶ澎湖(ポンフー)諸島は、風の島だ。

冬になると、大陸から吹き下ろす北東季節風――人々はこれを「九降風(ガウガンフン)」と呼ぶ――が、鉛色の海面を叩き、玄武岩の断崖を削り、人の肌を塩と砂でやすりにかける。

この風こそが、何世紀にもわたって台湾本島を守る最初の防壁だった。大航海時代のオランダ艦隊も、清朝のジャンク船も、そして近代のフランス軍も、この理不尽な風と隠れた岩礁に阻まれてきた。


今は夏の盛りだ。台風が南からゆっくりと近づいていて、空気は湿った熱気でねっとりと肌に張りつく。

この島は、台湾の「絶対国防圏」の最前線であると同時に、奇妙な静けさに包まれた観光地でもある。 馬公(マーゴン)の古い港には、威圧的なグレーに塗装された最新鋭のミサイル艇と、極彩色の観光客を乗せたフェリーが隣り合わせに停泊している。空を見上げれば、民間機のリゾート便と、スクランブル発進した空軍機のコントレイル(飛行機雲)が、抜けるような青いキャンバスの上で交差する。ここでは、「日常」と「戦時」が、カクテルのように混ざり合っている。


私が訪ねたのは、島の西端、台湾海峡を見下ろす断崖の高台に建つ一軒の民宿だった。

「海鳴り(ハイミン)」。強烈な風と紫外線に晒されて白く退色した木製の看板が、ギイギイと錆びた蝶番の音を立てている。

そのテラスで、一人の男が海を見ていた。ジェイムズ・サカモト。68歳。日焼けした肌は使い込まれた古い革鞄のように強靭で、白髪交じりの短髪が潮風に逆らって立っている。Tシャツから覗く腕には、無数の小さな火傷の痕――整備油とジェット燃料の跳ねた痕――が星座のように刻まれていた。


彼が私に気づき、立ち上がった時、右足を引きずる独特のリズムが、床板を通して伝わってきた。義足だ。それも、シリコン製の最新型ではなく、金属パーツが擦れ合う、かなり旧式の重たい音がするタイプのものだ。


「ようこそ、風の島へ」


彼が差し出した手は、熱く、分厚く、そして驚くほど優しかった。

それは、かつて音速の壁を超え、死の淵から生還した者だけが持つ、独特の温度だった。


……風の音がうるさいかね? 構わんよ、そのままでいい。

この風こそが澎湖(ポンフー)だ。マイクに入っても構わんさ。ここにあるのはゴツゴツした玄武岩と、黒い海と、そして冬になれば人が立っていられないほどに吹き荒れる「からっ風」だけだ。

観光客は夏の青い海と白い砂浜しか知らないが、ここに住む人間にとっての海は、もっと重く、暗く、そして何かを奪っていく場所だ。


ビールを飲むかい? 台湾啤酒さ。薄くて水みたいだが、この湿った暑さにはこれが一番合う。喉の奥の砂埃を洗い流してくれるんだ。

私のグラスは気にしなくていい。もう3本目だが、この右足の幻肢痛を散らすには、医者がくれる鎮痛剤よりこいつの方がよっぽど効くんだ。

雨の日や、冬に九降風が吹き込んで気圧が落ちる日、あるいは今日みたいに台風が近づいている日は特にね。40年以上前に海峡の空に置いてきたはずの指先が、まるで万力で締め上げられているみたいに疼くんだよ。


(サカモト氏は、義足の右足を無造作に放り出して椅子に座り直した。日焼けした顔には深い皺が刻まれているが、その眼光は、はるか彼方の水平線を捕捉するレーダーのように鋭い。壁には、彼が若き日に搭乗していたF-104Jスターファイターのモノクロ写真が飾られている。機首には鋭利なピトー管が突き出し、その極端に小さな翼は、飛行機というよりは凶器そのものに見えた)


あの写真かい? ああ、あれが私の棺桶になるはずだった鉄の塊さ。ロッキードF-104Jスターファイター。「最後の有人ミサイル」。日本のマツダ重工がライセンス生産した要撃戦闘機型を、海峡戦用にレーダーと兵装を換装した改修機だ。


日本で用済みになった機体が、ここ台湾に流れてきて、私のような、日本で用済みになった人間の息子を乗せて飛んだ。皮肉な話だろう? 廃品同士がお似合いだってわけだ。


1984年。台湾海峡航空戦(※1)。あんたの世代じゃ、歴史の教科書の脚注でしか知らないだろうな。世界中が第三次世界大戦の炎で燃えている中、ここ台湾海峡もまた、中華連邦の巨大な圧力釜になっていた。毎日、空襲警報が鳴り、誰かが飛び立ち、そして誰かが帰ってこなかった。空が、血の匂いで満ちていた時代だ。


今日は、その話をしようか。私がまだ「ジミー」なんて陽気な呼び名じゃなく、「モスキート(蚊)」という蔑称で呼ばれていた頃の話を。


当時の台湾社会における、我々「ニッケイ(※2)」の立ち位置を知っているか?

経済的には、悪くなかった。親父たちは勤勉だったからね。廃材からラジオを直し、壊れた旋盤を修理し、台湾の戦後復興のエンジンルームで油まみれになって働いた。そのおかげで、私たち第二世代は大学へ行き、医者やエンジニアになる者も多かった。


私の家もそうだ。親父は戦前から高雄にいた湾生(バンシェン)で、台湾の港湾鉄道を支えていた技術屋だ。

母は「大離散」で日本本土から流れ着いた難民二世。だから俺自身は、その二つの影――戦前の湾生と、戦後の難民――を半分ずつ引きずっている。


国の建て付けとしては、ニッケイも台湾人も、法律の上ではまったく同じ市民だ。工場や研究所では、ニッケイ技術者と台湾人マネージャーが肩を並べて働き、税金も同じように払い、兵役にも就く。台湾人が土地や地方政治、商業ネットワークを担い、ニッケイが工業・インフラ・鉄道・軍事教導などを担う――そういう多民族・職能分担国家として、ぎりぎりの均衡で回っていた。


……だが、心の奥底では、我々は常に「透明な壁」を感じていた。


我々の親たちは、1947年の「大離散」で、沈みゆく日本本土から逃げ出してきた難民だ。あるいは、戦前からこの島に住んでいたが、敗戦で一度は全てを失った湾生の末裔だ。台湾の人々――日本統治時代に苦汁を舐めた本省人の一部――からすれば、我々は「複雑な隣人」だった。


かつての支配者が、みすぼらしい難民として舞い戻り、今度は技術者面をして幅を利かせている。表面上は友好的でも、酒が入れば本音が漏れる。

「お前たちは、いざとなればまた日本へ逃げるんだろう?」とね。


そして、その透明な壁が、いちばん分厚く、いちばん冷たかった場所がある。

それが、空軍の戦闘機パイロットの世界だ。最新鋭の戦闘機は、国家の虎の子だ。一機数千万ドルもする。それを、「忠誠心が疑わしいかもしれない少数派」に預けられるか?

紙の上では平等でも、実際の運用現場では、そんな疑念がいつまでも消えなかった。


私は空軍士官学校をトップクラスで卒業した。操縦技術、航空力学、英語、どれをとっても誰にも負けなかった自信がある。だが、同期の台湾人が最新鋭のF-5EタイガーIIや、アメリカとの共同計画で始まった「次期主力機」の訓練コースに進む中、私に辞令が下りたのは「第3戦術戦闘航空団」だった。最前線の部隊だが、配備されているのは老朽化したF-104。 そして任務は、最も危険な海峡中間線の哨戒だった。


要するに「消耗品」だよ。中華連邦のミサイルを吸い寄せるための囮。

あるいは、有事の際に真っ先に突っ込ませて、敵の戦力を推し量るための捨て駒だ。


私のコールサインは「モスキート(蚊)」。公式には、私の機動がうるさいほど機敏で、敵にまとわりつくからだと言われていた。

だが、裏の意味は違う。基地の食堂(メスルーム)で囁かれる陰口を聞けばわかる。


「台湾の血(税金)を吸いに来た蚊」だ。


「おい、日本仔(リップンキナ)が来たぞ」

「あいつら、編隊無線を日本語でやってるんじゃないか? 謀反の相談でもしてるんだろ」


そんな言葉が、すれ違いざまに背中に刺さる。

悔しかったかって? いや、恐怖だったよ。


この島以外に、私たちに帰る場所はない。日本本土は荒廃し、言葉も通じない異国になっていた。オホーツクは極寒の軍事国家だ。マレアは遠すぎる。

ここで「台湾人」として認められなければ、私たちは海に浮かぶ根無し草だ。パスポートを持っていても、魂の居場所がない。


だから、私たちは誰よりも勇敢に、いや、無謀に飛ばなきゃならなかった。

燃料計がゼロになるまでアフターバーナーを炊き、機体が空中分解する寸前までGをかける。フライトレコーダーに残るデータだけが、私たちの忠誠心の証明書だった。

「俺の血の色を見てくれ。お前たちと同じ赤色だ」と叫ぶために、私たちは空へ上がったんだ。


そんな私を、誰よりも毛嫌いしていた男がいた。小隊長の陳(チェン)大尉だ。

彼は本省人(台湾土着の人々)の叩き上げで、父親は日本統治時代に警察官に殴られた経験があると言っていた。筋骨隆々とした体躯に、常に不機嫌そうな太い眉。制服のボタンが弾け飛びそうなほど胸板が厚い。

彼のF-104Jの操縦は、荒々しいが正確無比だった。機体の限界ギリギリのところで踏み止まり、無理やりねじ伏せるような飛び方だ。


「おい、モスキート」

ブリーフィングが終わると、彼はいつも私の肩を小突いて言った。小突くといっても、彼の手にかかれば打撲傷レベルだ。

「貴様の飛び方は優等生すぎる。教科書通りに飛んで生き残れるのは、シミュレーターの中だけだ」

「はっ、是正します」

「口答えするな。貴様らニッケイはいつもそうだ。口先だけは達者だが、腹の底が見えん」


彼は徹底して私を差別した。一番きついシフト、一番古い機体、一番危険な空域。

整備兵たちも、陳大尉の顔色を窺って、私の機体の整備を後回しにすることがあった。私は毎晩、整備マニュアルを片手に、自分で機体の点検をしたよ。油圧系統の滲み、リベットの緩み、タイヤの磨耗。自分の命を守れるのは自分だけだと思っていたからな。


ある湿度の高い夜のことだ。翌日のスクランブル待機に備えて、私がハンガーで愛機のキャノピーを磨いていると、陳大尉が入ってきた。彼は酔っていた。手には安い高粱酒(カオリャンジュ)の瓶を持っていた。酒臭い息と共に、彼は私の機体に近づいてきた。


「精が出るな、日本仔」

彼は私の機体の主脚を蹴り上げた。ガン、と鈍い音が響く。

「こんな鉄屑をいくら磨いても、ミサイル一発でオシマイだぞ」


私は布巾を握りしめて、彼を睨みつけた。

「鉄屑じゃありません。こいつは私の翼です」

「翼だと?」

彼は鼻で笑った。「F-104の翼なんて、カミソリの刃みたいなもんだ。空力的に飛んでるんじゃない。エンジンの馬鹿力で、無理やり空気を切り裂いてるだけだ。……エンジンが止まれば、ただの鉄の塊だ。俺たちと同じようにな」


彼は瓶をラッパ飲みし、ふらつきながら私のロッカーの方へ歩いて行った。ロッカーの扉が開いており、そこには一枚の写真が貼ってあった。

私の父と母、そして幼い私が写った家族写真だ。父は、日本から持ってきた古い大島紬の着物を着て、母は留袖を着ている。背景は台北の植物園だが、そこだけ切り取られたように「昭和」の空気が漂っていた。


「……親父さんは、まだ日本語を話すのか?」

陳大尉は、写真を見つめたまま、意外なほど静かな声で尋ねた。

「はい。家の中では」

「俺の親父もだ」


私は耳を疑った。

陳大尉は自嘲気味に笑い、写真の父の顔を指先でなぞった。指先が震えていた。


「俺の親父は、お前らの言葉を強制された世代だ。学校で台湾語を話すと『犬』という札を首から下げさせられた。だから親父は、死ぬほど勉強して完璧な日本語を身につけた。……そして今でも、酒に酔うと軍歌を歌うんだ。『同期の桜』をな」


彼の顔には、怒りと、それ以上に深い哀しみが張り付いていた。それは、引き裂かれたアイデンティティを持つ者特有の表情だった。


「俺の親父は、捨てたはずの国の言葉の呪縛から逃れられない。お前の親父は、捨てられた国の言葉をまだ大事に抱えている。……滑稽だな。俺たちも、お前たちも」


その時、私は初めて彼の瞳の中に、ただの差別主義者ではない、別の色を見た気がした。

それは、時代の激流に翻弄され、自分たちのアイデンティティを歴史にレイプされた者同士の、ある種の共鳴だったのかもしれない。

彼は私を憎んでいたのではない。私の中に、彼の父親が抱える「呪い」と同じものを見ていたのだ。ニッケイも台湾人も、この島では同じ「歴史の孤児」なのだと。


「死ぬなよ、サカモト」

彼は帰り際、ボソッと言った。背中は寂しげだった。

「貴様の命なんぞどうでもいいが、機体は国の財産だ。墜とすなら、敵を道連れにしろ」


それが、あの8月14日の前夜のことだった。

陳大尉が出て行った後のハンガーには、彼が置いていった安酒の匂いと、冷却されていくジェットエンジンの金属音が残っていた。

私はロッカーの家族写真を見つめた。父の着物の柄と、母の控えめな笑顔。私は彼らに誓った。


「逃げない。絶対に、この島を守ってみせる」と。


その日の台湾海峡は、分厚い積乱雲に覆われていた。湿度は90パーセント。まだ午前中だというのに、滑走路のアスファルトからは蜃気楼が立つほどの熱気が立ち上っている。ジッとしているだけで、フライトスーツの中を汗が伝い落ちる不快な朝だった。


アラート・ハンガーの待機室では、パイロットたちがトランプをしたり、タバコを吸ったりして時間を潰していた。だが、空気は張り詰めていた。誰も口には出さないが、全員が感じていた。

前日、海峡で漁船が拿捕されたという情報が入っていた。中華連邦軍の動きが活発化している。

「今日は来るぞ」

誰かが呟いた。煙草の煙が、天井の扇風機に吸い込まれていく。


午前10時05分。けたたましいサイレン音が、その予感を現実のものにした。スクランブル(緊急発進)。訓練ではない。本物だ。


「第3小隊、発進せよ! ターゲットは海峡中間線、ボギー(国籍不明機)多数!」


スピーカーからの怒号に弾かれるように、私たちは走り出した。

ハンガーへ向かうジープの上で、私はヘルメットのバイザーを下ろした。心臓が早鐘を打つ。恐怖か、興奮か、自分でもわからない。

ただ、手足が氷のように冷たくなる感覚だけがあった。隣に座る陳大尉と目が合った。彼は無言で頷き、太い親指を立てた。昨夜の弱気な男はもういない。そこには「台湾の空の番人」の顔があった。


私は愛機のF-104Jに飛び乗った。

整備長――彼は生粋の台湾人で、普段は私に愛想がない男だが――が、私がラダーを登るときに大声で叫んだ。


「中尉! エンジンの調子は最高です! 生きて帰ってきてください!」


私は驚いて振り返り、そして深く敬礼してキャノピーを閉じた。

外部の音が遮断され、コクピットという狭い棺桶に閉じ込められる。聞こえるのは、自分の荒い呼吸音と、J79エンジンの金属的な咆哮だけ。


F-104という機体を知っているか? 全長16メートルに対し、翼幅はたったの6メートル。翼なんてカミソリみたいに薄くて小さい。揚力なんてほとんどない。

エンジンが止まれば、滑空なんてできない。ただの鉄の棒として、レンガのように墜ちるだけだ。

「ウィドウ・メーカー(未亡人製造機)」。それがこいつのあだ名だ。着陸速度は時速300キロを超える。少しでも操作を誤れば、滑走路の染みになる。

だが、その代償として得たスピードと上昇力だけは一級品だった。こいつは飛行機じゃない。人間が跨るロケットだ。


「タワー、こちらモスキート01。離陸許可を願う」

『モスキート01、風向040、風速15ノット。滑走路クリア、離陸を許可する。……武運を(Good Hunting)』


スロットルを押し込む。アフターバーナー点火。「ドン!」という、背中を巨人に蹴り飛ばされたような衝撃と共に、機体は滑走路を滑り出した。

加速Gが全身をシートに押し付ける。速度計が跳ね上がる。150ノット、200ノット……。機体が振動し、タイヤが悲鳴を上げる。


「飛べ、飛んでくれ!」


心の中で叫ぶ。この機体は、速度が乗るまではただの重たい鉄屑だ。


離陸(ローテーション)。操縦桿を引くと、機体は地面の束縛を振り切って空へ躍り出た。ギアアップ。機首を上げると、鉛色の雲が迫ってくる。

隣を見れば、陳大尉の機体がピッタリとウィングマンの位置についている。銀色の機体が、水蒸気の帯を引いている。美しい、と思った。

私たちは雲を突き抜け、太陽の領域へと駆け上がった。


高度3万フィート。雲の上は、嘘のように静寂な青空だった。太陽が眩しい。神々しいほどに美しい世界だ。下界の泥臭い対立も、私の出自への差別も、ここでは関係ない。ただ、物理法則と、殺るか殺られるかの掟だけがある世界。


だが、その静寂を切り裂くように、ヘッドセットにAWACS(早期警戒管制機)からの警告が飛び込んできた。


『ボギー、急速接近! 距離20マイル!』


心拍数が跳ね上がる。レーダースコープに光点が現れた。敵だ。我々の故郷を焼き払いに来た、空の侵略者だ。


直後、コクピット内が赤く明滅した。レーダー警報音(RWR)の不協和音が、脳髄を直接響くような音量で響き渡った。ロックオンされた。相手は目の前だ。


『タリホー(敵機視認)! 12時方向!』


雲海を突き抜けて現れたのは、4つの黒い点だった。見る見るうちに大きくなる。デルタ翼のシルエット。J-7(殲撃七型)(※3)だ。

ソ連のMiG-21をコピーし、アビオニクスを近代化した軽量戦闘機。相対速度はマッハ2以上。瞬き一回する間に、数キロの距離が消滅する。


「フォックス2!」

陳大尉が叫ぶのと同時に、彼の翼下からサイドワインダーが放たれた。白い噴煙が青空を引き裂く。

私も続く。ロックオン。発射。機体が軽くなる衝撃。ミサイルは白煙を引きながら、吸い込まれるように敵編隊の先頭へ突っ込んでいく。


命中。先頭のJ-7がオレンジ色の火球に変わり、黒煙を吐きながら砕け散った。

「やった!」

そう思ったのも束の間、残りの3機が散開し、我々の左右から襲いかかってきた。


すれ違う瞬間、敵機のキャノピーの中にあるパイロットのヘルメットが見えた気がした。赤い星。殺意の塊。

それは政治やイデオロギーではない。純粋に、私という存在をこの空から消し去ろうとする物理的な力だった。


「ブレイク(散開)! 巻き込まれるな!」


陳大尉の機体は右へ、私は左へ急旋回した。ドッグファイトの始まりだ。


ドッグファイトを騎士の一騎打ちか何かだと思っているなら、それは間違いだ。あれは泥沼のナイフファイトだ。上下左右の感覚はなくなり、ただG(重力加速度)という見えざる巨人に全身を締め上げられる拷問の時間だ。


F-104は、旋回戦(巴戦)には向いていない。

あのカミソリのような小さな翼は、曲がろうとすればすぐに揚力を失う。

対するJ-7は、軽快な運動性能を持っている。まともに回れば、すぐに後ろを取られる。


私はスロットルを叩き込み、垂直上昇に移った。「ハイ・ヨーヨー」。

速度(エネルギー)を高度に変え、敵の旋回の外側へ逃れる。F-104にできるのはこれだけだ。圧倒的な推力重量比に物を言わせて、縦に戦うしかない。


背骨が軋む。Gスーツが下半身を締め上げ、血液を無理やり脳へ押し戻そうとする。視界の端が灰色に染まる(グレイアウト)。肺が鉄板でプレスされたように潰れ、呼吸ができない。

『フッ、フッ、フッ……』 酸素マスクの中で、私は溺れる犬のように喘いでいた。コクピットの中は、汗と、オイルと、そして自分自身の恐怖の匂い――鉄錆のような血の味――で充満していた。


頂点で機体を反転させる。眼下に、私を追って失速しかけているJ-7の背中が見えた。チャンスだ。急降下。私は狼のように敵の首筋へ食らいついた。


サイドワインダー(※4)のシーカー音が唸る。いい音だ。死の音だ。

トリガーを引く。ミサイルが発射レールを離れ、敵機の排気口へ吸い込まれる。爆発。敵機の左翼が吹き飛び、きりもみ状態で雲海へ落ちていく。2機目撃墜。


「陳大尉、一機食いました! そちらへ向かいます!」


私は無線で叫び、僚機を探した。

だが、返ってきたのは悲鳴のような警告音だった。


『後ろだ、サカモト! 6時方向!』


バックミラーを見る。背筋が凍った。

いつの間にか、残りの2機が私の真後ろ、デッド・シックスに食いついていたのだ。彼らは最初から、囮を使って私を釣り出し、挟み撃ちにするつもりだったのだ。「蚊」を叩き潰すために。


機関砲のマズルフラッシュが見えた。

次の瞬間、機体にハンマーで殴られたような衝撃が走った。警告灯がクリスマスのイルミネーションのように一斉に点灯する。油圧低下。燃料漏れ。右エンジン火災。


「クソッ、振り切れない!」


操縦桿を思い切り左右に振る。だが、敵は執拗だ。ピタリと照準を合わせてくる。30ミリ機関砲弾が、雨あられと降り注ぐ。キャノピーの一部が砕け、コクピット内が急減圧した。轟音と共に、マイナス50度の冷気が吹き込む。


終わった。私は死ぬ。

走馬灯のように、父の顔、母の顔、そして昨夜の陳大尉の顔が浮かんだ。


『墜とすなら、敵を道連れにしろ』


ああ、大尉。無理です。道連れにする余裕すらない。


私は、射出座席のハンドルに手をかけた。ここを引けば助かるかもしれない。海に落ちれば、あるいは。

だが、その時だった。


私の視界の上を、銀色の矢が掠めた。陳大尉のF-104だ。

彼は、私の機と敵機の間――その致命的な射線上に、自らの機体を強引にねじ込ませたのだ。


『ジミー、行け! 俺が引き受ける!』


ジミー。無線から響いたその声は、驚くほど澄んでいた。ノイズの向こうで、彼が笑っているようにさえ聞こえた。

彼は初めて、私を「モスキート」でも「日本仔」でもなく、私の名前で呼んだ。いつも私を差別し、見下していた男。

「お前らニッケイはいざとなれば逃げる」と罵っていた男。その彼が、自分の機体を盾にして、私を逃がそうとしている。


「大尉! やめてください! 逃げてください!」


私の絶叫は、虚空に吸い込まれた。

敵の30ミリ弾が、私の代わりに陳大尉の機体を直撃した。無数の火花が散り、左翼が根元からもぎ取られる。機体は制御を失い、火だるまになってスピンを始めた。


『……あとは頼んだぞ、熊鷹(イーグル)』


それが、最後の通信だった。

ベイルアウト(脱出)のパラシュートは……開かなかった。真っ赤な炎を引いて雲海へ消えていく彼の機体を見た時、私の中で何かが焼き切れた。


恐怖? いや、違う。哀しみ? それも違う。私の内側から湧き上がってきたのは、もっとどす黒く、熱く、純粋な殺意だった。


私は咆哮と共に、スロットルをへし折れるほど押し込んだ。損傷したエンジンが悲鳴を上げ、振動で計器盤が揺れる。構うものか。私は機体を反転させ、陳大尉を撃った敵機に向かって突っ込んだ。


戦術もクソもない。エネルギー管理も関係ない。ただ、あいつを殺す。この空から叩き落とす。それだけが、私の存在理由になった。


敵パイロットは驚いたはずだ。手負いの獲物が、いきなり狂犬になって喉笛に食らいついてきたのだから。真正面からのヘッドオン。チキン・レースだ。先に避けた方が死ぬ。


敵の機関砲が光る。私の翼を、胴体を、弾丸が貫通していく。

だが、私は操縦桿を微動だにさせなかった。照準器(レティクル)の中に、敵機のコクピットを捉える。


「堕ちろ!」


私はトリガーを引き絞った。機首のM61バルカン砲(※5)が火を噴く。毎分6000発の20ミリ弾。それは弾丸というより流体金属の鞭だ。

その鞭が、敵機を正面から粉砕した。風防が砕け散り、パイロットの体が肉片になるのが見えた気がした。敵機は空中で分解し、その破片の雲の中を、私は突き抜けた。


衝撃。コクピットの下で何かが爆発した。敵の残骸か、あるいは最後のあがきによる銃弾か。激痛が走った。足だ。右足が、焼けるように熱い。見下ろすと、そこにはあるはずのフライトブーツがなく、ただ赤い肉塊と、ちぎれた骨、そして焼け焦げた配線コードが揺れていた。血が噴き出し、ペダルを赤く染める。


意識が遠のく。海が近づいてくる。ああ、これでいい。これで私も、陳大尉と同じ場所に行ける。私は操縦桿から手を離そうとした。


その時、壊れたはずの無線から、微かにノイズが聞こえた気がした。


『死ぬなよ、サカモト』


昨夜の、あの不器用な声だ。


私は奥歯を噛み砕くほど食いしばった。死ねない。まだ死ねない。私が死んだら、誰が彼のことを――彼が私を「兄弟」と呼んでくれたことを証明するんだ。


私は止血帯の代わりにフライトスーツの袖を引きちぎり、太腿を縛り上げた。薄れゆく意識の中で、機首を東へ、台湾本島へ向けた。


次に目が覚めたのは、真っ白な天井の下だった。台北の空軍総合病院。強烈な消毒液の匂いと、包帯の圧迫感。そして、窓の外から聞こえる蝉の声。


私は生きていた。どうやって帰投したのか、着陸したのか、まるで覚えていない。後で聞いた話では、私は松山空港に胴体着陸し、機体から引きずり出されるまで、操縦桿を離さなかったそうだ。

整備兵がキャノピーを開けた時、コクピットは血の海だったが、私の手は操縦桿に凍りついたように固着していたという。


シーツをめくると、右足は膝から下がなくなっていた。綺麗に包帯が巻かれている。不思議と涙は出なかった。ただ、右足の親指があったはずの場所に、ジリジリとした痛み(幻肢痛)を感じていた。

それは、失った足の痛みであると同時に、失った僚機(陳大尉)の痛みでもあった。


数日後、連隊長が見舞いに来た。彼は私の枕元に、小さなビロードの箱を置いた。「海峡守護星章(第一等)」――空軍パイロットに授与される戦時勲章の中で、最高位に近い一つだ。


「陳大尉は戦死認定された。二階級特進だ」

連隊長は重々しい口調で言った。

「貴官の奮闘により、侵入機4機のうち3機を撃墜。残る1機も逃走した。制空権は守られた」


私は乾いた唇で尋ねた。


「連隊長。……なぜ、陳大尉は私を助けたんですか。彼は私を嫌っていたはずです。『ニッケイは逃げる』と」


連隊長は窓の外、台北の夏の空を見上げて言った。

「彼は無線でこう言い残していたよ。……フライトレコーダーに残っていた」


連隊長は一呼吸置き、私の目をまっすぐに見て言った。


『こいつは俺の僚機(ウィングマン)だ。誰にも手出しはさせん』


私はその時初めて、声を上げて泣いた。子供のように、あられもなく泣いた。失った足の痛みのためではない。陳大尉という男が、命と引き換えに私にくれた「居場所」の重さが、あまりにも重かったからだ。


彼は私を助けたのではない。

私という存在を使って、「我々は共に戦う同胞だ」という証明を、歴史に刻みつけたのだ。「日本仔」でも「外省人」でもない。同じ翼で空を飛び、同じ海を守る「台湾人」であるという証明を。


連隊長は私の肩に手を置き、静かに言った。


「サカモト中尉。貴官は今日から『ニッケイ』ではない。『台湾の熊鷹 (イーグル)』だ。この島の空は、貴官の血によって守られたのだから」


(サカモト氏はビールを飲み干し、空き缶を握りつぶした。パキッという乾いた音が、風の音に混ざる。夕日が水平線に沈みかけ、海面を赤黒く染めていた)


それから私は軍を名誉除隊し、この澎湖に来て民宿を始めた。台北にはいられなかった。あそこには、陳大尉のいない空軍基地と、英雄扱いされる居心地の悪さしかなかったからな。


なぜここかって? ここからは、あの日の空が見えるからだ。陳大尉が眠っている、あの海峡の中間線がね。


「海鳴り(ハイミン)」という屋号には、二つの意味がある。

一つは、この島の波の音。もう一つは、あの日のジェットエンジンの轟音だ。耳を澄ませば、今でも聞こえるんだよ。J79エンジンの咆哮と、彼の最期の言葉がね。


今の若い連中は、ニッケイも台湾人も関係なく、スマホ片手にタピオカミルクティーを飲んで笑い合っている。

新竹のHMC(※6)の工場では、ニッケイのエンジニアと台湾人のマネージャーが、対等に怒鳴り合いながら世界最先端のチップを作っている。

それは、とても平和で、美しい光景だ。私が守りたかった、そして陳大尉が見たかった景色だろう。


だが、忘れてはいけない。その「当たり前の風景」の下には、数え切れないほどの骨と、流された血が埋まっていることを。私たちが「異邦人」から「家族」になるために支払った、高すぎる代償(コスト)をね。


(彼は立ち上がり、手すりに寄りかかった。風が彼の白髪を揺らす。右足の義足が、夕日を受けて鈍く光った)


あんたも、台湾の記事を書くなら、綺麗なところばかりじゃなく、この泥臭い話も書いてくれよ。シリコン・アイランドの輝きの下には、こんな古臭い鉄屑の物語があるってことを。

英雄なんていなかった。ただ、必死に生きようとして、空に散った蚊(モスキート)たちがいたってことをな。


さあ、話は終わりだ。風が強くなってきた。今夜は少し冷えるぞ。

……最後に、もう一本、ビールを開けようか。今度は、私のためじゃない。彼のために。


(サカモト氏は新しいビールのプルタブを開けた。プシュッという音が、鎮魂の鐘のように響く。彼はその中身を、ゆっくりと、海に向かって地面に注いだ。黄金色の液体が、乾いた土に吸い込まれていく。その泡の一つ一つが、かつての空戦の火花のように弾けて消えた)


(※1) 台湾海峡航空戦 第三次世界大戦の一局面として、中華連邦による台湾封鎖作戦に対抗して発生した一連の航空戦。台湾空軍は数的に劣勢ながらも、ニッケイ兵士を含むパイロットの自己犠牲的な迎撃により制空権を維持した。この戦いは、台湾におけるエスニック・グループ間の融和(ニッケイの「血の帰化」)を決定づけた歴史的転換点とされる。


(※2) ニッケイ (Nikkei) 1947年の「大離散」を中心に台湾へ流入した日本人難民およびその子孫、そして戦前から台湾に定着していた湾生日本人の後裔を含む総称。初期は社会的摩擦の対象だったが、工業・インフラ・軍事面での貢献を経て、現代台湾社会の不可欠な構成要素(Nikkei Taiwanese)となった。


(※3) J-7 (殲撃七型) 中華連邦(旧中国)がソ連のMiG-21をライセンス生産・改良した戦闘機。安価で軽快な運動性を持ち、数で圧倒する戦術をとった。F-104にとっては、旋回戦に持ち込まれると極めて厄介な相手であった。


(※4) サイドワインダー (AIM-9) 赤外線誘導方式の空対空ミサイル。エンジンの排気熱を追尾する。当時の台湾空軍における主力兵装であり、「ガラガラ蛇」の名の通り、一度食らいついたら離さない殺傷能力を持つ。


(※5) M61 バルカン砲 20mmガトリング砲。毎分6,000発の発射速度を誇る。ミサイル全盛の時代にあっても、ドッグファイトの最終局面においては最も信頼できる「最後の牙」として機能した。


(※6) HMC (Hasegawa Micro-Conductors) 台湾・新竹に本社を置く世界最大の半導体ファウンドリ。ニッケイ技術者と台湾資本の合流によって設立され、現代の台湾経済を支える「シリコンの盾」の中核を担う企業。


(※7) 熊鷹 台湾の山岳森林生態系に生息する最大級の猛禽類。 パイワン族やルカイ族などの台湾原住民社会において、この鳥は祖先の霊が宿る「部族の守護神」として最上位の崇拝対象となっている。サカモト中尉にこの土地の聖鳥である「熊鷹」の称号が与えられたことは、ニッケイという存在が「外来の寄留者」から、台湾という土地に根ざし、その空と海を守護する「

の戦士」として、精神的・文化的に認められたこと象徴する。


文・ナガセ・メイ (Mei Nagase) 台湾・高雄出身。国立成功大学社会科学部卒。日台言語・文化財保存協定(KIOKU)のアーカイブ調査員を経て、『Common Tide』編集デスク兼ライターに。ニッケイ3世の視点から、港湾都市の「隙間」にある生活と食文化を記録する。オールド・ヒロ在住。週3で屋台に通うハオシャオ愛好家。


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