Ep.6 —コンクリートのワルツ


クレー特別行政区・ヒロ区・オールド・ヒロ「ハオシャオ・カナチャン」

語り手:カトー・ミオ大尉(32歳 / NDF第1戦術教導団所属 / 日系ニホニーズ)


その店は、地図上では「飲食店」として登録されているが、実態は蒸気機関車の釜の中に等しかった。 正午を回ったばかりのオールド・ヒロ(旧広島市横川地区)。このエリアは「クレーの胃袋」と呼ばれている。港湾地区で働く労働者、非番の兵士、そして行き場のない熱気が、狭い路地にひしめく屋台街へと流れ込んでいるからだ。


「ハオシャオ・カナチャン」の油で黄ばんだ暖簾をくぐると、そこは視界が白むほどの蒸気と煙に包まれていた。 鉄板の上でソースが焦げる、暴力的とさえ言える香ばしい匂い。換気扇の悲鳴のような唸る音。そして、飛び交うチャンポン語(※1)。


その喧騒の最奥、煤けたビールメーカーのポスターの下にあるカウンター席に、カトー・ミオは陣取っていた。


私はスマホに表示された「歴戦の軍人」という経歴データと、目の前の人物を照らし合わせ、数秒間、認識の不一致に戸惑った。 年齢は32歳。だが、鉄板から立ち上る湯気の向こうで、小さなヘラを使って器用にお好み焼き(ハオシャオ)を切り分ける彼女を見ていると、その肩書きとのギャップに軽い目眩を覚える。


身長154センチという小柄な体躯。穏やかな丸顔に、生活感のある落ち着いた眼差し。 もし、あの重苦しいNDFの迷彩服と、肩に光る「大尉」の階級章さえ剥ぎ取ってしまえば、彼女はどこかの企業の事務員か、あるいは休日にスーパーで特売の野菜を選んでいる「普通の市民」にしか見えないだろう。


「座りなよ、ナガセさん。ここは相席がルールだから」


その声は高く、よく通った。 そして、彼女がコップの水を手に取った瞬間、私は見てしまった。その指先には銃把(グリップ)と長年擦れ合ってできた硬質の「たこ」があり、笑った瞬間の目尻には、決して平和なオフィスでは刻まれない種類の、乾いた警戒色が走っているのを。


(彼女はあごで足元のプラスチック籠を指した)


「荷物はそこへ。油が飛ぶから、上着は裏返して畳んだ方がいいよ。あそこの換気扇、先週から調子が悪くてね。煙を吸い込むよりも、店中に撒き散らす方が得意みたいだ。まるでウサカの証券取引所みたいにね」


……私のキャリアについて聞きたい? わざわざこんな油臭いところまで来て聞く話じゃないでしょう。広報課から回ってきた履歴書を見れば一目瞭然のはず、典型的なダンチ育ち(※2)。 実家は貧乏、大学に行く金はない。でも、「誰かにバカにされる人生」は死ぬほど嫌いだった。だから私は、兵隊(グラント)からの叩き上げを選びました。現場で男どもに混じって努力を重ねて一等軍曹まで昇進し、そこから部内選抜(OCS ※3)を噛み砕いて幹部になった。


愛国心? 国防の崇高な使命? 悪いけど他を当たってちょうだい。広報ビルの連中なら、あなたが欲しい「涙と汗の感動ストーリー」をいくらでもでっち上げてくれるはず。 私が将校の道を選んだ理由はただ一つ。「現場で一番いい給料」と「自分の命を自分で采配する権限」が欲しかったから。それだけです。


でも、もしあなたが、綺麗事じゃない現場の質感を知りたいなら……そうですね、まずはこれを食べてからにしませんか? ほら、一口。 ……どう? ソースが焦げるこの匂い、これこそがクレーの匂いです。 鉄と油と、安っぽい合成ソースの味。キャベツの甘みと、豚肉の焦げた脂。そして隠し味に使われている、サンバルの香り。 私が守っているのは、国家という抽象的な概念じゃなくて、こういう「匂い」の集積なんです。この匂いが、明日も明後日も、この街から消えないようにすること。それが私の仕事のすべてと言ってもいい。


(カトーは切り分けたハオシャオを口に運び、熱さを逃がすように小さく息を吐いた。その仕草はあまりにも日常的で、彼女が語り始めた過去の暴力性とは不気味なほど乖離していた)


私の「戦歴」がどこから始まったか。 軍の公式記録では、18歳の入隊日からになっています。ID番号が付与され、宣誓書にサインした日ですね。 でも、実際にはもっと前。5歳の頃からです。


出身はここから南のウジナ、第4セクターにあるダンチの出身です。 独立の時ぐらいにできた古いダンチですよ。焼け出された難民を押し込むために急ピッチで建設された、コンクリートの墓標みたいな場所。 15階建ての棟が何十個も並んでいて、エレベーターはとっくに壊れてる。階段はゴミと注射器で埋まっていて、夜になるとどこかの部屋から怒号か悲鳴が聞こえてくる。あそこはね、子供にとっての戦場です。


当時の私は、幼稚園でも小学校でも、常に背の順が一番前。「ちび」と呼ばれていました。 ダンチの子供社会というのは、刑務所のヒエラルキーとよく似ています。体が大きい奴、声がでかい奴が正義。小さい奴は、お菓子を奪われ、靴を隠され、パシリに使われる。生物学的な弱肉強食の世界です。 特に私の家は、いわゆる「純ニッケイ(※4)」で、それも格好のターゲットになりました。 「おい、ちび!!ザシキワラシめ!!」 そんな言葉と一緒に石を投げられるのは日常茶飯事。悔しかったですよ。毎日泣いて帰っていました。


でもある日、兄に言われたんです。兄は当時、港湾荷役の仕事をしながら、我流の喧嘩空手をやっていましたから。


『ミオ、泣くな。泣いてもあいつらは止まらない』 『お前は小さい。まともにぶつかったら負ける。力で勝とうとするな』 『相手を見るな。周りを見ろ。コンクリート、砂利、手すり、段差。そこにあるもの全部がお前の武器だ』 『お前が小さいなら、相手より低い位置に入れ。あるいは高い位置に登れ。戦場を立体的に見ろ』


小学校3年の時です。近所の悪ガキグループに目をつけられました。リーダーは中学生で、サモア系の巨漢。腕の太さが私の太ももくらいあるような奴でした。 放課後、団地の裏にある廃材置き場に連れ込まれました。リュックサックを取り上げられて、中身をぶちまけられた。 殴られる、と思いましたよ。実際に怖かった。足が震えていたのを覚えています。


でも、その時、ふと視界が変わったんです。 恐怖で視界が狭まるどころか、逆に妙にクリアになった。 リーダーの男の後ろにある錆びた手すり。足元に散らばる砕けたレンガ。彼が履いているサイズの合わないサンダル。 「あ、これなら勝てる」と、直感的に計算式が組み上がった。


私は彼が胸ぐらを掴もうと手を伸ばした瞬間、足元の砂利を蹴り上げました。目潰しです。 卑怯? 生存競争にルールブックはありませんよ。ナガセさん、あんたも夜道で襲われたら迷わずやりなさい。 彼が「うわっ」と目を押さえて怯んだ隙に、私は逃げる……フリをして、後ろの階段の手すりに飛び乗りました。 そして、重力落下を利用して、高い位置から彼の顔面を踵(かかと)で踏み抜いたんです。


「ギャッ」という短い悲鳴。鼻の骨が折れる感触。 それだけじゃ終わらせない。私は倒れて悶絶する彼の指を逆に曲げ、泣き叫ぶまで締め上げました。周囲の取り巻きがドン引きして逃げ出すまで、徹底的に。 その日以来、あだ名は「ちび」から「狂犬」に変わりました。 誰も私に手を出さなくなりました。「あいつに関わると面倒だ」「あいつは地形を味方につけて襲ってくる」ってね。 今、私が教官として教えているCQB(近接戦闘)のメソッドの原点は、あの薄汚い団地の裏階段にあるんです。


そして、その延長線上に「将校(オフィサー)」への道がありました。


18歳でNDFに入隊した当初、私の軍隊生活は屈辱から始まりました。 配給の軍服はどれもブカブカで、整列すれば両隣の肩越しに私の頭が見える。男たちはまたしても私を「ちび」と呼んで嘲笑い、荷物持ち扱いしました。 でも、私は病的なまでに負けず嫌いだったんです。 体格で劣るなら技術で殺す。腕力で負けるなら急所を砕く。射撃、行軍、近接格闘……訓練スコアでトップを叩き出し、私を馬鹿にした連中の鼻を物理的にへし折って黙らせました。


そうして泥水をすするように階級社会を這い上がり、20代半ばには一等軍曹の地位にいました。 下士官(NCO)としての仕事は、性に合っていましたよ。現場は楽しかった。 自分の目が行き届く範囲、自分の声が届く距離なら、私の腕一本で部下の生存を保証できたから。「カトー軍曹についていけば死なない」。そう言われるのが唯一の誇りでした。


しかし、ある作戦で限界を思い知らされたんです。 当時の小隊長は、士官学校出のエリートでしたが、地図も読めないくせにプライドだけは高かった。彼が間違った座標に支援砲撃を要請しようとした時、私は彼の手から受話器をもぎ取りました。軍法会議ものです。 その時、悟ったんです。「どれだけ現場(私たち)が優秀でも、無線機の向こうにいる将校が無能なら、私たちは全員死ぬんだ」と。 だから私は、他人に命を預けるのを辞め、「命令する側」に回る決意をしました。


それから叩き上げのプライドを一度捨てて、幹部候補生学校(OCS)の試験を受けました。 周りは大卒のインテリばかり。私のような「高卒」「ダンチ上がりのメス犬」は、完全に異物でしたよ。 教官からは何度も嫌がらせを受けました。「君のような野良犬に、紳士の軍隊の指揮は執れない」ってね。 私は笑って答えました。 「ええ、紳士には無理でしょうね。でも、泥棒と殺し屋相手の戦争なら、私の方が得意ですよ」


成績? 座学はB判定でしたが、野戦演習は常にトップでした。 教科書通りの陣形を組む同期たちを、泥にまみれながら側面から食い破る。そうやって、この大尉の階級章をもぎ取ったんです。


(カトーはコップの水を飲み干し、店員に目配せして冷水を継ぎ足させた。彼女の視線は、店のテレビに映るニュース映像――最新鋭の自律型ドローンの軍事演習――に向けられている。彼女の目は、その洗練された映像を冷ややかに解体していた)


私は今、郊外の戦術訓練施設で、新任の少尉たちに「死なない算数」を叩き込んでいます。


最近の士官学校出の子たちは優秀ですよ。デジタル・ネイティブで、統合戦術支援システムの扱いは私より上手い。VRシミュレーターなら百戦錬磨の英雄です。 でも、彼らは「死」をデータのエラーとしてしか理解していない。部隊損耗率が「15%」と表示されるのと、隣の仲間の脳漿が顔に張り付くのとは、まったく別の現象だということを知らないんです。


拡張現実(AR)ゴーグルは便利です。でも、戦争はいつだって「バグと嘘」でできている。 システムが「安全(CLEAR)」と表示していても、鼻先に火薬の匂いがしたら、トリガーを引けるか。 買い物袋を下げた婆さんが、手榴弾を取り出すコンマ1秒前に反応できるか。 生死を分けるのは、高価なセンサーじゃなく、泥の中で培った「嗅覚」なんです。


だから私は、訓練でわざと理不尽な状況を与えます。通信を切り、地図をバグらせる。 そこで「マニュアルと違います!」と泣きつく少尉の胸倉を掴んで、教えてやるんです。


「何言ってんじゃわれェ! マニュアル書いた奴、お前が死ぬ時にゃあ、傍におってくれんぞ!」ってね。


(カトーはコップの水を一口飲み、視線を店内の壁に貼られた古びたカレンダーに向けた。そこには2年前の「第2次オホーツク紛争(※5)戦勝記念」の写真——雪原を進む車列——が印刷されている。私は彼女に、その「北の戦争」について尋ねた。彼女はその戦争で指揮を執り、ムラヴィヨフ港(旧苫小牧)の強襲揚陸を成功させた英雄の一人だからだ。しかし、彼女は興味なさそうに肩をすくめ、テコで鉄板の上の焦げを削り取った)


オホーツク? ああ、あの戦争ね。 確かに、あれは私のキャリアで一番大きな仕事でしたよ。 正規軍同士の殴り合い。雪と氷と、凍りついた泥の平原。敵は新ソ連の機甲師団。 私たちは教科書通りに展開し、教科書通りに包囲し、そして教科書通りに敵を粉砕しました。 もちろん、死ぬほど寒かったし、部下も大勢失いました。ムラヴィヨフの港は文字通り「血の浜辺」になった。 でもね、あそこには「迷い」はなかったんです。 敵は明確な軍服を着ていて、こちらを殺しに来る。だからこちらも殺し返す。 それは純粋な「物理現象」のぶつかり合いでした。位置エネルギーと運動量の計算式。私がOCSで習ったことが、そのまま通用した唯一の戦争です。


だから、オホーツクの話はまた今度。あれはただの戦史オタクが喜ぶ「成功例」ですから。 あなたが聞きたいのは、もっとドロドロしたやつでしょう? 私がなぜ、ここまで「マニュアル」を憎み、新任の少尉たちに「規則を破れ」と教え込むようになったか。 その原点になった、もっと惨めで、汚くて、救いのない戦争の話をしましょうか。


そう、2016年。私が少尉に任官してすぐに派遣された、インドシナ戦域でのことです。


当時の私は、OCSを出たばかりのピカピカの少尉でした。 「ダンチ上がりの叩き上げ」としてのプライドと、新しい階級章への自負で、肩が怒っていた時期ですね。 配属されたのは、第7外征軍団隷下の治安維持大隊。 場所はインドシナ半島の東岸、カムランの北にへばりつく旧市街の郊外です。


そこは湿気と腐敗の臭いが充満する街でした。 腐った魚、安物のスパイス、垂れ流しの下水、そして何十年も続く消耗戦の臭い。 クレーのドブ川の臭いを100倍濃縮して、熱帯の太陽で煮込んだような場所です。


私たちの任務は「人道支援物資の護衛」。 食料、医薬品、浄水フィルターを満載したトラック・コンボイを、難民キャンプまで届ける仕事です。 ブリーフィングでは低強度紛争地域だと聞かされていました。 「現地の主要軍閥とは話がついている。散発的な威嚇射撃はあるかもしれないが、組織的な抵抗はない」と。 ……嘘っぱちでしたよ。


交差点に入った瞬間です。先頭のM900(※6)が、RPGで吹き飛ばされました。 轟音と共に、私の視界がオレンジ色に染まりました。 ナガセさん、あんたも乗ったことあるでしょう? あのマツダの「ゆりかご(M900)」に。 現場じゃ好評でしたよ。「時速60キロで不整地を走っても、カップ麺のスープがこぼれない」ってのが売り文句でね。実際、移動中はよく眠れる。 でもね、RPGで床下を抜かれたら、スープも人間も等しくミンチです。あの自慢のサスペンションも、バラバラになった身体をつなぎ止めちゃくれませんでした。


(彼女は箸を止め、空中の見えない一点を凝視した。店内のテレビからは、能天気な洗剤のCMソングが流れている。明るいメジャーコードの旋律が、彼女の沈黙をより深く抉り出していた)


私の小隊は、近くの廃ビルに逃げ込みました。 そこで籠城して、増援を待つことにしたんです。 当時、現場の指揮を執っていたのは私……ではなく、私の指導担当だった中尉でした。 彼は士官学校出のエリートで、真面目で、部下思いで、そして何より「ルールブック」の信奉者でした。 彼はパニックになる部下を怒鳴りつけ、教科書通りの防御陣形を敷き、負傷者を中央(キルゾーンの外)に集め、的確に指示を出していました。 ここまでは完璧でした。 ですが、彼には一つだけ致命的な欠点があった。 「交戦規定(ROE)※7」という名の鎖に、縛られすぎていたんです。


包囲されてから10分後。私たちの前に、一人の地元の女性が現れました。 彼女はボロボロの服を着て、何かを叫びながら、こちらに向かって歩いてきました。手には何も持っていないように見えました。 現地の言葉がわかる通訳兵が言いました。『助けてくれ、子供が病気なんだ、と言っています』と。


中尉は「撃つな」と命じました。 ROEの第4条、民間人への発砲禁止。 彼は正しかった。政治的にはね。特にメディアが注目している人道支援任務においては、民間人の死傷者は我々のクビが飛ぶ案件ですから。 中尉は警告射撃を命じました。部下が空に向けて撃ちましたが、彼女は止まらない。むしろ速度を上げて近づいてくる。


私も、ライフルのスコープ越しに彼女の顔を見ていました。 痩せこけて、日焼けして、目が落ち窪んだ、どこにでもいる現地の女性。 怯えきった、ただの市民に見えました。


でも、私の「ダンチの本能」が警鐘を鳴らしたんです。 彼女の足元を見ていました。サンダルが、異常に沈み込んでいるのを。 あの歩き方はおかしい。重心が不自然だ。服の下に、体重以外の「鉄の塊」を巻いていない限り、あんな歩き方にはならない。


小学校の時の、あの廃材置き場と同じ感覚でした。 目の前の「弱そうな相手」ではなく、物理的な違和感だけがクリアに見える瞬間。 彼女が建物の入り口、あと10メートルの距離まで来た時です。 彼女の服の下で、何かが一瞬、青白く光ったのを私は見ました。


私は中尉の肩を掴んで叫びました。 「撃ちます! 自爆です!」


中尉は私を制止しました。 「待てカトー少尉! 確証がない! 民間人を撃ったら軍法会議だぞ!」


その言葉が、彼の遺言になりました。


〔ドォン、という店内の誰かがテーブルを叩く音と重なり、カトーの話が途切れる。一瞬の静寂の後、彼女は淡々と続けた〕


私が引き金を引くより早く、彼女は起爆スイッチを押しました。 自爆ベストでした。それも、軍用の高性能爆薬に、殺傷能力を高めるためのベアリング球を混ぜた特製品。 爆風でエントランスが崩落し、私たちの防御線に風穴が開きました。 そこから敵が雪崩れ込んできました。


中尉は最初の爆発で即死。上半身が吹き飛んでいました。 残った私たちも、分断され、煙と粉塵の中で各個撃破されていきました。 私は瓦礫の下に埋もれていたおかげで助かりましたが、その隙間から見ていました。 昨日まで一緒に食堂でバカ話をしていた仲間たちが、家畜のように処理されていくのを。 「助けてくれ」と叫ぶ通信兵の喉元を、少年兵がナイフで掻き切るのを。


増援が来たのは1時間後です。 30人いた小隊で、五体満足で生きて帰れたのは私を含めて8人だけでした。 公式記録にはどう書かれていると思います? 「敵武装勢力の卑劣な奇襲に対し、部隊は果敢に応戦。民間人の被害を最小限に食い止めた」


……傑作でしょう? 民間人の被害を最小限? ええ、確かにそうです。あの自爆した女性以外、民間人は死んでいませんから。 その代わりに、私の部下と上官が22人死にましたけどね。 彼らの命は、ROEという「政治的な正しさ」を守るためのコストとして支払われたんです。


あの日以来、私は「ルールブック」というものを、あくまで「参考資料」としてしか見なくなりました。 規則は、冷房の効いた部屋にいる政治家や将軍たちが、自分たちの責任逃れのために作るものです。現場の兵士を守るためのものじゃない。 彼らは言うんです。「誤射を防げ」「現地の心を掴め」と。 でも、そのためのリスクを負うのはいつだって現場の人間です。


だから私は、今の階級(大尉)になってからも、現場指揮官として、そして教官として、同じことを言い続けています。 「迷ったら撃て。自分の直感が『黒』だと告げたら、システムが『白』だと言ってもトリガーを引け」 「民間人かもしれない? 構わない。お前が死んだら、お前を守れる奴はいなくなるんだ」 「報告書の整合性は、後で私がでっち上げてやる。だからまず生き残れ」


ひどい教育方針でしょう? 人権団体が聞いたら卒倒するかもしれない。 訓練生たちも、最初は私を「鬼教官」「サディスト」と呼びます。 シミュレーションで民間人判定のターゲットを撃たせて、減点にするどころか「よくやった、反応が早い」と褒めるんですから。 彼らが死体袋(ボディバッグ)に入るよりは、私に「あの女は狂ってる」と陰口を叩きながら生きている方がずっとマシです。 私は彼らに好かれたいんじゃない。彼らに「次の誕生日」を迎えてほしいだけ。 そのために必要なのが、非情なまでのリアリズムと、ルールを破る度胸なんです。


混ざり合った「ニホン人」

(彼女は食べ終えた皿を横に押しやり、鉄板の上の焦げカスをヘラで丁寧にこそぎ落とし始めた。それはまるで、彼女自身の記憶の澱を掃除しているような手つきだった。店の外では、通り雨が降り出していた。トタン屋根を叩く激しい雨音が、店内の喧騒を少しだけ遠ざける)


私の戦争観ですか? 随分と大きな質問ですね。 ……そうだな。 私の祖父は、独立直後の混乱期にMC(軍警)の予備役として動員されて、片耳の聴力を失いました。暴動のどさくさで、誰かが投げた火炎瓶が近くで爆ぜたそうです。 彼は多くを語りませんが、時々、テレビで流れるニュースを見ながら「同じだ」と呟くことがあります。


あなたも知っているでしょう。 私たちニホン人は、歴史上、一回「日本」という国も、日本語という故郷も、丸ごと失っているんです。 歌も、お祈りも、看板の文字も、あの古い地図に書かれていた「日本」という美しい形も、ぜんぶ一回焼かれて、灰になった。 その灰の中から、英語とチャンポン語と、生き残るためのズル賢さをかき集めて、もう一度「ニホン」という別の国をやり直している。それがこの国です。


正直に言えば、私はいまどき珍しい「生まれもルーツもニホンだけ」の、いわゆる純ニッケイです。顔立ちも、まあ、見ての通り典型的でしょう。 保守的な連中の中には、この「血統」をありがたがる人もいます。「お前こそが真のニホン人だ」なんてね。 でも、そんな血統書みたいな話、現場じゃ何の役にも立ちませんよ。


私の小隊には、サモア系の斥候兵もいれば、オホーツクから逃げてきたロシア系の機関銃手もいました。 塹壕の中で一緒に缶詰を食って、泥水を飲んで、同じ雨に打たれていれば、そいつがどこの神様を拝んでいようが、肌の色がどうだろうが関係ない。 重要なのは「私が撃たれた時に、そいつが私を引きずって帰ってくれるか」どうか。 そして「そいつが撃たれた時に、私が命がけで助けに行く価値があるか」どうか。 それだけです。


「ニホニーズ(※8)」という言葉がありますが、私はそれを人種のことだとは思っていません。 「一度全てを失って、それでも泥の中から這い上がろうとするしぶとい連中」 それが私の定義するニホン人です。 だから、南洋から来た移民の二世も、インドシナから逃げてきた連中も、ここで一緒に汗を流しているなら、みんなニホン人ですよ。


このクレーを見てください。雨に濡れたあの街並みを。 あっちのモスクからはアザーンが聞こえるし、川べりのテンプルでは古いお経があがってる。 屋台ではハオシャオの隣で、ガイヤーンやサテが売られている。 ニホン生まれも、海の向こうから来た難民の孫も、みんなまとめて、この狭い人工地盤の上で肩をぶつけ合って暮らしている。 ぜんぶぜんぶ、わたしたちのものです。


前の戦争みたいに、故郷を丸ごと賭けて、また失うような博打は、二度と起こしてたまるか。 そう思っているやつらの集まりが、いまのNDFなんですよ。 焼け跡から必死で作り直した、このごちゃ混ぜで、騒がしくて、ソース臭い国を、今度こそ最後まで守りきるって決めた連中の軍隊なんです。


(カトーは一息つくと、少し照れくさそうに鼻を鳴らした。店員が伝票を持ってくる。彼女は慣れた手つきで財布から小銭を取り出し、きっちりと割り勘分をテーブルに置いた)


……熱くなりすぎましたね。職業病です。 教官をやっていると、どうしても説教臭くなる。 まあ、私がどれだけ偉そうなことを言っても、歴史の教科書には載らないでしょうね。 「カトー・ミオ大尉」なんて名前は、膨大なNDFの人員リストの1行に過ぎない。 でも、それでいいんです。


私が新兵たちに一番最初に教えることは、銃の撃ち方でも、匍匐前進のやり方でもありません。 「地図を見ろ」ということです。 NEXIS(※9)のデジタルマップじゃない。紙の、アナログな地図です。 電源が落ちても、衛星が飛んでも、そこに書かれた地形だけは裏切らない。 そして、その地図の上に、自分の居場所と、帰るべき場所を自分で書き込むんです。


私が守りたいのは、国家の威信なんて大きなものじゃない。 その地図の上に書かれた、小さな点みたいな生活です。 この店のオヤジが焼くハオシャオや、団地の広場で遊ぶ子供たちの声。 仕事帰りに飲む缶コーヒーの味や、古傷をさすりながら見るテレビ番組。 そういう、とるに足らない、でも失ったら二度と戻らないもの。


それを守るためなら、私は何度でも泥の中を這いずり回りますよ。 嫌われ者の「狂犬」になって、部下を怒鳴り散らしてでも、彼らを生かして帰します。 「規則を守って死ぬな、掟破りでも生きて帰って飯を食え」 それが私の「仕事」ですからね。


さて、話はこれで十分でしょう? 休憩時間は終わりです。 午後は市街地想定の掃討訓練がある。新入りたちに、コンクリートの味を教えてやらないといけませんから。


(彼女は丁寧に帽子を被り直し、背筋を伸ばして店を出て行った。 店の外は激しい雨だが、彼女は傘も差さずに歩き出した。 トラックの排気ガス、路上の物売りの声、遠くで響く建設重機の音。 カトー・ミオ大尉は、その「ごちゃ混ぜ」の喧騒の中へと溶け込んでいった。 その歩き方は、クレーの雑踏の中でも一際目立つ、訓練された軍人の、揺るぎないリズム——コンクリートのワルツ——を刻んでいた)



(※1) チャンポン語(Champong) ニホン国内の港湾部や団地で広く話されるクレオール言語。英語の文法構造をベースに、日本語、中国語、朝鮮語、マレー語などの語彙が混在する。公用語の一つとして認められており、NDFの部隊内でも、多民族混成ユニットの共通語として定着している。


(※2) ダンチ(District-based Adaptive Neighborhood Complex for Habitation) 「地区基盤型・適応近隣居住複合体」の略称。単なる集合住宅ではなく、学校・診療所・商店街・治安維持機能(交番)を内包した自律的な生活ユニット。戦後の住宅難に対応するため1960年代から大量建設された。現在は老朽化とスラム化が進んでいるが、ミオのような「団地っ子」にとっては、迷路のような構造そのものが故郷の原風景となっている。


(※3) OCS(Officer Candidate School / 幹部候補生学校) 下士官から選抜され、将校(士官)になるための教育機関。士官学校(アカデミー)出身のエリート組とは異なり、現場からの「叩き上げ」コースとされる。ミオのようなOCS出身将校は、実戦経験は豊富だが、学歴偏重の軍内部では冷遇される傾向にある。


(※4) 純ニッケイ(Pure Nikkei) 祖父母の4名全員が旧日本本土(Old Japan)出身者である出自を持つ者を指す通称。かつての「日本人」の直系にあたるが、本土決戦(1945–1947)による壊滅的な人的損耗と、その後の国家再設計に伴う爆発的な移民流入により、2025年時点では全人口の約6%(約1,000万人)に留まるマイノリティとなっている。


(※5) 第2次オホーツク紛争(Second Okhotsk Conflict) 2022年から2024年にかけて、北海道・サハリンを舞台に行われたニホン・オホーツク連邦と新ソ連との大規模武力衝突。ニホン国防軍(NDF)が初めて正規軍同士の地上戦を主導し、強襲揚陸作戦(オペレーション・トライデント)を実施したことで知られる。


(※6) M900シリーズ マツダ防衛システム(MDS)が製造する、NDFおよびMCN主力の8輪装甲車ファミリー。共通車台に任務モジュールを換装する運用思想は米軍のストライカー装甲車と同様だが、あちらが「走る靴箱」と形容される無骨な箱型なのに対し、本車はマツダ民生車譲りの「無駄に洗練されたボディライン」を持つことで知られる。


(※7) 交戦規定(ROE / Rules of Engagement) 部隊が武力を行使する際の基準や制限を定めた規則。現代戦、特に平和維持活動(PKO)や治安維持任務においては、民間人の誤射を防ぐために極めて厳格な制限(正当防衛以外の発砲禁止など)が課されることが多い。


(※8) ニホニーズ(Nihonese) 特定のエスニシティ(民族)を指す語ではなく、ニホンの市民権(NRN)を持つ全ての者を指す包括的な呼称。血統主義ではなく、国家への帰属意識と法的地位に基づく定義。


(※9) NEXIS(国家拡張・統合戦略体系) Nihon EXpansion & Integration System。ニホンの国家運営を支える基幹システム(国家OS)。人口動態、物流、治安、雇用データを一元管理し、リソースの最適配分を行う。


プロフィール ナガセ・メイ (Mei Nagase) 台湾・高雄出身。国立成功大学社会科学部卒。日台言語・文化財保存協定(KIOKU)のアーカイブ調査員を経て、『Common Tide』編集デスク兼ライターに。ニッケイ3世の視点から、港湾都市の「隙間」にある生活と食文化を記録する。オールド・ヒロ在住。週3で屋台に通うハオシャオ愛好家。

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